おはよう


 だけどそれは私の携帯からではなく、少し遠いところから。咄嗟に携帯を確認すれば通話の画面になっている。だけど音は別の場所から聞こえた。

「ほらほらお呼び出しお呼び出し! 音の鳴る方へ、音の鳴る方へ!」

 目隠し鬼のテンポで歌い出す。電子音の方向へ、走り出す。
 背後から迫ってくる音は遠い。不格好な姿をしたあれは、動きが遅い。
 だけど。

「あの子は」
「あの子はもう間に合いません」
「あの子は、」
「あの子はもう食べられました」
「あの子は!」
「あの子はもう死にました」

 明言されて、足がもつれて転びそうになる。
 それなのに私の手を引く彼は容赦なく走るから、私も走るしかない。

「しんだ」
「消失は死です。生まれたことすら消える悪質な死。いやはや人間はどうしてこうも生贄大好きですかねぇ。古くから近代まで続く因習。探偵が人里離れた村に行けばだいたい因習村。オカルトサイコサスペンス。神を隠れ蓑に事件を起こす人間のなんと多いこと! 神に我が子を捧げるのとどちらが多いですかねぇ無慈悲!」

 我が子を捧げる。
 おぞましさに吐き気がした。

「なんでそんな、宗教だから? 我が子より信仰が大事なの!?」
「いえいえ順番が逆です。生贄にするために産んだのです! 丁度良い生贄が欲しかっただけですね!」
「なによそれ…」
「生まれは誰にも選べません。その子は生まれた場所が悪かったと諦めるしかありません。人はいつだって無理矢理スタート地点に立たされて、親がせっせと整備した道を歩まされるものです。それが楽ですから。それ以外の道がないと洗脳されれば逆らわない。ええその子も逆らわなかった! 生まれてきた役目を全うしたのです!」
「馬鹿げてる!」

 何が生まれてきた役目だ。そんなの勝手な決めつけだ。
 私達は親の為に生まれてきたわけじゃない!

「いえいえ愛だったのかもしれませんね。何せ信者なので。本気で神の花嫁になれば我が子が幸せと思ったかもしれません! 知りませんけど!」
「そんなわけない! 消えることが幸せ!? 消えたら何も残らないのに!」
「ええその通り! 本来なら欠片一つ残さず消滅するはずの神の生贄! 裏と表を繋ぐ禁忌の儀式! 生贄を残らず平らげて、邪神は表に顕現する筈でした! 生贄を残さず平らげたのならば!」

 やけに繰り返された言葉に呆然とする。


「だけど貴方は! 覚えている!」