横顔。

 新学年になってから、はや一ヶ月。


 仮班での生活が終わる。


 新しいクラスになってから初めての席替えだ。


 クラスメイトの組み合わせから、いい班ではないことはわかっていたけれど、少しだけ楽しみだった。


 クラス替えの時はあまり良いクラスではないと思っていたけれど、意外と仮班の時のメンバーはいい印象を持ったので、今回の席替えもなんとかやっていけるだろうと思っていた。


「席替えは事前に班長と学級委員が話し合って決めました。嫌だと思っても、絶対に文句は言わないこと」


 いつものルールを先生が言い始める。これが意外と長かったりするのだ。


 私はメガネのレンズを拭きながら、先生の説明を聞き流す。


 今年は他校から来た先生だから詳しくは知らないが、去年の先生と変わらない、いつも通りの先生と言う感じだ。


「というわけで、ルールは分かりましたね。はい、これが席替え後の席です」


 先生がプロジェクターにミラーリングをして、席を私たちに公表する。


 みんなが目を細めながら画面を見ている。


「俺の席どこ?」


「窓際の席ゲットー!」


「早く移動しよー」


 メガネが拭き終わった私は、ゆっくりとメガネをかけて、みんなと同じように画面を見た。


「終わった」


 私の口から溢れた言葉はそんな一言だった。


 期待した自分に、ばちを当てられたような気分になる。


 小学校の時にトラブルを起こしてからずっと嫌いな男子と、去年は違うクラスだった男子。そして、去年は同じクラスだったけどあんまり好きではないタイプの班長のおふざけ者の男子。唯一の救いは親友である由奈だけだった。


 みんながそれぞれ机を動かし始める。


 私は一つ後ろの席に移るだけだったからすぐに終わって、隣の廊下側の窓の外を見つめていた。


 何も面白いものはなく、視線をゆっくりと教室の予定黒板に戻す。


 もちろん、予定黒板にも何も面白いものはなかった。


 少しでも時間を潰そうとわざと予定黒板を見ているふりをする。


 周りの人たちは、楽しげに話をしている。


「えー!隣、お前なの!?絶対授業中怒られるじゃん」


「なんだよ〜!これからよろしくな!」


「好きな子の隣だ〜!」


「神様ありがとー!」


 楽しそうな声ばかりで、私とは真逆の感情を抱いているようだった。


 私は人と関わるのは苦手で、苦手な人や嫌いな人とは関わりたくないタイプの人間だった。


 話す理由もないので、由奈以外の人とは特に話すこともなく、下校した。


 明日からどうやって生活しよう、なんてことを考えながら。


 去年は、仲の良い友達が多いクラスだったのでなんとかやっていけていたが、今年のクラスはその真逆だ。


 少なくとも、あと半年はこのままか…と思いながらため息を漏らす。


 そんなことを考えながら放課後を過ごしていたら、あっという間に夜になった。


 いつものように眠りにつき、気づいたら登校前だった。


 私の足取りは重く、学校に行くにつれて背中は丸まっていった。


 いつもは長く感じる通学時間の十五分は、一分ほどに感じられた。


「今日は席替え後で初めての班活動です。初めての班活動なので、去年と違うクラスの人や、話したことがない人とも積極的に話しましょう」


 先生が用意してきたレクリエーションで遊ぶようだが、あまり面白くはなさそうだったので、極力参加はしないことにした。


 班の他のメンバーだけでも、十分に盛り上がっているので、任せることにした。


 協力することも少ないゲームだと思ったので、私は昨日のように窓の外を見つめて、何もない廊下を見た。


 この時間はどうせ、由奈以外と話すこともないだろう。


 そういえば、他のクラスの人はどんな席になったのだろう。


 そんなことを考えていたら、去年は違うクラスだった蒼さんが話しかけてきた。


「ねえ、翠さんって頭いいんでしょ?」


 急に関係のない話題で話しかけられたので、私は驚く。


 だが、この話は今までに聞き飽きるほどにしてきた。


 新しく仲良くなった人は、全員こんなことを言う。


 確かに塾に通ったり、小学校からの親の教育のおかげで成績や勉強の出来は良い方である。


 しかし、私は褒められたくてやっているわけでも、将来の医者になりたいなどの大した理由もなく勉強している。


 私はこの言葉に苦しめられてばかりいるので、あまり嬉しい言葉ではない。


「違うけど」


 私はそっけなく返事をして、会話をできるだけ短くしようとする。


「えー。せっかく勉強教えて成績あげようと思ってたのになー」


 彼は呑気そうにヘラヘラと笑いながら班長の人と笑っている。


「俺勉強しないからわかんねーんだよな」


 そんなことを言っていられるなら、勉強しなよ。と言いたかったが、その気持ちをグッと抑えて、自分の中で消化する。


 由奈はいつも通り、どんな子とも楽しげに話す。


 由奈のコミニュケーション能力は見習いたいぐらいに高い。


「蒼さんって呼んでいい?」


「全然いいよ!俺も由奈さんって呼んでいい?」


「もちろん!私も頭悪いから、テストで勝負しよ!」


「のぞむところだ!」


 二人の仲のよくなるスピードに、私は目を見開く。


 私はこのクラスには馴染めない気がした。


「蒼さんって、いつも楽しそうだよね」


 由奈がどうしてそこまで馴染めるのかもわからず、私は俯いて話を聞く。


 もしも神様がいるのだったら、なんでこんな席にしたんだろう。


 何か意味でもあるのだろうか。


 メガネの下にある目を少しだけ細めて、自分の感情をグッと抑えながら、時間が過ぎて行くのを待つ。


 時計を見つめても、全然針が進まない。


 止まっているじゃないかと思うほどに、長針は進まない。


 はやく、終われ。


 私はそんなことを願うばかりだった。


 授業終わりを知らせるチャイムまで、あと十分。


 心の中で一分を数えても、長針は動いたように見えなかった。


 昨日の放課後だったらあっという間に感じられた十分間が、まるで一日のように長く感じた。