眷属少女のブーケット


 
 私が孤児院からこの屋敷に来たのはちょうど9歳になったばかりの頃だった。

『息子と歳の近い使用人がほしい』という奥様の要望によって、品定めに来ていたミリアムさんと無事就職できた私を乗せた馬車は、雪景色の中を走っていた。
 
 隙間風からくる寒さで歯をガチガチならしながら窓の外を見ていた私に、ミリアムさんが「着ていなさい」と上着を脱いで渡してくれたことはよく覚えている。
 
 自分で言うのもなんだが、あの時からミリアムさんは私のことをよく見ていてくれた気がする。


「で。テスタ、あれからどうなったの?」
「え?」


 今年で13歳になる誕生日に、ミリアムさんからプレゼントされた小説を読みながら昔のことを思い出していると、ルームメイトのバーバラからいきなりそんな質問が飛んできた。
 
 使用人寮メイド練には2人で一部屋の個室が与えられているが、15歳未満の私達はまだ3人部屋。

 加えて、いつのまにやら先輩メイド達も何人か消灯時間までおしゃべりにきているせいで辺りはかなり賑やかだ。


「え、なんの話?」
「夕方の!いじめっ子連中の目をつぶした後の話!!」
「ああ…」
 

 目は潰してないけど、別に訂正しなくてもいいか。


「特に何もないよ。旦那様と奥様からは『ありがとう、相手の顔が割れたからこれで出るとこ出られる』って笑顔で言われただけだし、向こうもお医者さんが言うにはちゃんと治るってさ」
「わぁ~それ奥様絶対ブチギレてる時の笑顔だったでしょ」
「うん、旦那様もかなりね」
「いじめた方が悪いとはいえ、なんか向こうの今後が可哀想に見えてきたわ」


 鳥肌がたったのか、寒そうに両腕をさするバーバラ。その後ろから先輩が「けどアンタさぁ」と続けて話しかけてきた。

 
「向こうにはまだ鉄板仕込んでたこと話してないんでしょ?もしも『ガルボン家のメイドは鉄みたいに硬い腹筋をもってる』…なんて噂がたったらどうしてくれるのよ」
「?別にいいんじゃないですか?ナメられなさそうで」
「おバカねぇ!怖がられて男が寄って来なくなるじゃない。人生いつ出会いと告白のチャンスがあるかわからないんだから」


 そう言ってため息をつく先輩に「わかるわかる」と皆んな相槌を打ちはじめる。
 

「私も早く結婚したいなぁ、この間パーティーにいらしてた…確か西の方の王子様だっけ?素敵だったわぁ」
「いっしょに来てた商人さんもね!馬で移動しないといけないぐらい広いお屋敷を持ってるって」
「あらやだアンタ、そんなこと言っていいの?秘密の彼氏さんにバラしちゃおっかな~」
「「「「何彼氏って!?初めて聞いた!!」」」」


 もうすぐ消灯前だというのに、恋愛話で場が完璧に盛り上がってしまった。ついていけないので布団に潜り込み、少し隙間を作って窓の向こうの月を眺める。
 
 結婚とかはまだよくわからなくて、あまり深く考えたことすら無かった。

 将来だって、きっと私もミリアムさんみたいに独身でこの屋敷に仕えているのだろう。
 
 大変なこともあるけれど、院にいた頃よりもここでの生活はずっと楽しくて暖かい。
 

 …けど時々、今みたいな瞬間にふと『まだ知らないだけで私を待っている何かがどこかにいるんじゃないか』と不思議な気持ちになることがある。
 
 きっと今の生活が幸せだから、贅沢なことを考えているだけだ。

 それよりも明日のために、もう早く寝ないと。


 ◇


「ハサミを取りにぃ?なんで?」
「いやぁ実は最近切れ味が落ちてきたからチェストさんのところに研磨を頼んでたんだけど、昼間取りに行くの忘れちゃってさ…明日には必要なんだけど俺これから親方に呼ばれてて…お願いっ!なんでもするから頼む!」

 そう言って庭師見習いの男子、シェローくんは深く土下座した。

 正直この後も掃除だったりなんだったりで仕事があるから断りたかったんだけど、彼曰く「ミリアムさんには許可とってるからさぁ!!」ということらしい。
 
 忘れちゃったのは嘘じゃなくても、わざわざ私に行かせようとしているのは時間にうるさいチェストさんに会うのが怖いからだ。

 しょうがないので「貸し5つね」と予定外のお使いを承る。

 時間も時間だが、今から行けば完全に暗くなる前には帰れるだろう。