【完結】 【野暮令嬢】と侮った皆様、覚悟はよろしいかしら?

王宮に到着し、一旦控室に入る。ここで入場までの時間待機するのだ。

爵位の低い順に入場が始まるため、両公爵家は最後の入場となる。控室は、一部の伯爵家以上の高位貴族はそれぞれ割り振られ、それ以下の家は小ホールに合同で待機と決まっている。
私は、ウェーバー公爵家に割り当てられた控室ではなく、ギルバートのエスコートに任せてバルテス公爵家の控室に入った。

『何が仕掛けられているか、わかったもんじゃないわ』

私の魂の声に、ダニエルが頷く。

ふと、ハンナの体調が悪いと聞いていたことを思い出し、ヘンリクに、私がバルテス公爵家の控室に入ったと伝言を頼んだ。そうすれば、ハンナをヴィッセル侯爵家の控室に入れられる。体調もそうだが、合同控室には会わせない方が良い者も居る様だ。

バルテス公爵家の控室の扉が開くと同時に、バルテス公爵夫人のステラに息が止まるかと思うくらい抱きしめられた。
女性騎士の最高指揮官らしく鍛え上げた体は、ドレスを纏うことで圧巻のスタイルを誇示している。ステラは祖父が亡くなるまで私の剣の師匠を務めてくれていたのだ。

「ヴィー! 噂には聞いていたが、これほどの美女とは思わなかった! さあさあ、早く中へ!」

そう促されて部屋に入ると、そこにはバルテス公爵ヴィルヘルムが立っていた。ダニエルによく似た、長身で精悍な中にも、どこか優しい佇まいだ。私はバルテス家の並び立つ前でカーテシーを執り、笑顔を向けた。

「この度は、バルテス家の皆様には一方ならぬお力添えを頂き、誠にありがとうございます。お陰様で、こうして社交界に復帰することが叶いました。心からの感謝をお伝えしたいと存じます」

その言葉に、ヴィルヘルムは目を細めて私を見つめた。

「ヴィー! 素晴らしい蝶になったもんだ。オスカーからしばらく(さなぎ)にするんだと言われて、あの姿を見た時は驚いたが、これほどとはな」

「まあ、お父様ったらそんなことを? それよりも、王宮のお披露目の際にはお口添え頂いてありがとうございます。あの時、実は足が震えて立っているのがやっとだったのです」

そこへ、ノックの音がしたと同時に、ダニエルから殺気が漏れた。そう言えば、王宮に入ってからのダニエルは警戒心の権化のようだった。目力だけで周囲を威圧している。

それを見たステラは、ため息を吐きながらポツリと呟いた。

「少しは控えろ。これだから何人も婚約者候補に逃げられるんだ……」

「……母上の剣の訓練も原因の一つかと」

恐らくどちらも原因だろう。そんなことを想いながら母息子の会話を眺めていると、
バルテス公爵の返事と共に、父のオスカーが入って来た。

「すまない、挨拶は後だ。ヴィクトリア、この爵位継承書類にすぐサインをしてくれ。それから、こちらの書類には、ヴィクトリアと、ヴィルヘルムのサインが欲しい。アルブレヒト殿下がすぐに受理の手続きをするそうだ」

その書類は、オスカーがロシュフォール伯爵を継承することを承認するものと、もう一通は、マックス国王の廃位と国王代理としてアルブレヒト殿下が摂政となる事を承認する書類だった。宰相以下、大臣たちのサインは既に記されており、残るは両公爵家当主のサインだけになっている。

私とバルテス公爵は書類を確認するとすぐにサインをしてオスカーに渡した。慌ただしく部屋を出て行くオスカーに去り際に言われた。

「これですべて準備は整った。ヴィクトリア、思う存分やっておいで!」



◆◆◆
その頃、王宮に到着したハンナは、ヴィッセル侯爵家の控室に通されると聞き、驚いたと同時に安堵した。
いつもはヘンリクと離れて下位貴族の控室で「親友」たちと共に入場を待つのだが、今は、いつもあの紳士と共にやって来る「親友」の一人、ゼーゼマン子爵家のジゼルに会いたくなかったのだ。

あの夜会の日、ジゼルに誘われて出向いたものの、彼女は急用ができたと言って先に帰ってしまった。その時、ジゼルに紹介されて一緒に残されたのがあの紳士だった。
一夜の過ちと忘れようとしていた所へ、ジゼルとあの紳士が連れ立ってやって来た。その時初めて「親友」に裏切られ、嵌められたことに気付いたのだ。
彼の名前は知っている。しかし、ハンナはその名前を絶対に呼びたくはなかった。

控室に案内され、扉が開くとき、ハンナは身を固くして身構えたが、そこに居ると思っていたヴィクトリアは居なかった。

「妻は、エスコート役のバルテス公爵家の控室に居るそうだ。子供の頃から家族ぐるみの付き合いだから積もる話があるんだそうだ。自分は不在だから、ハンナの体調が悪いならここの方が落ち着くだろうと伝言を貰ったんだ」

きっとすべて知られている。
ハンナの直感がそう告げた。その上で黙ってくれているのだ。
私は「あのひと」には到底敵わない。

「ねえ、ヘンリク、お邸では奥様のことは何と呼んでいるの?」

その言葉に、ヘンリクは目を瞠った。今まで、「あの女」「野暮令嬢」と呼んでいたハンナが、妻の事を「奥様」と呼んだのだ。

「ああ、名前を呼んだことがないんだ。押し付けられた結婚で、最初にハンナにも言った通り、閉じ込めて出さないことが前提だったから、私は彼女の名前を知らなかったし、知ろうともしなかったんだ。結婚式の後、「妻として扱うことはない」って言ってしまった事を契約書にされてしまって、私は「ヴィッセル侯爵閣下」って呼ばれてる。今更、名前で呼んで欲しいとか、名前を呼びたいとか言えないよ」

