初恋誰だ


 私、町角桃子(まちかどももこ)には、なんとしても解き明かしたい謎がある。

 その謎の鍵を握るのは幼馴染みの三つ子。
 私は一階の渡り廊下から、中庭で仲良く食後のブレイクタイムを楽しむ三人を見つめていた。

 校舎側に設置された花壇。対面に数十年前の卒業生が植えた成長途中の若木。
 その横に設置されたベンチに座る、読書中の眼鏡をかけた男子生徒。
 花壇の前にしゃがみ込み、何か悩んでいるシャツのよれた男子生徒。
 その隣で姿勢悪くだらけながら、携帯を弄っている制服を着崩した男子生徒。

 彼らは「新合(しんごう)さん家の三つ子君」だ。

 読書中の長男、新合青樹(あおき)くん。
 さらさらの髪にキリッとした眼鏡をかけ、制服もきっちり着熟している。生徒会長も務める、近所でも評判の優等生。

 花壇が気になる次男、新合黃貴(おうき)くん。
 くしゃくしゃの寝癖にヨレヨレの制服。あれこれ心配しすぎて動き回りすぎて身嗜みがどんどん崩れていっちゃう心配性。今も花壇の前にしゃがみ込んで、緑化委員として水やりをすべきか悩んでいる。近所でも評判な迷走小僧。

 おしゃれ情報チェック中の三男、新合赤城(あかき)くん。
 髪型もピアスも制服の着熟しも校則違反のやんちゃヤンキー。三つ子の中で一番おしゃれさん。女友達も多く、近所でも評判のおしゃれモンスター。

 全員が同じ学年同じ名字。私の幼馴染みの、ご近所で有名な「新合さん家の三つ子君」

 乙女ゲームの攻略対象かな? なんて疑問に思ってしまうほど、個性が爆発している幼馴染み。
 私が彼らとお隣で、小さい頃からの付き合いだと知った友達は皆「羨ましい」「ボーナスステージ」「前世どれだけ徳を積んだ」「紹介してくれ」と騒がしい。そして最後に皆同じことを問いかける。

「で、初恋は誰?」
(私が知りたーい!!)

 そう、私が知りたくて知りたくてストーカーみたいな真似をしてしまっている原因。
 大きな謎は、私の初恋相手。

 それが三人の内誰なのか、私自身がわかっていないのだ!

 恋に落ちた瞬間は覚えている。
 ときめきは覚えているのに。

(それが誰だったのか、覚えてないー!!)

 これを言うと皆に呆れた顔をされるけど、言い訳させて欲しい。
 その日は怖い思いもして、夜に熱を出して寝込んだのだ。だから記憶が曖昧で、幼い私はときめいたことしか覚えていなかった。
 当時幼かったこともあり、初恋も理解しておらず、数年経って思い返してそういえばあれが初恋だったと気付いたのだ。
 その初恋相手がわからない。
 アンタの初恋青樹くん? 黄貴くん? 赤城くん? と三択で迫られる度、答えがわからず視線がうろつく私。

(だって…だって三人とも本当に、誰が初恋でもおかしくないくらい格好いいんだよ…!)

 青樹くんは今でこそ優等生の格好をしているが、三人の中で一番やんちゃだ。
 本当は面倒くさがりで、特に掃除が苦手。小学校の頃は掃除をしているのに逆に散らかす天才で、真面目に参加しているのに邪険にされるという哀しい過去を持つ。彼はゴミ捨て担当で、いつも不貞腐れた顔でゴミ袋を抱えていた。
 それが今では生徒会長。もの凄く頑張った。

 黄貴くんはちょっと迷い癖があって、いつも眉を下げて悩んじゃう心配性。
 考えれば考えるほど不安になって情報収集に余念がなく、増える情報で余計に心配事を増やしちゃう困ったさんだ。あちこち動き回るから服がいつもヨレヨレ。だけど、決めたら早い。
 決断してからの彼は用意周到という言葉がよく似合う。

 赤城くんは髪型も服装もアクセサリーも校則違反の常習犯だけど、実はかなり家庭的。
 料理は勿論、掃除洗濯もすすんで熟す家事力のある男の人。手先が器用で、身につけているアクセサリーは全部自作。やんちゃな見た目をしているけれど中身は頼れるお母さん。
 なんて言ったら怒られるけど、女の子の気持ちを察してくれる人。
 

 私の幼馴染みが初恋キラー過ぎる。
 初恋どころかガチ恋、リアコ製造機。
 アイドルと違って頑張れば手が届く立ち位置だから、彼らを狙う女豹達はあちこちに身を潜めている。

(に、逃げて…!)

