【野暮令嬢】と侮った皆様、覚悟はよろしいかしら?

今日も今日とて、気合の入った侍女たちに念入りに磨き上げられた私は、夫に恭しくエスコートされて夜会に参加している。高いドーム天井から下がるいくつもの豪奢なシャンデリアが周囲を明るく照らし出す会場で、その煌めきに負けないほどの華やかな笑顔を周囲に振りまきながら、いつものように男女問わず夫の友人たちと共に華やかなひと時を過ごすのだ。

完璧な侯爵夫人
淑女たちは私をそう噂する。

ヴィッセル侯爵家の顔として社交も完璧、所作やマナーは誰の目にも非の打ちどころがない。含みを持たせた噂話や、善意を装った告げ口も、すべて素直に受け止め感謝を口にする。その際、頬に手を当て、新鮮な驚きを添える事も忘れない。

「まあ、そうでしたのね。お知らせ頂いて感謝致しますわ」

妻の鑑
紳士たちは更に言葉を重ねる

夫が友人たちとひどく羽目を外しても、特定の女友達と親密にふれあう姿を目にしても、美しい笑顔を向けて鷹揚に言う。

「素敵なご友人に囲まれて、とてもお幸せだこと」


夜会や茶会に限らず、顔を合わせれば、ここぞとばかりに猫なで声で大げさに紡がれる、それら褒め言葉ではない嘲りを含んだ賛辞を、私は素直に、そして無邪気に喜んで全て真正面から受け止める。

そして、その中から一人ターゲットを定めると、ひときわ美しく笑みを深めてひたと目を見つめる。ターゲットはそのグループの中で中ほどの地位の人物が望ましい。
私の視線を受けたその人物は、もれなく一様に息を呑み口を噤む。

『それで? オチは?』

魂の声でつっこみつつ、相手が目を逸らし、そそくさと立ち去る後ろ姿が見えなくなるまで笑顔で凝視する。もちろんまばたきなんかしない。

『勝者、ヴィクトリア!』

立ち去った人物を完全に見送った後、心の中で魂の掛け声とともに拳を天に突き上げ、見えない観客の大喝采を浴びながら、周囲で固唾をのんで見守っていた人々にはとびっきりの笑顔を向けておく。
そろそろまばたきしないと目が限界だ。少しでも充血させると、筆頭侍女のクロエに叱られてしまう。

それにしても、わざわざ自ら追い詰められるために前振りをするなんて、皆様よほど日々の刺激に飢えているのね。
 
『マゾ? マゾなの? マゾなのね!』

魂の叫び三段活用は、最近のお気に入りだ。



空が白み始め、夜会もそろそろお開きだ。迎えの馬車が到着すると、夫のヘンリクと共にいつもの女友達が乗り込んでくる。

「友人を送る約束をしているんだ。君を邸で降ろしたら、ちょっと彼女の邸まで行ってくるよ」

隣に座る女友達に手を繋がれた彼は、いつも通り申し訳なさそうな顔で同じ言葉を口にする。私もいつもと同じ蕩けそうな笑みを返して、いつもと同じ言葉を返す。

「わかったわ。お気をつけてね」

やがて到着した邸の馬車寄せで、ヘンリクの丁寧なエスコートを受けて馬車を降りた私は、再び馬車に乗り込んだ夫に女友達が情熱的に絡みつく姿を窓の外から目にする。そして、これもいつもの通り、ちらちらと私の様子をうかがうように視線を送る夫と、夫の背中越しに向けられる勝ち誇った顔の女友達に極上の笑顔を返し、美しい所作で小さく手を振って、馬車が遠ざかっていくのを見送る。

『もう日が昇るし、盛り上がり過ぎてカーテンを閉め忘れなきゃいいけど……』

と、魂の声で呟きつつ、半分広げた扇子の下で品よくあくびをかみ殺した。

『ま、余計なお世話だわね』