早朝、まだ暗いうちから支度をしてくれた侍女たちに労いの言葉を掛け、王宮から戻るまで、半日の休暇を取るように伝えて馬車に乗り込んだ。
乗り込むときに手を貸してくれた執事長の話では、ヘンリクはまだ帰ってきていないらしい。
『上手く行くと良いわね』
この物語は彼らが主人公だ。読者たちに肩入れされるのは、身を引いた端役の私ではなく、主人公のヘンリクとハンナなのだ。彼らのファンたちは、次の展開をはらはらしながら待っている。大きな障害を前に、それを乗り越えて二人が結ばれる幸せな未来か、はたまた悲しいく切ない恋の終焉となるのか。
強制的に登場人物にされてしまった私は、図らずも二人のすれ違いのきっかけとなってしまった。その罪滅ぼしとして、出来るだけ彼らの手助けをしようと決めたのだ。
しかし、結末は二人の決断次第。私は彼らの決定を受け入れ、二人の物語を見届ける。
それにしても、昨夜ハンナの元へ向かうヘンリクの顔は【常春の君】とは程遠い決意に満ちたものだった。私はそんなヘンリクをちょっと見直すと共に、愛する人にそんな顔を向けられるハンナがちょっぴり羨ましくもあったのだ。
物思いに耽るうち、馬車は王宮の門を潜った。
これから始まるのは盛者必衰の物語。およそ千年の歴史を誇るこの国の王家の終焉だ。
そして、アルブレヒトが再び王家の威信を取り戻せる王となり得るか。見極めの場でもある。
王宮に入ると、王太子宮の謁見室に案内され、扉を開けると、そこには既にバルテス公爵ヴィルヘルムとバルテス前公爵ギルバート、そして父のオスカーとバルテス公子ダニエルが立っていた。私が合流して程なく大臣や重鎮たちも揃い、すぐに宰相と共に第一王子アルブレヒトとその子息のエリアス王子が入室した。
その後に続いて、王宮騎士たちに囲まれた国王と元王子アレックスが、拘束されて鎖に繋がれた状態で引っ立てられて跪かされている。
アルブレヒトの指示で宰相から全員に資料が配られた。
「皆、早朝から集まってもらい感謝する。元国王は既に廃位の手続きが終わっている。アレックスは二日前にダレル女伯との離縁が成立しており、処遇は王家に一任されたため、貴族の身分を剥奪した」
手元の資料に目を落としたアルブレヒトは、言葉を続けた。
「見ての通り、これを公表すれば我が王家の信頼は失墜する。また、数々の賠償のために王家の保有する資産の多くを処分しなくてはならず、一連の処理が終わるまで、私は摂政として指揮を執るが、即位はしないつもりだ。次代については、王位継承権を保有するものの中から、資質を見極めて指名する」
その言葉に、その場にいた全員が了承の意を表した。
「元国王と王子の不祥事は、本日、この後大々的に公表を予定している。それに合わせて、ウェーバー公爵家とロシュフォール伯爵の名誉の回復には、私の威信をかけて取り組む所存だ」
その言葉に、父のオスカーと私は礼を執った。
「さて、後はこの二人の処遇についてだ。元王族の最高刑は幽閉だが、今回はその上限を設けないことを議会は承認した。二人の刑について皆の意見を聞きたい」
その言葉に、跪かされていた元国王と元王子が顔を上げ、塞がれた口から言葉にならないうめき声を上げながら暴れはじめた。それを見たバルテス公爵が合図をすると、騎士たちは二人を床に伏せさせて背中を踏んで動きを封じた。
「ロシュフォール伯爵が賭博で身を持ち崩して、ウェーバー公爵家の身代まで潰したという噂は平民にまで広く浸透していますからな。それが実は元王子がその名を騙った偽物であり、更に国王がそれを隠してウェーバー公爵家の名誉まで失墜させたとなると、生半可な刑では民衆が納得しないでしょう」
ギルバートの言葉に、一同が頷いた。
「それに加えて、美人局による詐欺や脅迫や恐喝で、アレックスに恨みを持つ貴族家は相当数に上るでしょう。賠償は当然として、アレックスについては生きているという事実さえ許せないという者は多いと思います」
