「この間は、ごめん」
穂坂杉がある製材所に向かう車の中で、宮本に顔を向けた。
三度目の赤信号で止まって、俺はようやく切り出した。
宮本は、もう俺を信用していないかもしれない。こうして、助手席に座っているのも、ただの業務上の同行――それ以上でも以下でもないのではないか。
そんな考えが、胸の中で膨らんでいく。
彼女の反応が、正直、怖かった。
俺は、いつの間にか自然に溶けていた宮本との境界線に、甘えていたのだと思う。
価値観が違う。立場も違う。
そんなものは、どんな人間関係にも転がっている。
大事なのは、それを同じに“させる”ことじゃない。
違うまま、どう歩み寄れるか。そこを考えるべきだった。
「気づいたんだ。俺、宮本を市の担当として見ていなかったんだよ。立場の違う仕事相手って線を勝手に越えてたんだ。いつでも俺と同じ考えを持っていてくれるって……」
宮本には、宮本側の事情があるのに。
ハンドルを握る指先に、わずかに力が入る。
「ごめん」
視線は前に向けたまま、宮本の表情を確かめる勇気はない。
信号を抜けた先の直線道路。
視界が開けるのに反して、俺の内側は、まだ固く縮こまっている。
お前のことを大切に思っている。
このまま、関係を終わりにしたくない。
――どうか、この思いだけは、届いてくれ。
やがて、宮本が口を開いた。
「いえ、私も建物を完成させることに気を取られていたのは事実です。諦めてはいけないところを諦めようとして……だから、私も謝らせてください。すみませんでした」
小さく笑みを浮かべた宮本の表情を見て、胸に溜まっていた息がようやく抜けた。
同時に、左右に首を振る。
宮本に非はない。
でも、彼女は自分にも至らないところがあったのだと口にする。
俺を思いやって。
正しさを振りかざさず、相手のこともきちんと慮(おもんぱか)る。
こういうところが、好きだ、と思う。
(俺も、そう……ありたい)
理想を思い描いた途端に、できなかった自分の姿が否応なく浮かび上がった。
お互いの価値観や立場を譲りあえずに対立した親父との関係。
正しさをぶつけ合って、引くことを知らず、歩み寄る前に言葉を強めてしまった。
譲ることは、負けだと勘違いして。
宮本のように、いい関係を続けるために言葉を選ぶことができていたら。
相手を思いやることで、結果、自分も守るやり方を知っていたら。
鈍い後悔が胸に落ちていく。
……今からでも、変われるだろうか。いや、変わろう。
俺という人間を信じてくれる宮本を失望させないために。
「ありがとな」
このプロジェクトを進めるために行動してくれた。俺に気づきをくれた。
言葉にならない熱いものがこみ上げてくる。
感謝と、敬意と――愛しさ。
ハンドルを握る左手を離し、彼女の右手に重ねる。
驚いたように宮本が俺を見た。けれども振りほどかれはしなかった。
この手を、離したくない。
せめて、このプロジェクトが終わるまで。
願わくば、その先も……
穂坂杉がある製材所に向かう車の中で、宮本に顔を向けた。
三度目の赤信号で止まって、俺はようやく切り出した。
宮本は、もう俺を信用していないかもしれない。こうして、助手席に座っているのも、ただの業務上の同行――それ以上でも以下でもないのではないか。
そんな考えが、胸の中で膨らんでいく。
彼女の反応が、正直、怖かった。
俺は、いつの間にか自然に溶けていた宮本との境界線に、甘えていたのだと思う。
価値観が違う。立場も違う。
そんなものは、どんな人間関係にも転がっている。
大事なのは、それを同じに“させる”ことじゃない。
違うまま、どう歩み寄れるか。そこを考えるべきだった。
「気づいたんだ。俺、宮本を市の担当として見ていなかったんだよ。立場の違う仕事相手って線を勝手に越えてたんだ。いつでも俺と同じ考えを持っていてくれるって……」
宮本には、宮本側の事情があるのに。
ハンドルを握る指先に、わずかに力が入る。
「ごめん」
視線は前に向けたまま、宮本の表情を確かめる勇気はない。
信号を抜けた先の直線道路。
視界が開けるのに反して、俺の内側は、まだ固く縮こまっている。
お前のことを大切に思っている。
このまま、関係を終わりにしたくない。
――どうか、この思いだけは、届いてくれ。
やがて、宮本が口を開いた。
「いえ、私も建物を完成させることに気を取られていたのは事実です。諦めてはいけないところを諦めようとして……だから、私も謝らせてください。すみませんでした」
小さく笑みを浮かべた宮本の表情を見て、胸に溜まっていた息がようやく抜けた。
同時に、左右に首を振る。
宮本に非はない。
でも、彼女は自分にも至らないところがあったのだと口にする。
俺を思いやって。
正しさを振りかざさず、相手のこともきちんと慮(おもんぱか)る。
こういうところが、好きだ、と思う。
(俺も、そう……ありたい)
理想を思い描いた途端に、できなかった自分の姿が否応なく浮かび上がった。
お互いの価値観や立場を譲りあえずに対立した親父との関係。
正しさをぶつけ合って、引くことを知らず、歩み寄る前に言葉を強めてしまった。
譲ることは、負けだと勘違いして。
宮本のように、いい関係を続けるために言葉を選ぶことができていたら。
相手を思いやることで、結果、自分も守るやり方を知っていたら。
鈍い後悔が胸に落ちていく。
……今からでも、変われるだろうか。いや、変わろう。
俺という人間を信じてくれる宮本を失望させないために。
「ありがとな」
このプロジェクトを進めるために行動してくれた。俺に気づきをくれた。
言葉にならない熱いものがこみ上げてくる。
感謝と、敬意と――愛しさ。
ハンドルを握る左手を離し、彼女の右手に重ねる。
驚いたように宮本が俺を見た。けれども振りほどかれはしなかった。
この手を、離したくない。
せめて、このプロジェクトが終わるまで。
願わくば、その先も……

