宮殿の摂政の執務室に、バルテス公爵ヴィルヘルムとバルテス前公爵ギルバート、そして父のオスカーと共に招集された。部屋の中には、エリアス王子に従うバルテス公子ダニエルと大臣や重鎮たちも揃っている。
あの夜会から一週間、関係者の処罰も決まり、その刑の執行命令書やその他公式書類の作成のために呼ばれているのだ。
ウェーバー公爵家は、王家の古代契約書の他、議会で決まった命令書の作成も担っている。その命令書に書かれた内容を招集された者全員で確認してサインし、最後に大臣とバルテス公爵とウェーバー公爵、そして国王、今回の場合は摂政のアルブレヒトの印章が押されて、初めて公式な命令や文書が執行されるのだ。
その書類に使用される羊皮紙には、現ウェーバー公爵の私の刻印と、最後の古代語の呪文が記載されている。
刑の執行は一月後。
私はそこに、大臣の読み上げる被刑者の名前と下された刑を記載していく。
ジゼルは、アレックスと共謀して多くの詐欺と恐喝の実体が明らかにされ、酌量の余地なしと判断されて処刑が決まった。その損害賠償のためにゼーゼマン子爵家は全ての財産を失い、爵位を返上している。
ハンナの「親友」の【マゾ令嬢】たちは、ジゼルから知り得た内容で脅迫などを行っていたことがジゼルの証言により明らかになり、各家から除籍されて平民として裁かれる事になった。軽いものは修道院に送られ、賠償を求められたものは自らの労働で支払っていく事になった。元貴族令嬢が大金を支払える就職先はほぼ決まっている。そこには、王都で名を馳せる高級娼館の名が挙がっていた。
その他、私を【野暮令嬢】と公に嘲り、ありもしない噂をまき散らしていた人物たちや家々に対しては、ウェーバー公爵家が作成した正式な抗議の書類が送られる。
王家からの正式な謝罪と名誉回復の働きかけにより、ウェーバー公爵家とロシュフォール伯爵家は復活を遂げつつある。
そして、両家を支え続けこの度御用達として公表された商会は、ネルソン商会とマローネ商会、そしてこの度、王都で人気を博する古代文学者「V」の小説を世に送り出した、出版業界の第一人者たるバーナム商会だ。
加えて、近隣各国で王家御用達でもあり、流通の殆どを掌握しているMWR商会が王国に参入する事になり、その会長がウェーバー女公爵の実父、現ロシュフォール伯爵オスカーだと公表されている。
抗議の書類には、これらの商会との取引が出来ない旨が記載されている。
身の程を弁えない無責任な噂話と行動の対価は想像以上に大きかった。
「私の可愛いヴィクトリアを貶めた輩に売るものなんて、うちの商会には何にもないなぁ」
オスカーはあごに手を当てて真剣に呟いていた。
「これで少しはお仕置きになるかな?」
作成した抗議の書類を眺めながら楽しそうに笑っているオスカーを、その場の人々は決意を以って眺めていた。
この人物を怒らせてはいけない。
元国王マックスは、処刑された息子、元王子アレックスの亡骸を背負い、共同墓地までのおよそ三キロの道のりを徒歩で運んで埋葬する。その後は宮殿の尖塔に幽閉されると決まり、その内容を記載した。
そして、元王子アレックスは、執行者ロシュフォール伯爵による斬首刑と決まったと大臣の口から発せられた。
斬首と聞いて、その場の皆の視線がオスカーに集まった。確か刑の後、亡骸は彼の父である元国王が背負って共同墓地へ運ぶことになっていたはずだ。
そう思いながら、私は命令書にその通り記載した。
「元王子の亡骸は元国王が背負っていくんだろう? 斬首となれば……」
その場の皆が思っていたことを、ギルバートが聞いた。
「え? 手に持って行けば良いんじゃない?」
何でもないことのように言い放ったオスカーの言葉に、その場の全員が目を閉じて深いため息を吐いた。
なんとなく想像していたことだが、言葉にされた破壊力は相当なものだ。しかも、その言葉が、何と言うか軽い。
その場にいた全員がオスカーに目を向けて心に誓った。