貴族牢での幽閉だと高を括っていたアレックスは、ヴィルヘルムが睥睨しながら発した言葉に、床に押さえつけられたまま、がくがくと震えはじめた。
その様子を見たオスカーがアレックスの前に座り、顔を近づけた。
「王宮の貴族牢で優雅な幽閉生活を送れるとでも思っていたのかな? 貴族籍もなく平民になったお前が、幽閉なんかで済むわけがないだろう? 私はお前が生きて居ることを許せない者の筆頭なんだよ。処刑の時は私が直々に手を下してやる。お前がこの世で最後に見るのはこの顔だ。よく覚えておけ」
そして並んで床に抑え付けられている国王に顔を向けた。
「心配しなくていいですよ、元国王陛下。あなたに対しては処刑を望まない。出来るだけ長生きして、生きる苦しみを思う存分味わって頂きます」
オスカーがそう言った後、顔を向けられたアルブレヒトは、無言で頷いた。
「二人の刑については、ロシュフォール伯爵オスカーに一任する。依存のあるものは申し出てくれ」
その言葉に声を上げる者は誰もおらず、二人の刑が決まった。
その日のうちに、元国王とその息子であるアレックスの非道な所行は王国中に広く周知されると共に、アレックスの公開処刑が発表された。
刑の執行は、処刑人ではなく二人に悉く人生を踏みにじられた、現ロシュフォール伯爵オスカー自ら行うともまた大きな話題となったのだ。
そして、元国王は、刑の執行後の息子の亡骸を背負って共同墓地に埋葬した後、王宮で一番高い尖塔の、窓もなく部屋ともいえないほどの狭い暗闇の空間に幽閉される事が決まった。
そこは、狭い螺旋階段を上るだけで一時間以上かかる場所だ。毎日食事が届けられる事になってはいるが、きちんと届く日がどのくらいあるだろう。
父オスカーは、穏やかで大人しい顔や雰囲気とは裏腹に、性格は苛烈を極める。
私は、夜会に連れてこられた時の、賭博場の胴締めの怯え切った顔を思い出した。あの時、父は一体何をしたのだろうと思ったのだが、考えるのをやめた。
『世の中には、知らない方が幸せなことがあるものね』
父を見ながら呟いた魂の言葉に、ちょっと顔色を悪くしたダニエルが大きく頷いていた。
乗り込むときに手を貸してくれた執事長の話では、ヘンリクはまだ帰ってきていないらしい。
『上手く行くと良いわね』
この物語は彼らが主人公だ。読者たちに肩入れされるのは、身を引いた端役の私ではなく、主人公のヘンリクとハンナなのだ。彼らのファンたちは、次の展開をはらはらしながら待っている。大きな障害を前に、それを乗り越えて二人が結ばれる幸せな未来か、はたまた悲しいく切ない恋の終焉となるのか。
強制的に登場人物にされてしまった私は、図らずも二人のすれ違いのきっかけとなってしまった。その罪滅ぼしとして、出来るだけ彼らの手助けをしようと決めたのだ。
しかし、結末は二人の決断次第。私は彼らの決定を受け入れ、二人の物語を見届ける。
それにしても、昨夜ハンナの元へ向かうヘンリクの顔は【常春の君】とは程遠い決意に満ちたものだった。私はそんなヘンリクをちょっと見直すと共に、愛する人にそんな顔を向けられるハンナがちょっぴり羨ましくもあったのだ。
物思いに耽るうち、馬車は王宮の門を潜った。
これから始まるのは盛者必衰の物語。およそ千年の歴史を誇るこの国の王家の終焉だ。
そして、アルブレヒトが再び王家の威信を取り戻せる王となり得るか。見極めの場でもある。
王宮に入ると、王太子宮の謁見室に案内され、扉を開けると、そこには既にバルテス公爵ヴィルヘルムとバルテス前公爵ギルバート、そして父のオスカーとバルテス公子ダニエルが立っていた。私が合流して程なく大臣や重鎮たちも揃い、すぐに宰相と共に第一王子アルブレヒトとその子息のエリアス王子が入室した。
その後に続いて、王宮騎士たちに囲まれた国王と元王子アレックスが、拘束されて鎖に繋がれた状態で引っ立てられて跪かされている。
アルブレヒトの指示で宰相から全員に資料が配られた。
「皆、早朝から集まってもらい感謝する。元国王は既に廃位の手続きが終わっている。アレックスは二日前にダレル女伯との離縁が成立しており、処遇は王家に一任されたため、貴族の身分を剥奪した」