そんなヘンリクを優しく眺めながら、ハンナは言った。

「ヘンリクは、奥様の事が好きでしょう? 本当の夫婦になれそう?」

ハンナの変貌とその言葉に、ヘンリクは焦りを感じた。

「いいや、私たちは白い結婚なんだ。確かに妻は目を奪われるような美しい人だけど、私には手が届かない人だよ」

ヘンリクには、微笑みを浮かべて話を聞くハンナが、自分から離れて遠くへ行くような気がした。

「ハンナ、聞いてくれ、一時妻に憧れの気持ちを持ったことは認めるし、ハンナには本当に申し訳なかったと思う。でも誓って妻との間には何もないし、妻からは置き物くらいにしか思われていない。私が愛しているのはハンナなんだ。どうかこれからも私の側にいてくれ」

ヘンリクは、ハンナの手を取って懇願した。手を離すと消えてしまいそうだったから。

「ありがとう。私もヘンリクを世界で一番愛しているわ。奥様に、今までの事を貴方からお詫びをしておいてね」

分かったと返事をしたヘンリクは、それからもハンナの手を離せなかった。



◆◆◆
王宮の大ホールでは、入場を終えた貴族たちがひしめく中、いよいよ国王の入場をしらせるラッパの音が響き渡った。
全員が静に最敬礼で迎え、国王から声を掛けられて全員が立ち上がった。

「本日は皆の顔が見られて嬉しく思う。宴の前に、皆に報告しておくことがある。ヴィッセル侯爵夫妻、前へ出よ」

ヘンリクと私は前へ進み出た。
ヘンリクが礼を執るのに対し、私は立ったまま国王を見据えた。廃王に下げる頭など持ち合わせてはいないのだ。
一瞬目を吊り上げた国王だったが、その事を咎めることなく、話を進めた。

「そろいの衣装でないところを見るに、噂は本当の様だ。お互いに深い愛で結ばれたものが既にいると伝え聞いた。ウェーバー女公爵がヴィッセル家のボルドーではなく、ターコイズブルーの衣装をまとっているのは、愛するものに操を立てる意志と見受ける」

そう言った国王に、ヘンリクが返答した。

「恐れながら、発言をお許しください。妻のこの衣装は、作成が間に合わなかったための事、わたくしの不徳の致すところで御座いますれば、決して妻の落ち度でも王命への反抗でもございません」

ヘンリクの反応が以外で、私は思わず顔を向けた。

「妻を庇う態度あっぱれである。しかしながら、この度の婚姻の王命は私の早計だったようだ。このままでは不幸な結婚を強いる事になるゆえ、改めて愛する者同士を娶わせようと思う。アレックス元王子、前へ」

その言葉に、【祟り髪(アレックス)】が優雅な足取りで前へ進み出て大げさな礼を執った。

「実は、この度アレックスから、ウェーバー女公とかねてより親密な関係であると相談を受けたのだ。ダレル女伯は愛し合う二人のために身を引いてくれるそうだ。それに、ヴィッセル侯爵には内縁の妻ともいうべき、ローゼンハイム男爵家のハンナ嬢が居ることは社交界でも周知の事実だ。ハネムーンもハンナ嬢と過ごしたと聞いている。
そこで、ここに新たに二組の婚姻を宣言したい。皆、祝ってやってくれ」

その言葉に、私は扇子を顔の前に掲げ、はらりと広げると顔を背けた。国王の言葉に対して、拒絶の態度を取ったのだ。
会場の誰もが息を呑んで私を見つめている。

そのまま返事をしない私に、国王は怒りを露わに言葉をぶつけた。

「ウェーバー女公、アレックスの執り成しがあってこそ、貴族御用達のドレスメーカー以外で仕立てたドレスでの出席も、先ほどの無礼にも目を瞑ったのだ。これ以上の不敬は許さんぞ。跪いて許しを請え!」

私は扇子を閉じ、威勢を正すと、はっきりと廃王に告げた。

「わたくしが、ダレル女伯令婿と親密な関係だった事実などございません。その様な世迷い事を公の場で発言される事に対して厳重に抗議を致します」

その言葉に、【祟り髪(アレックス)】は薄笑いを浮かべて近づいて来た。

「先の仮面舞踏会で一夜を過ごしたことをお忘れですか? その事については証人がおりますよ。私たちの愛の証人として、ローゼンハイム男爵家のハンナ嬢、どうぞ証言をお願いします」

ヘンリクはこれ以上ない程目を見開き、ハンナを振り返った。
会場の視線が一斉にハンナに向かう中、ハンナは可憐なカーテシーを披露して言葉を発した。

「ローゼンハイム男爵家ハンナがお応えいたします。先の仮面舞踏会でアレックス様と一夜を共にしたのは、ウェーバー女公ではございません。その相手は……」

『ハンナを止めて! 今、言わせてはだめ!』

私の魂の声に反応したダニエルは、即座に移動してハンナを横抱きにしてヘンリクに手渡した。

「ずいぶん顔色が悪い。支えが必要だ」

周囲はあまりの展開に静まり返って事の次第を見届けている。
私は二人に近づき、ハンナの耳元で小さく告げた。

「打ち明けるのはまだよ」

そしてアレックスの前に立ち、閉じた扇子を突きつけた。

「あなたの愛人は、ゼーゼマン子爵家のジゼル嬢でしょう?」