この人物だけは、絶対に怒らせてはいけない。
そして最後に、全ての刑が終った後、私は父のオスカーにウェーバー公爵位を譲り、自分はロシュフォール伯爵位を継承することを宣言した。これは以前から父と話し合っていた事だ。
オスカーは、本来、令嬢として一番楽しく華やかな時期に、ヴィクトリアに過酷な人生を強いてしまった事をとても悔やんでいた。
その苦労を出来るだけ早く終わらせてやりたいと願い、血の滲む努力をして来たのだ。
そして今、聡明な愛娘が、その人生に絶望することも腐ることもなく立派に立ち回り、仲間を作り、自分の居場所を見つけてくれたことが何よりもうれしく誇らしかった。
時間は戻らないが、せめてこれからは、自由を謳歌し人生を楽しんでもらいたい。
重責を伴うウェーバー公爵から解放し、ロシュフォール女伯爵となれば、古代文学に好きなだけ没頭できる。
その話には、その場の皆が納得してくれた。
爵位継承の書類もその場で作成する事になり、私が記載した施行日に皆が首を傾げた。
その日付は三か月後。
ヘンリクとハンナが帰宅する頃に合わせている。
「爵位の継承は、ヴィッセル侯爵との離婚後に継承したいのです」
その言葉に、アルブレヒトが口を開いた。
「廃王の王命は無効だ。ウェーバー女公に離婚歴などを背負わせるわけにはいかない」
私はその言葉に笑顔で首を振った。
「せっかくのお心使いではありますが、辞退させて頂きたく存じます。離婚でなくては、ヴィッセル侯爵がハンナ様を後妻とする事が出来ませんでしょう? あの二人の愛は本物です。私は二人の愛に感動し、応援することにしたのです」
「しかし、ヴィクトリア女公がヴィッセル侯爵に受けた酷い仕打ちは広く噂になっている。離婚という事になると、女公が応援するとはいえ、ヴィッセル侯爵には世間の非難が集まってしまうと思うのだが……」
そう言ったバルテス公爵に、私は飛び切りの笑顔を向けた。
「私には古代文学という強い武器があるのです。これから三か月の間に、1.純愛の物語、2.苦しい愛の試練の物語、3.それを乗り越えた真実の愛の物語。これらを「愛の三部作」として大々的に発表します。それは、古代文学の中から抜粋した、まるでヴィッセル侯爵とハンナ様の、出会いから現在に至るまでをなぞったような作品なのです。その内容の素晴らしさはは、古代文学の愛好仲間である私の侍女たちと、発行元のバーナム商会のみんなからのお墨付きです。きっと今まで以上の評判になる事は間違いありませんわ。それに……」
父のオスカーが横を向いて肩を震わせているのが目に入り、ハッと気付けば、その場のみんなが呆気にとられた顔で私を見ている。
『やってしまった。落ち着け私。それにしてもお父様は笑いすぎだわ』
父のオスカーと、魂の声に反応して口元が微妙に緩んでいるダニエルを軽く睨み、コホンと咳ばらいをして、すんと表情を戻した私は、改めて落ち着いて話を続けた。
「とにかく、今回巻き込まれたのは私だけではありません。ヴィッセル侯爵家も同じなのです。このまま結婚が無効になったとすれば、ヴィッセル侯爵の私への仕打ちが噂になっている以上、非難は彼だけでなくその家の使用人たちにも向けられます。私は彼らには本当に良くしてもらったのです。その彼らが非難に晒されるのを黙って見ている事は出来ません」
私はかつての乳母であり侍女長だった女性の絶望した顔を思い出した。ヴィッセル侯爵家の使用人たちには絶対にあんな顔はさせない。
「ということで、皆様、協力をお願い出来ますわね?」
にこりと笑ってそう言い、従者として付き従って来たセーラとセインに目を遣ると、二人は「愛の三部作」の試版を取り出し、全員の前に配った。
ヘンリクとハンナにはこの計画を手紙で知らせているが、これ以上迷惑をかける事は出来ないと固辞されている。
二人は、所詮物語でしかないと思っていた「恋愛」を現実のものだと教えてくれた。私はその二人の物語を、これからも見届けていきたい。
