魔族の娘と盲目の王子

 やがて銀色の月が天頂に昇り、王子とブラウンは大木の根元で深い眠りの淵に沈みました。
 森が静寂に包まれると、ラビーネは王子の寝顔を見て、今まで感じたことのない、心に甘い香りの風が流れました。

 ラビーネはそっと自分の角に触れます。

(鏡さん、この光の国では、私の角はやっぱり変なものなのかしら?)
 
 そんな疑問を投げ掛けたくても、怖くて口に出せずにいます。
 胸の奥が、洞窟で飲んだどのお茶よりも熱く、そして甘酸っぱく疼きます。 それは、魔法の鏡も教えてくれない、答えを聞くことの出来ない「心のアップデート」でした。

 再び見た王子の穏やかな寝顔には月の光がなぞっています。
 煽れり感情を抑え、ラビーネはひとり、月明かりが絹糸のように降り注ぐ丘へと登りました。

 命の尊さを語るリノス王子の優しさ。そしてブラウンとの揺るぎない絆。 孤独の闇にいたラビーネの心に、初めて「誰かを想う」という灯(ともしび)がともりました。

 けれど、胸の奥から溢れ出すのは、名前も知らない不思議な感情でした。
  それは、胸が熱くなるほど嬉しいのに、同時に張り裂けそうなほど悲しい……まるで、手の届かない星を見上げているような切なさ。

「王子は、私の歌を聴きたいと言ってくれた。私の心に、そっと触れるように……」

 見えないはずの彼の瞳に見つめられるたび、氷のように固まっていたラビーネの心は、春の雪解けのように崩れていくのです。

(ああ、この胸の痛みはなんだろう。こんなに苦しいのに、どうしてこんなに愛おしいの?)

 ラビーネは震える手を胸に当てると、そっと唇をひらきました。 その声を聞こうと虫は鳴きやみ、風さえも流れるのを止めました。
 世界がしんと鎮まり、彼女の調べだけが夜の空気を震わせます。

 ラビーネが歌に乗せたのは、言葉にならない恋の痛みと、純粋な祈りの心でした。