手元の資料に目を落としたアルブレヒトは、言葉を続けた。
「見ての通り、これを公表すれば我が王家の信頼は失墜する。また、数々の賠償のために王家の保有する資産の多くを処分しなくてはならず、一連の処理が終わるまで、私は摂政として指揮を執るが、即位はしないつもりだ。次代については、王位継承権を保有するものの中から、資質を見極めて指名する」
その言葉に、その場にいた全員が了承の意を表した。
「元国王と王子の不祥事は、本日、この後大々的に公表を予定している。それに合わせて、ウェーバー公爵家とロシュフォール伯爵の名誉の回復には、私の威信をかけて取り組む所存だ」
その言葉に、父のオスカーと私は礼を執った。
「さて、後はこの二人の処遇についてだ。元王族の最高刑は幽閉だが、今回はその上限を設けないことを議会は承認した。二人の刑について皆の意見を聞きたい」
その言葉に、跪かされていた元国王と元王子が顔を上げ、塞がれた口から言葉にならないうめき声を上げながら暴れはじめた。それを見たバルテス公爵が合図をすると、騎士たちは二人を床に伏せさせて背中を踏んで動きを封じた。
「ロシュフォール伯爵が賭博で身を持ち崩して、ウェーバー公爵家の身代まで潰したという噂は平民にまで広く浸透していますからな。それが実は元王子がその名を騙った偽物であり、更に国王がそれを隠してウェーバー公爵家の名誉まで失墜させたとなると、生半可な刑では民衆が納得しないでしょう」
ギルバートの言葉に、一同が頷いた。
「それに加えて、美人局による詐欺や脅迫や恐喝で、アレックスに恨みを持つ貴族家は相当数に上るでしょう。賠償は当然として、アレックスについては生きているという事実さえ許せないという者は多いと思います」
貴族牢での幽閉だと高を括っていたアレックスは、ヴィルヘルムが睥睨しながら発した言葉に、床に押さえつけられたまま、がくがくと震えはじめた。
その様子を見たオスカーがアレックスの前に座り、顔を近づけた。
「王宮の貴族牢で優雅な幽閉生活を送れるとでも思っていたのかな? 貴族籍もなく平民になったお前が、幽閉なんかで済むわけがないだろう? 私はお前が生きて居ることを許せない者の筆頭なんだよ。処刑の時は私が直々に手を下してやる。お前がこの世で最後に見るのはこの顔だ。よく覚えておけ」
そして並んで床に抑え付けられている国王に顔を向けた。
「心配しなくていいですよ、元国王陛下。あなたに対しては処刑を望まない。出来るだけ長生きして、生きる苦しみを思う存分味わって頂きます」
オスカーがそう言った後、顔を向けられたアルブレヒトは、無言で頷いた。
「二人の刑については、ロシュフォール伯爵オスカーに一任する。依存のあるものは申し出てくれ」
その言葉に声を上げる者は誰もおらず、二人の刑が決まった。
その日のうちに、元国王とその息子であるアレックスの非道な所行は王国中に広く周知されると共に、アレックスの公開処刑が発表された。
刑の執行は、処刑人ではなく二人に悉く人生を踏みにじられた、現ロシュフォール伯爵オスカー自ら行うともまた大きな話題となったのだ。
そして、元国王は、刑の執行後の息子の亡骸を背負って共同墓地に埋葬した後、王宮で一番高い尖塔の、窓もなく部屋ともいえないほどの狭い暗闇の空間に幽閉される事が決まった。
そこは、狭い螺旋階段を上るだけで一時間以上かかる場所だ。毎日食事が届けられる事になってはいるが、きちんと届く日がどのくらいあるだろう。
父オスカーは、穏やかで大人しい顔や雰囲気とは裏腹に、性格は苛烈を極める。
私は、夜会に連れてこられた時の、賭博場の胴締めの怯え切った顔を思い出した。あの時、父は一体何をしたのだろうと思ったのだが、考えるのをやめた。
『世の中には、知らない方が幸せなことがあるものね』
父を見ながら呟いた魂の言葉に、ちょっと顔色を悪くしたダニエルが大きく頷いていた。



