彼は声高らかに、心底愉快に謳うように声を張る。
「素晴らしい! これぞ生き物の生存本能! 生贄として育った娘が! 消えたくないとお友達の中で叫んでいる!」
走っていなければ踊り出しそうな声だった。
「嗚呼素晴らしき哉、思春期の友情! 親兄弟よりも遠いのに肉親より影響されやすい剥き出しの感情が、魂が響き合った青春の日々!」
携帯を握る手に力が籠もる。電子音はまだ鳴り響いている。
「お喜びなさいお嬢さん! 貴方のお友達は間違いなく生きたいと願った! 消えたくないと叫んだ! そう! 貴方が未練!」
私に残ったあの子の記憶はあの子の未練。
友達と明日も笑い合いたいあの子の未練。
神が取りこぼした。あの子が消えたくないと逃れた欠片。
神は生贄を残らず食べてないと、表世界に顕現できない。
「貴方があの子を忘れない限り、完全なる消失とは言えません。だから貴方があの子を忘れなければ、邪神は顕現されないのです」
「無理よ!」
立ち止まる。
息を切らして、歯を食いしばって、目元を赤く腫らしながら叫んだ。
「だってもう、あの子の顔も名前も思い出せない…!」
あの子が居ない。
私の中からも、あの子が消えていく。
「邪神の影響ですねぇ。その為に貴方はここまで誘われた」
おいでおいでと背後で手招く気配がする。
もう忘れたあの子の声で、聞こえる気がする。
「あれは、貴方から『贄』の記録を吸い取っているんです。貴方に残った最後の欠片。それを吸いきれば『贄』は完全に捧げられ、あれは表世界に顕現できるから」
そうすりゃ好き放題できるからあれは貴方を追いかけているんだと彼が言う。呆れたように、大仰に肩を竦めて。
「そうしたら、その子は完全に消滅です。貴方のお友達は跡形もなくさようなら。最後の消えたくないという叫びも無駄無駄。なんて小さな断末魔。仔猫の方が激しく鳴きます」
「無駄って言うな!」
「無駄にしたくないなら貴方は表に帰らねば。そう、居ない子を探して誘われぬよう。だけど居た子を忘れぬよう」
繋いだ手を引っ張られたたらを踏む。つんのめった背中を、彼がぽんと押した。
「邪神に嫌がらせをするためにも、その一欠片を世界に刻んでくださいね!」
振り返る。
黄昏れ。
振り返った先には黄昏が広がり、町中らしい喧噪に溢れていた。
私は呆然と、茜色に染まった空を見上げる。無料通話の呼び出し音が、握りしめた携帯から響いた。
「お母さん」
『あんた今どこにいるの』
「おかあさん」
『学校から連絡があったのよ。学校を抜け出すなんて何があったの』
「おか、さ」
『…なに? どうしたの?』
「うぁ、」
私は携帯を握りしめたまま、その場で泣き崩れた。
何が起きたか説明できず、泣き喚いた。



