【野暮令嬢】と侮った皆様、覚悟はよろしいかしら?

王宮からは驚く程早く先触れの使者が使わされ、次の日に女公爵就任のお披露目を行う旨を伝えられた。

当日、王宮内では本来許されていない喪服を纏い、黒のベールを被った私に、謁見室に集まった重鎮たちは眉を顰め、非難の声が上がった。
しかし、そもそも就任のお披露目やパーティーは故人の喪が明けてから、数か月前に通達して準備をするものであり、今回のように葬儀後間もなく、しかも通達が前日という処遇は前代未聞、あり得ないのだ。

批難の声を上げる者に、もう一つの公爵家であるバルテス家当主が、葬儀後日も置かずに突然呼び出したのだから、喪服での登城も咎められることではないと擁護してくれた。
彼家は、千年前の建国以来共に王家を支えて来た朋友だ。
私はバルテス公爵に目礼を返し、再び目の前の玉座を見据えて国王が姿を現すのを待った。
 
壇上の宰相が国王入場のアナウンスをしたと同時に、臣下たちは一斉に礼を執る。
最前列の私は、深く腰を落とした最敬礼で国王を迎えた。

国王は、私の喪服姿を見て一瞬顔を曇らせたものの、それについては言及せずに皆を直らせると、謁見室に集まった皆に聞こえるように私を紹介した。

「ウェーバー公爵家の新たな継承者、ヴィクトリア・ウェーバー女公爵である」

 周囲から一斉に拍手が沸き起こる中、私は振り返って膝を折り、目礼するのみにとどめて言葉を発することはしなかった。
 困惑した周囲の人々が静まり返る中、しばしの沈黙の後に国王が再び私に声を掛けた。

「……ウェーバー女公は、現在修道院に身を置いていると聞いているが、さぞ不便な生活であろう」

「いいえ」

 玉座に向き直って間髪入れずに即答した私に、周囲から小さなどよめきが起きる。それを打ち消すように国王は続けた。

「さすが、見上げた矜持だ。しかし女公が修道院で不遇をかこつなど、王家としては見て見ぬふりは出来ぬ。そこで、身分に見合った縁談を用意しようと思うのだ」

『迷・惑・千・万』

 魂の声が漏れる中、「はい」か「いいえ」で答えられない言葉に、私は黙して国王の次の言葉を待った。周囲は固唾をのんで成り行きを見守っている。
じっと私を見据えていた国王は、再び言葉を繋いだ。

「女公の沈黙を以って是と捉える。一週間後、ヴィッセル侯爵ヘンリクとの婚姻を命ずる。以上だ」

 そう言い残して玉座を立ち、壇上から姿を消した。その後ろ姿をカーテシーで見送った私は、振り返って居並ぶ貴族たちに向かって最敬礼を執り、ゆっくりと立ち上がった。

『余計な事しかしない、クソ国王』

渾身の魂の叫びと共に、そのまま謁見室を後にした。


 王宮の廊下を移動する間、喪服を纏って闊歩する私を、王宮を行き交う多くの人々がぎょっとした表情で二度見している。
それとなく遠巻きにされつつ、中庭に面した回廊に出たところで、ベール付きの帽子が風にあおられそうになった。
咄嗟に帽子を押さえたはずみで、黒いレースのハンカチが手を離れて側の灌木の上に飛ばされてしまった。その様子を見ていた周囲の人々は、みんな目を逸らしてそそくさと移動を始めている。
庭に降りて自分で取ろうにも、身長ほどの木の上なので恐らく手は届かない。

『仕方ないわね。諦めましょう』

そう思って前を向き、再び歩き出した時だった。

「失礼、レディ。こちらは貴方の物では?」

 後ろから掛けられた声に振り向くと、そこに立っていたのは、バルテス公爵家のダニエル公子だった。差し出した手に、私が先ほど諦めた黒いレースのハンカチが載っている。

『バルテス公爵には先ほどもお気遣いいただいたものね。周りに人もいないことだし、やっぱりお礼は必要よね』

 魂の声で独り言ちた私は、彼からハンカチを受け取ると、少し首をかしげてお礼を言った。

「ありがとうございます」

ダニエル公子は、切れ長のブルーグレーの瞳を見開き、私を食い入るように見つめて固まったまま動かないので、そのまま踵を返して回廊を進んだ。
ダニエル公子は爵位順に着席する学園の入学式で隣に座っていたから同い年のはずだ。昨年卒業して今は王太子の第一王子の側近として王宮に詰めていると聞いている。

それはともかく、婚姻の王命を下される席に本人不在とは、結婚後の待遇が思いやられる。
どうあれ、結婚式まで一週間しかないのだ。私は、まだ見ぬ未来の夫に宛て、面会を求める手紙をしたためた。せめて一度だけでも会って今後の事を話し合っておきたかったのだ。

しかし返信が届いたのは結婚式の前日。
取次のシスターから渡されたのは(明日、馬車を差し向ける)とだけ記された一枚のカードだった。

次の日、祖母のウエディングドレスを纏い、修道院の入り口に立った私は、シスターたちに見送られ、古びた櫃一つに纏めた荷物と共に迎えの馬車に乗り込んだ。