君となら地獄を見たい


それから市井は、秘書の谷垣さんに案内され、約束通り一人で社長室までやって来た。
市井は、50代前半くらいで白髪混じりの身なりは整った痩せ細った男だった。

「内閣総理大臣 山野の第一秘書、市井と申します。突然押し掛けてしまい、大変申し訳御座いません。」

腰が低い市井は、そう言ってボスに深く頭を下げた。

「三浪です。どうぞお気になさらず。こちらにお掛けください。」

笑顔で市井を迎えたボスは、接待用の椅子に市井を促した。
市井は終始低姿勢で「失礼致します。」と言いながら、恐る恐るソファーに腰を下ろした。

「それで、お急ぎのようですが、山野首相の秘書である市井様が僕にどのような用件ですか?」

市井と向かい合うようにソファーに腰を掛けながらボスが言う。
わたしは細心の注意をはらいながら、社長室のドアの前で立ち会い、市井が怪しい動きを見せないか目を凝らせた。

市井は挙動不審に周りをキョロキョロと警戒しながら、額に汗を滲ませた。

「時間がありませんので、単刀直入に申し上げます。山野総理の護衛をお願い出来ませんでしょうか。」

市井の口から出てきた言葉に、一瞬にして場の空気が凍りつく。

それでもボスは平常心を保ち、「それをどうして僕に?」と訊いた。

「三浪社長の事は、西園寺(さいおんじ)さんから伺いました。昨日、こちらに赤坂大臣が訪問して来たのも承知しております。山野総理の命を狙っての事も······」

市井はそこまで話をすると、ソファーから立ち上がり、ソファー横へ移動すると、床に手を付き正座をし、ボスの事を見上げた。

「"ブラック·ガルヴァス"とかいう組織の人間が、山野総理を狙っています。わたくしは、山野総理の命をお守りしたいだけなんです。どうか、わたくし達にお力をお貸し頂けませんでしょうか?宜しくお願い致します。」

そう言って、額を床につけ土下座をする市井。

(市井が西園寺さんの名前を出した。これは、本当に大変な事になるかもしれない······)

"西園寺さん"とは、この裏社会でボスが唯一信頼をおいてる、どこの組織にも属さない個人の殺し屋だ。

ボスはソファーから立ち上がり、市井の傍まで歩み寄ると、床にしゃがみ込み、市井の肩に手を置いた。

「市井様、頭を上げてください。」

ボスが穏やかな口調でそう言うと、市井はゆっくりと顔を上げ、不安気な表情を浮かべた。

「分かりました。その依頼、お受け致します。」