 しまった思わず。

 とにかく幼馴染みが素敵すぎる。
 誰が初恋でもおかしくない。
 おかしくないけど…あの時の子が三人の内誰なのか、解明しないと私の恋心が踏み切れない!

(三人とも素敵で、そんな素敵な異性と過ごすと勿論ときめくんだけど…でもときめいた後に初恋の人と違うとわかったら気まずいというか…結ばれるなら初恋相手だとロマンチックというか…!)

 恋に恋する乙女は、やっぱり初恋って特別だと思うのだ。
 誰だか覚えてないんだけど!!

(誰、誰なの…私の初恋は誰なの…!)
「…桃子、何してんの」
「あっ、お兄ちゃん」

 こそこそ中庭を見ている不審な女生徒にわざわざ声を掛けるなんて、身内ながら勇気がある。
 呆れた顔で近付いて来たのは、私のお兄ちゃん。

 町角緑郎(ろくろう)
 一つ年上の、卒業を控えた三年生。
 柔道部を全国まで連れて行った猛者。
 がっしりと背が高く、昔は女の子みたいで並べば姉妹と勘違いされたのに、今ではそんな面影がどこにも無い。
 道場の方から来たし、もしかしたら部活の話でもしていたのかもしれない。

 近付いて来たお兄ちゃんはチラリと中庭を見て、不思議そうに瞬きをした。

「お前あいつらから隠れてんの?」
「隠れているわけでは…」
「隠れてるだろ。またなんかされたのか?」
「またって。いつも言ってるけど私は別に虐められているわけじゃないんだよ」
「虐められてると思って言っているわけじゃ…」
「あ! 桃ちゃーん!」

 しまった見つかった。
 お兄ちゃんと話している内に、しゃがんでいたのが普通に立っていた。それでも中庭から距離があるのに気付かれた。
 彼らは目がよくて、遠くに居ても私を見つけてくれる。

 声を上げたのは赤城くんで、満面の笑みで大きく手を振っていた。

「今日も一緒に帰ろー!」

 大型犬が尻尾を振るみたいに大きく手を振る赤城くん。正直かわいい。
 だけど残念。

「ごめーん! 今日部活あるー!」

 私は新体操部期待の星なのだ。練習をサボるわけにはいかない。
 ちなみに赤城くんは帰宅部だ。というか新合さん家の三つ子君は皆部活に入っていない。委員会には入っているけど。

「待ってるー!」
「またー?」
「いつもの場所で待ってるー!」
「わかったぁー!」

 実はほぼ毎日一緒に帰っている。
 このやりとりはお約束という奴だ。女の子が夜道を一人歩きしちゃ駄目、といつも待っていてくれる。ありがたいけど申し訳ないよね。

「お前らなんで携帯あるのにこの距離で会話すんの」

 呆れたようにお兄ちゃんがそういった瞬間、私の携帯が鳴った。電話じゃなくてアプリ。
 確認すると青樹くんから。

『俺も待ってる』

 続いて黄貴くんから。

『オレも待ってていい? 帰った方がいい? 待ってるの迷惑? 待ってたいけど駄目?』

「い、い、よっと」
「お前らグループ作れよ」

 個別でのやりとりを確認したお兄ちゃんは相変わらず呆れた視線。
 確かに結局いつも四人で帰るから、グループを作ってそこでやりとりすればいい。
 だけど、元々ある幼馴染みラインを使って帰りの話をしたことがない。そういえばない。

「…まあ、協定結べないならグループは無理か」
「なに?」
「いや。あいつらがいるなら先に帰れよ。俺のことは待たなくていいからな」
「はーい」

 柔道部と新体操部は終わる時間が違う。柔道部の方が遅くまで練習しているから、お兄ちゃんはいつも先に帰れという。
 幼馴染みをこれ以上待たせるのも申し訳ないし、私達は四人で先に帰っているのがいつもの流れ。

 手を振って教室に戻るお兄ちゃんを見送れば、そろそろ予鈴が鳴る時間だった。
 予鈴が鳴る前に教室に戻らなくちゃ。私はこっちを見ていた中庭の三人に手を振ってから、自分の教室へと戻った。

 ちなみに三つ子の誰とも同じクラスになったことはない。小学校、中学校、高校と同じ学校なのに、三つ子の誰とも同じクラスにならないのって逆にすごい。
 この学校、三年生は二年クラスの持ち上がりだから、とうとう一度も同じクラスにならなかった。