拝啓、竜殺しの英雄様──この婚約、破棄してください。

華やかな庭園を彩る、色とりどりの花々。
そして、その花々に負けないほど色鮮やかなドレスを身に纏う令嬢達。
その輪の端で、私はただ静かに席に座っていた。

王城で開催されたお茶会──そこに集う貴族令嬢の興味は、いつだって殿方のことばかり。
彼女達の人気を一心に集めているのは、他ならぬ竜殺しの英雄カルヴィン・ヘザー伯爵令息……私の婚約者だ。

「今日早くに到着しましたら、ヘザー伯爵令息──カルヴィン様とお会い出来ましたのよ!」
「まぁ、なんと羨ましい」
「あのお顔立ちに、あの強さ、逞しさ……彼ほどの紳士はおりませんわぁ」

お茶会の席に着いた女性達が、今日も彼の話題で盛り上がっている。

「あの頼もしい腕に、一度で良いから抱かれてみたいものですわ」
「あら、はしたない」
「でも、皆様そう思っていらっしゃるのではなくって?」

甲高い笑い声が響く。

分かっている。
誰もがカルヴィン・ヘザー令息を褒め称え、誰もが彼と近付くことを望んでいる。
そうして、私に言うのだ──『どうしてお前なんかが、彼の婚約者なんだ?』と。

私と彼の婚約は、彼が英雄と呼ばれるようになる、遙か以前──私達が子供の頃に結ばれた。

『オーガスタ……君を必ず幸せにする』

あの頃は、幸せだった。
親同士が決めた縁ではあったが、私もカルヴィンも、お互いに想い合っていた──そう信じていたのに。

彼が“英雄”と呼ばれるようになって、全てが変わってしまった。

「聞きました? 王女殿下の件」
「ええ、なんでもカルヴィン様を護衛騎士にしたいと、陛下に駄々をこねたそうですわ」
「いくら王女殿下とはいえ、カルヴィン様を独り占めするのは……ねぇ」
「陛下直々に、聖国から来訪された聖女様の護衛を命じられたそうではありませんの」

ひそひそと、声を潜めた会話が耳に届く。
王位継承を巡る渦中にある王女殿下までもが、カルヴィンにご執心だという噂。

一介の伯爵令嬢である私に、出来ることなど何もない。
ティーカップを持つ指先に、力が籠もる。
そんなの、分かりきったことだというのに──私達の婚約は、いまだ解消されてはいない。

「独り占めと言えば……」

令嬢の一人が、声を潜める。
顔を上げずとも分かる、突き刺さるような眼差し。
隣のテーブルに座る彼女達は、容赦無い視線をこちらに向けていた。

「よくもまぁ、恥ずかしげもなく社交の場に顔を出せるものですわね、彼女」
「カルヴィン様も、お可哀想に……いつまでも婚約者の座にしがみついて、みっともない」

吐き捨てるような言葉。
彼女達は、私の耳に入るであろうことを分かっていて、わざと声高に言っているのだ。

彼が有名人になった後も、私と彼との婚約は続いている。
ただし──今はもう、彼と時を同じくすることはない。
私はただの風除け、お飾りの婚約者なのだ。

「──王女殿下のご入場です」

係員の案内に、会場が静まり返る。
先ほどまで王女殿下のことを口にしていた彼女達も、一斉に立ち上がり、頭を垂れた。

優美な足取りで庭園へと現れた女性──美しいドレスを身に纏った、ドレスに負けないほどの華やかさを持つ王女殿下だ。
くるくるとした赤い巻き毛に、勝ち気な目元。
ハッキリとした顔立ちは、意志の強さを感じさせる。

「皆様、ようこそ私のお茶会へ。どうぞごゆっくりしていらして」

扇で口元を隠して微笑む彼女こそが、このファリントン王国で最も気高い女性──キャスリーン・ファリントン殿下だ。

王女殿下が席に着かれて、お茶会が始まる。
貴族令嬢の嗜みとして、招待されたお茶会には顔を出したものの、私にとっては針の(むしろ)だ。
ここに居るだけで、如何に自分が惨めかを実感させられる。

皆の興味は、私ではなく私の婚約者であるカルヴィン様に向いている。
私はカルヴィン様を縛る邪魔者、皆が妄想する恋の障害でしかない。

それが私──オーガスタ・オールダムという存在だ。



お茶会を終え、馬車でオールダム伯爵家へと戻る。

お茶会での皆の関心は、カルヴィン様を射止めるのは王女殿下か聖国から来られた聖女様かという、その一事だった。
無論、王女殿下の居る前では、皆王女殿下の肩を持つ。
腹違いの王子殿下と継承争いを繰り広げている王女殿下にとって、カルヴィン様を射止めることは、形勢を後押しする大きな一手となるのだ。

……疲れた。
今の私に、カルヴィン様を繋ぎ止めたいという意思はない。
ただ、容赦なく向けられる視線に、悪意に──嫌気が差してしまった。

どうか、少しでも早く解放してほしい。
その為ならば、彼との関係も、もう終わらせても構わない──そう思っていたのに。

「オーガスタ、お前のせいで我がオールダム家は笑いものだ!!」

屋敷に帰った私を待ち受けていたのは、お父様の鋭い一喝だった。
オールダム伯爵家は、古い家門だ。
カルヴィン様のご実家ヘザー伯爵家とも対等の家柄であり、この婚約は両者が望んで結ばれたものだったはず。

それが、今はどうだ。
カルヴィン様の活躍により、ヘザー伯爵家は伯爵家から侯爵家へ(しょう)爵の話が持ち上がっている。
誰もがヘザー家を指示し、オールダム家には見向きもしない。

さらには、オールダム家には私と言う笑いものが居る。
婚約者に捨てられる寸前の、哀れな女。

「申し訳ございません、お父様……」

実の父にまで(なじ)られる自分が、あまりに惨めだった。

「良いか、これ以上我が家に恥をかかせるようであれば、お前を修道院送りにする」

お父様の声音は、冷え切っていた。
……今更お父様を恨む気にはなれない。
逆に、よくぞここまで我慢してくれたと思うべきだろう。
それほどに、私という存在が我が家の瑕疵(かし)となっているのだから。

「承知、いたしました……」

深々と頭を下げる私の(まなじり)からは、自然と涙が滲んでいた。



翌日、私はヘザー伯爵家を訪ねた。
今まで何度もカルヴィン様にお会いしたい旨の手紙を書いたが、返事が来たことは一度もない。
仕方なく、不調法とは思いつつも、直接屋敷を訪ねたのだが──、

「申し訳ございません、当家のご子息は王城でお勤めの最中です」
「そう、ですよね……」

執事が深々と頭を下げるのみだった。

「あの、いつでしたらお会い出来ますか?」
「さぁ、私には何とも……」

返る言葉も、素っ気ないものだ。

「都合の良い日時を連絡いただけるよう、お伝え願いますでしょうか」
「お伝えはしますが、お返事は約束しかねます」

口調こそ丁寧なものの、早く引き取ってほしいという態度が透けて見えていた。
彼が英雄と言われるようになってから、もう何度も繰り返されているやりとり。

彼と私との間には、あまりに厚い壁が立ち塞がっていた──。