王都に戻った私達を出迎えたのは、王女殿下が投獄されたという驚くべき報せだった。
いや、驚いたのは私だけで、カルヴィン様はもう知っていたのかもしれない。
彼は無言のまま、唇を引き結んでいた。
私が乗る馬車が襲撃されたのは、雇い入れた御者が香を炊いて魔獣を呼び寄せたからだとか。
全ては王女殿下の指示だったと、囚われた御者が白状した。
貴族令嬢である私の殺害は未遂に終わったが、この襲撃で、伯爵家の若い騎士が命を落とした。
王女殿下は、襲撃事件の首謀者として、生涯を白い塔で過ごすことが決まった。
「すまないな、疲れているだろうところをすぐに呼び出してしまって」
「いえ……」
私とカルヴィン様は、王城の一室に招致された。
私達を招いたのは、政敵である王女殿下の失脚により王太子の地位に就いた、トラヴィス・ファリントン殿下だ。
「全て上手く纏まったのは、君達のおかげだ。オールダム伯爵令嬢を害してまで、英雄どのを手に入れたかったのだろうが……いやはや、我が異母姉ながらに恐ろしい」
私が知る社交界の噂では、王太子殿下──当時の王子殿下は、竜殺しの英雄を嫌い、牽制していたと聞いている。
それも、彼が王女殿下の婿となり、王位継承で優位に立つことを恐れてのことだったのだろうか。
……私達は、知らないところで政争に巻き込まれていたのだ。
「して、君には改めて褒美をとらねばな」
王太子殿下の言葉に、カルヴィン様が深々と頭を垂れる。
「騎士団長の座も、陞爵も、望みのままだ。何でも言うがいい」
「であれば、一つだけ」
カルヴィン様の言葉に、王太子殿下がゆっくりと頷く。
「我等は結婚式の後、領地に戻って伯爵領で静かに暮らしていきますので、これ以上の関与はご遠慮願いたい」
「……は?」
王太子殿下の上擦った声。
王子様然とした美貌の彼が、大きく瞳を見開いていた。
「私の望みは、彼女と静かに暮らすこと……もうこれ以上の面倒事は、勘弁願いたい」
「──待て、地位も財産も要らぬと申すか!?」
「はい、私が求めていた者は、もう手に入れましたので」
彼の逞しい手が、私の肩を抱く。
一度は失った声を、彼は取り戻した。
それ以上、もう願う物は何もない。
「それでは、失礼します」
「あ──」
呆然とする王太子殿下を他所に、カルヴィン様が謁見の間を後にする。
私も殿下に一礼すると、彼の後に続いた。
「……良かったのですか?」
「何がだ」
「騎士団長の座です。憧れていたのでは?」
幼い頃から、彼は剣の腕を磨き続けていた。
それ全て、強い騎士になる為──そう思っていたのだが。
「……俺が剣を習い始めたのは、君の為だ」
「え……?」
突然の告白に、数度瞳を瞬かせる。
彼が強くなったのは、私の為……?
