目が見えない生活にも慣れてきた頃、日々少しずつ修道院が慌ただしく感じられるようになった。
どうやら、偉い誰かがこの修道院に来るらしい。
修道院といえば、教会の管轄。
私が王都を発つ前は、聖国から聖女様がいらっしゃっていた。
今度は、王都でお見かけした聖女アンジェリア様よりも、さらに位の高い御方らしい。
筆頭聖女であらせられる、ダーナ様がファリントン王国を訪れるらしい。
筆頭聖女様が聖国を出るなど、滅多にないことだ。
この教会でも、筆頭聖女様を迎え入れるべく、準備が進められた。
とはいえ、目の見えぬ私に出来ることは少ない。
せいぜい皆の邪魔にならぬよう、自分に出来ることは自分でやるだけで精一杯だ。
聖国から筆頭聖女様がお見えになるのに先だって、王都に滞在していた聖女アンジェリア様が国境の修道院を訪れた。
私にとっては気まずい相手だが、向こうは私の顔を知るはずもない。
ましてや、今の私は貴族令嬢ですらない──目の見えない修道女なのだ。
「今日は、王都から聖女様がお見えです。大丈夫、筆頭聖女様がお越しになる前の、予行演習と思いましょう。皆さん、緊張する必要はありませんからね」
そう言って皆を奮い立たせる修道女の声は、どこか緊張を孕んでいた。
やはり教会関係者にとって、聖女様は特別な存在らしい。
目の見えぬ私も、修道院の一員として聖女様を出迎えることになった。
皆と並んで修道院の前庭に立ち、聖女様の到着を待つ。
頬を撫でる風は心地よく、王都とは違う匂いが感じられた。
やがて、馬車の音がゆっくりと近付いてくる──。
「……っ」
車輪の音に、僅かに身を竦めてしまう。
大丈夫、ここは街道ではない。
もう、安全な修道院なのだから──そう自分に言い聞かせ、ゆっくり深呼吸をして、息を整える。
そっと、肩を抱く手があった。
彼が私の怯えに気づき、力づけようとしてくれているのだ。
「ありがとう、大丈夫だから……」
そうしている間にも馬車の音は止まり、皆が息を呑む気配が伝わってきた。
誰かが馬車から降りてくる気配……あのお美しい聖女アンジェリア様が、この修道院を訪れたのだ。
「聖女様、お待ち申し上げておりました」
「お出迎え、ありがとうございます」
鈴を転がすような、美しい声音。
そうして、聖女様が歩く衣擦れの音が近付いてきて──私の前で、ピタリと止まった。
「──あなたは……」
聖女様が、小さく呟く。
どなたか、知り合いでもいらっしゃったのだろうか。
「……目が、見えないのですか?」
「ええ、馬車に乗っている時に、魔獣に襲われてしまって……ガラスの破片で、目を傷付けたのです」
「まぁ……」
聖女様の気遣わしげな声。
ああ、この方は見た目だけではなく、心まで綺麗なのだ。
だからこそ、カルヴィン様が彼女に心を許したのね……。
「私ではまだ力不足で、高度な治療行為は行えません。でも、筆頭聖女様ならば、きっと貴女の目も治せるはずです」
「いえ、私はそのような……」
「いいえ、治していただくべきです」
首を振る私の手を、聖女様が握りしめる。
「貴女には……」
一瞬、言葉が途切れる。
「いいえ。貴女達には、幸せになる権利があるのですから」
……貴方達?
表現は少し気になったが、聖女様は本当にお優しい方だ。
彼女ならば、きっと彼のことを幸せにしてくれるのだろう……そう思えば、闇に包まれたままの眦が、ほんのり熱くなった。
どうやら、偉い誰かがこの修道院に来るらしい。
修道院といえば、教会の管轄。
私が王都を発つ前は、聖国から聖女様がいらっしゃっていた。
今度は、王都でお見かけした聖女アンジェリア様よりも、さらに位の高い御方らしい。
筆頭聖女であらせられる、ダーナ様がファリントン王国を訪れるらしい。
筆頭聖女様が聖国を出るなど、滅多にないことだ。
この教会でも、筆頭聖女様を迎え入れるべく、準備が進められた。
とはいえ、目の見えぬ私に出来ることは少ない。
せいぜい皆の邪魔にならぬよう、自分に出来ることは自分でやるだけで精一杯だ。
聖国から筆頭聖女様がお見えになるのに先だって、王都に滞在していた聖女アンジェリア様が国境の修道院を訪れた。
私にとっては気まずい相手だが、向こうは私の顔を知るはずもない。
ましてや、今の私は貴族令嬢ですらない──目の見えない修道女なのだ。
「今日は、王都から聖女様がお見えです。大丈夫、筆頭聖女様がお越しになる前の、予行演習と思いましょう。皆さん、緊張する必要はありませんからね」
そう言って皆を奮い立たせる修道女の声は、どこか緊張を孕んでいた。
やはり教会関係者にとって、聖女様は特別な存在らしい。
目の見えぬ私も、修道院の一員として聖女様を出迎えることになった。
皆と並んで修道院の前庭に立ち、聖女様の到着を待つ。
頬を撫でる風は心地よく、王都とは違う匂いが感じられた。
やがて、馬車の音がゆっくりと近付いてくる──。
「……っ」
車輪の音に、僅かに身を竦めてしまう。
大丈夫、ここは街道ではない。
もう、安全な修道院なのだから──そう自分に言い聞かせ、ゆっくり深呼吸をして、息を整える。
そっと、肩を抱く手があった。
彼が私の怯えに気づき、力づけようとしてくれているのだ。
「ありがとう、大丈夫だから……」
そうしている間にも馬車の音は止まり、皆が息を呑む気配が伝わってきた。
誰かが馬車から降りてくる気配……あのお美しい聖女アンジェリア様が、この修道院を訪れたのだ。
「聖女様、お待ち申し上げておりました」
「お出迎え、ありがとうございます」
鈴を転がすような、美しい声音。
そうして、聖女様が歩く衣擦れの音が近付いてきて──私の前で、ピタリと止まった。
「──あなたは……」
聖女様が、小さく呟く。
どなたか、知り合いでもいらっしゃったのだろうか。
「……目が、見えないのですか?」
「ええ、馬車に乗っている時に、魔獣に襲われてしまって……ガラスの破片で、目を傷付けたのです」
「まぁ……」
聖女様の気遣わしげな声。
ああ、この方は見た目だけではなく、心まで綺麗なのだ。
だからこそ、カルヴィン様が彼女に心を許したのね……。
「私ではまだ力不足で、高度な治療行為は行えません。でも、筆頭聖女様ならば、きっと貴女の目も治せるはずです」
「いえ、私はそのような……」
「いいえ、治していただくべきです」
首を振る私の手を、聖女様が握りしめる。
「貴女には……」
一瞬、言葉が途切れる。
「いいえ。貴女達には、幸せになる権利があるのですから」
……貴方達?
表現は少し気になったが、聖女様は本当にお優しい方だ。
彼女ならば、きっと彼のことを幸せにしてくれるのだろう……そう思えば、闇に包まれたままの眦が、ほんのり熱くなった。