戻ってくれば、彼らは一躍時の人だ。
『私、根回しと説得は得意なのよ?』
あの夜会から一週間、関係者の処罰も決まり、その刑の執行命令書やその他公式書類の作成のために呼ばれているのだ。
ウェーバー公爵家は、王家の古代契約書の他、議会で決まった命令書の作成も担っている。その命令書に書かれた内容を招集された者全員で確認してサインし、最後に大臣とバルテス公爵とウェーバー公爵、そして国王、今回の場合は摂政のアルブレヒトの印章が押されて、初めて公式な命令や文書が執行されるのだ。
その書類に使用される羊皮紙には、現ウェーバー公爵の私の刻印と、最後の古代語の呪文が記載されている。
刑の執行は一月後。
私はそこに、大臣の読み上げる被刑者の名前と下された刑を記載していく。
ジゼルは、アレックスと共謀して多くの詐欺と恐喝の実体が明らかにされ、酌量の余地なしと判断されて処刑が決まった。その損害賠償のためにゼーゼマン子爵家は全ての財産を失い、爵位を返上している。
ハンナの「親友」の【マゾ令嬢】たちは、ジゼルから知り得た内容で脅迫などを行っていたことがジゼルの証言により明らかになり、各家から除籍されて平民として裁かれる事になった。軽いものは修道院に送られ、賠償を求められたものは自らの労働で支払っていく事になった。元貴族令嬢が大金を支払える就職先はほぼ決まっている。そこには、王都で名を馳せる高級娼館の名が挙がっていた。
その他、私を【野暮令嬢】と公に嘲り、ありもしない噂をまき散らしていた人物たちや家々に対しては、ウェーバー公爵家が作成した正式な抗議の書類が送られる。
王家からの正式な謝罪と名誉回復の働きかけにより、ウェーバー公爵家とロシュフォール伯爵家は復活を遂げつつある。
そして、両家を支え続けこの度御用達として公表された商会は、ネルソン商会とマローネ商会、そしてこの度、王都で人気を博する古代文学者「V」の小説を世に送り出した、出版業界の第一人者たるバーナム商会だ。
加えて、近隣各国で王家御用達でもあり、流通の殆どを掌握しているMWR商会が王国に参入する事になり、その会長がウェーバー女公爵の実父、現ロシュフォール伯爵オスカーだと公表されている。
抗議の書類には、これらの商会との取引が出来ない旨が記載されている。
身の程を弁えない無責任な噂話と行動の対価は想像以上に大きかった。
「私の可愛いヴィクトリアを貶めた輩に売るものなんて、うちの商会には何にもないなぁ」
オスカーはあごに手を当てて真剣に呟いていた。
「これで少しはお仕置きになるかな?」
作成した抗議の書類を眺めながら楽しそうに笑っているオスカーを、その場の人々は決意を以って眺めていた。
この人物を怒らせてはいけない。
元国王マックスは、処刑された息子、元王子アレックスの亡骸を背負い、共同墓地までのおよそ三キロの道のりを徒歩で運んで埋葬する。その後は宮殿の尖塔に幽閉されると決まり、その内容を記載した。
そして、元王子アレックスは、執行者ロシュフォール伯爵による斬首刑と決まったと大臣の口から発せられた。
斬首と聞いて、その場の皆の視線がオスカーに集まった。確か刑の後、亡骸は彼の父である元国王が背負って共同墓地へ運ぶことになっていたはずだ。
そう思いながら、私は命令書にその通り記載した。
「元王子の亡骸は元国王が背負っていくんだろう? 斬首となれば……」
その場の皆が思っていたことを、ギルバートが聞いた。
「え? 手に持って行けば良いんじゃない?」
何でもないことのように言い放ったオスカーの言葉に、その場の全員が目を閉じて深いため息を吐いた。
なんとなく想像していたことだが、言葉にされた破壊力は相当なものだ。しかも、その言葉が、何と言うか軽い。
その場にいた全員がオスカーに目を向けて心に誓った。
この人物だけは、絶対に怒らせてはいけない。