「約束しただろう──必ず、君を守ると」
そうだ。
犬に怯えていた幼い少年が、泣きながら誓ったこと。
『僕、もっと強くなるから……君に守られるんじゃなくて、僕が守れるように……!』
彼は、それを守る為に腕を磨いたんだ。
竜殺しの英雄と呼ばれるまでに。
「……君こそ、良いのか? 一度は、婚約の破棄まで決意したはず──いや」
カルヴィン様が、らしくもなく、口籠もる。
「今更結婚はお預けと言われても、俺はもう、我慢出来る気はしないのだが」
「もう、婚約破棄なんて言いませんよ」
私は、彼がどれだけ私のことを愛してくれているか……知ってしまったから。
彼が一瞬声を詰まらせた後、私の身体は、カルヴィン様の逞しい腕に包まれていた。
──拝啓、竜殺しの英雄様。
あの時、婚約の破棄を願った私を、どうかお許しください。
不束者ではありますが、末永く、よろしくお願い申し上げます。
いや、驚いたのは私だけで、カルヴィン様はもう知っていたのかもしれない。
彼は無言のまま、唇を引き結んでいた。
私が乗る馬車が襲撃されたのは、雇い入れた御者が香を炊いて魔獣を呼び寄せたからだとか。
全ては王女殿下の指示だったと、囚われた御者が白状した。
貴族令嬢である私の殺害は未遂に終わったが、この襲撃で、伯爵家の若い騎士が命を落とした。
王女殿下は、襲撃事件の首謀者として、生涯を白い塔で過ごすことが決まった。
「すまないな、疲れているだろうところをすぐに呼び出してしまって」
「いえ……」
私とカルヴィン様は、王城の一室に招致された。
私達を招いたのは、政敵である王女殿下の失脚により王太子の地位に就いた、トラヴィス・ファリントン殿下だ。
「全て上手く纏まったのは、君達のおかげだ。オールダム伯爵令嬢を害してまで、英雄どのを手に入れたかったのだろうが……いやはや、我が異母姉ながらに恐ろしい」
私が知る社交界の噂では、王太子殿下──当時の王子殿下は、竜殺しの英雄を嫌い、牽制していたと聞いている。
それも、彼が王女殿下の婿となり、王位継承で優位に立つことを恐れてのことだったのだろうか。
……私達は、知らないところで政争に巻き込まれていたのだ。
「して、君には改めて褒美をとらねばな」
王太子殿下の言葉に、カルヴィン様が深々と頭を垂れる。
「騎士団長の座も、陞爵も、望みのままだ。何でも言うがいい」
「であれば、一つだけ」
カルヴィン様の言葉に、王太子殿下がゆっくりと頷く。
「我等は結婚式の後、領地に戻って伯爵領で静かに暮らしていきますので、これ以上の関与はご遠慮願いたい」
「……は?」
王太子殿下の上擦った声。
王子様然とした美貌の彼が、大きく瞳を見開いていた。
「私の望みは、彼女と静かに暮らすこと……もうこれ以上の面倒事は、勘弁願いたい」
「──待て、地位も財産も要らぬと申すか!?」
「はい、私が求めていた者は、もう手に入れましたので」
彼の逞しい手が、私の肩を抱く。
一度は失った声を、彼は取り戻した。
それ以上、もう願う物は何もない。
「それでは、失礼します」
「あ──」
呆然とする王太子殿下を他所に、カルヴィン様が謁見の間を後にする。
私も殿下に一礼すると、彼の後に続いた。
「……良かったのですか?」
「何がだ」
「騎士団長の座です。憧れていたのでは?」
幼い頃から、彼は剣の腕を磨き続けていた。
それ全て、強い騎士になる為──そう思っていたのだが。
「……俺が剣を習い始めたのは、君の為だ」
「え……?」
突然の告白に、数度瞳を瞬かせる。
彼が強くなったのは、私の為……?
「約束しただろう──必ず、君を守ると」
そうだ。
犬に怯えていた幼い少年が、泣きながら誓ったこと。
『僕、もっと強くなるから……君に守られるんじゃなくて、僕が守れるように……!』
彼は、それを守る為に腕を磨いたんだ。
竜殺しの英雄と呼ばれるまでに。
「……君こそ、良いのか? 一度は、婚約の破棄まで決意したはず──いや」
カルヴィン様が、らしくもなく、口籠もる。
「今更結婚はお預けと言われても、俺はもう、我慢出来る気はしないのだが」
「もう、婚約破棄なんて言いませんよ」
私は、彼がどれだけ私のことを愛してくれているか……知ってしまったから。
彼が一瞬声を詰まらせた後、私の身体は、カルヴィン様の逞しい腕に包まれていた。
──拝啓、竜殺しの英雄様。
あの時、婚約の破棄を願った私を、どうかお許しください。
不束者ではありますが、末永く、よろしくお願い申し上げます。