そして最後に、全ての刑が終った後、私は父のオスカーにウェーバー公爵位を譲り、自分はロシュフォール伯爵位を継承することを宣言した。これは以前から父と話し合っていた事だ。
オスカーは、本来、令嬢として一番楽しく華やかな時期に、ヴィクトリアに過酷な人生を強いてしまった事をとても悔やんでいた。
その苦労を出来るだけ早く終わらせてやりたいと願い、血の滲む努力をして来たのだ。
そして今、聡明な愛娘が、その人生に絶望することも腐ることもなく立派に立ち回り、仲間を作り、自分の居場所を見つけてくれたことが何よりもうれしく誇らしかった。
時間は戻らないが、せめてこれからは、自由を謳歌し人生を楽しんでもらいたい。
重責を伴うウェーバー公爵から解放し、ロシュフォール女伯爵となれば、古代文学に好きなだけ没頭できる。
その話には、その場の皆が納得してくれた。
爵位継承の書類もその場で作成する事になり、私が記載した施行日に皆が首を傾げた。
その日付は三か月後。
ヘンリクとハンナが帰宅する頃に合わせている。
「爵位の継承は、ヴィッセル侯爵との離婚後に継承したいのです」
その言葉に、アルブレヒトが口を開いた。
「廃王の王命は無効だ。ウェーバー女公に離婚歴などを背負わせるわけにはいかない」
私はその言葉に笑顔で首を振った。
「せっかくのお心使いではありますが、辞退させて頂きたく存じます。離婚でなくては、ヴィッセル侯爵がハンナ様を後妻とする事が出来ませんでしょう? あの二人の愛は本物です。私は二人の愛に感動し、応援することにしたのです」
「しかし、ヴィクトリア女公がヴィッセル侯爵に受けた酷い仕打ちは広く噂になっている。離婚という事になると、女公が応援するとはいえ、ヴィッセル侯爵には世間の非難が集まってしまうと思うのだが……」
そう言ったバルテス公爵に、私は飛び切りの笑顔を向けた。
「私には古代文学という強い武器があるのです。これから三か月の間に、1.純愛の物語、2.苦しい愛の試練の物語、3.それを乗り越えた真実の愛の物語。これらを「愛の三部作」として大々的に発表します。それは、古代文学の中から抜粋した、まるでヴィッセル侯爵とハンナ様の、出会いから現在に至るまでをなぞったような作品なのです。その内容の素晴らしさはは、古代文学の愛好仲間である私の侍女たちと、発行元のバーナム商会のみんなからのお墨付きです。きっと今まで以上の評判になる事は間違いありませんわ。それに……」
父のオスカーが横を向いて肩を震わせているのが目に入り、ハッと気付けば、その場のみんなが呆気にとられた顔で私を見ている。
『やってしまった。落ち着け私。それにしてもお父様は笑いすぎだわ』
父のオスカーと、魂の声に反応して口元が微妙に緩んでいるダニエルを軽く睨み、コホンと咳ばらいをして、すんと表情を戻した私は、改めて落ち着いて話を続けた。
「とにかく、今回巻き込まれたのは私だけではありません。ヴィッセル侯爵家も同じなのです。このまま結婚が無効になったとすれば、ヴィッセル侯爵の私への仕打ちが噂になっている以上、非難は彼だけでなくその家の使用人たちにも向けられます。私は彼らには本当に良くしてもらったのです。その彼らが非難に晒されるのを黙って見ている事は出来ません」
私はかつての乳母であり侍女長だった女性の絶望した顔を思い出した。ヴィッセル侯爵家の使用人たちには絶対にあんな顔はさせない。
「ということで、皆様、協力をお願い出来ますわね?」
にこりと笑ってそう言い、従者として付き従って来たセーラとセインに目を遣ると、二人は「愛の三部作」の試版を取り出し、全員の前に配った。
ヘンリクとハンナにはこの計画を手紙で知らせているが、これ以上迷惑をかける事は出来ないと固辞されている。
二人は、所詮物語でしかないと思っていた「恋愛」を現実のものだと教えてくれた。私はその二人の物語を、これからも見届けていきたい。
戻ってくれば、彼らは一躍時の人だ。
『私、根回しと説得は得意なのよ?』



