週末、俺は、出来上がったばかりの高齢者施設の植栽作業で指揮を執っていた。
自分が設計した施設だ。予算を抑えるために、建物を囲む木や花は、施設の職員と数人のボランティアを募って植えている。
軽トラックの荷台に若い木と草花の苗を載せて施設に横付けし、それらを下ろしつつ指示を出している時だった。
角を曲がって現れた人影が、途端に立ち止まった。……宮本だ。
(どうして、こんなところに彼女が?)
施設より他にはなにもない道で、偶然通りかかったとも思えない。
目が合うと、彼女は数歩退いた。困惑した表情から見るに、俺が気づかなければ、踵(きびす)を返して去っていたはずだ。
近づいて、理由を聞いて驚いた。
俺が作った建物を見て回っている、と言う。
(休みの日に、わざわざ?)
そんな業務を上司が課すわけもない。だとしたら、自分の判断か。
建物は、俺が何を考え、どう生きてきたかの延長みたいなものだ。それをひとつひとつ覗(のぞ)きに来られているようで、照れたような、どうにも落ち着かない気持ちになる。
「おーい、黒川さん。この木、どこに植えればいいのー!」
「すみません、今、行きまーす」
振り向いて答えてから、宮本に顔を戻した。
「ちょっと、お前、手伝ってくんない? 2時間で終わるから。人が足りないんだよ」
素が出ていた。俺の建物を見て回っているのなら、取り繕ったところでどのみち俺の人間性はバレる。
「え? あ、あの、……私…え、え?」
有無を言わさない圧を残したまま、彼女に背を向けて歩き出す。宮本という役所の伝書鳩は、それこそハトが豆鉄砲をくらったような顔をして、小走りについてきた。
作業を進めつつ、目の端で宮本の姿を追った。宮本は、小柄な体を身軽に跳ねさせて、あちらへこちらへとよく動く。引っ込み思案の性格なのだろう。口数は少ないものの、返事は明瞭で、仕事は丁寧。時折、近くで作業をする職員に笑顔を向けている。
訳も分からず、急に土仕事の手伝いをさせられているのに愚痴をこぼしている様子もない。
「なになに、あの人、黒川さんのカノジョ?」
スコップを手にした職員が、俺の肘を小突いてくる。
「違いますって。市役所の担当さんですよ。今やってるプロジェクトの」
「へえ。役所の人でも休みの日にこんなことに協力してくれるんだ。熱心に手伝ってくれて、助かる」
職員は、花壇の向こうで土を均している宮本に顔を向けた。
「すごく一生懸命にやってくれるから、てっきり、黒川さんがカノジョを連れてきたのかと思っちゃいましたよ」
「はは……まさか」
笑いながら、宮本に視線を移した。
ジャージや作業着姿の皆の中で、彼女だけがベージュのズボンの裾をたくしあげていた。土のついた手で顔をこすったのだろうか。頬に汚れもついている。
「……」
俺は背負ったリュックに手を突っ込んで、名刺入れを取り出した。軍手を外し、一枚一枚名刺を繰(く)って、ある一枚で、指が止まった。
白地に印刷された名前を目で追って、無意識に声が出る。
「宮本……莉央、か」
作業を終え、施設の片隅に置かれたベンチに宮本と並んで腰を下ろした。
「なんで俺が関わった建物見て回ってんの」
尋ねると、彼女は口ごもった。
物別れに終わった初顔合わせ。あのままでは、プロジェクトはまた滞る。なにか打開策を見つけなければならない、どうすればいいのかと俺も考えあぐねていた。
(もしかして、宮本も、同じように考えていた?)
だから、まずは俺の作る建物を知ったうえで、策を練ろうとしたのではないか。
理由をはっきり言わないのは、俺への警戒心と不信感があるからなのだろう。
「どこ、見てきた?」
「で、どうだった?」
質問を変える。
今度も黙り込むかと思ったら、宮本はためらいながらも、俺の目を見て言った。
「目的も、使い方も違う建物ばかりでしたけど……どこも“そこにいる人たち”に寄り添っているんだなって感じました。設計とか建物ってもっと無機質なものかと思ってたんですけど、黒川さんの作るものは“そこにいる人たち”と一緒に息をして、一緒に生きている……そんな風に思いました」
次は、俺のほうが黙る番だった。
予想もしなかった言葉に、どう返そうか、迷う。
彼女を、役所の伝書鳩だと皮肉ったことを詫びたかった。
建物には、必ず用途がある。そして、人がいる。
どう使われるのか、その中でどんな時間が流れるのか、人はどんな表情をして過ごすのか。
それらを想像して形にするのが俺の仕事だった。特に意識することもなく、そういうものとしてやってきた。
なのに、彼女は、きちんと言葉にした。
自分の足でいくつもの建物を回り、観察して、共通項を見つけだした。
植栽作業で、黙々と汗を流す彼女の横顔が思い出された。
(宮本莉央……案外、いいかもしれない)
「次の打ち合わせ、期待してる」
自然と宮本に笑顔を向けていた。
視点が定まった人間は、もうブレない。細かい希望や指示を出さなくても、先を見据えていい結果を出してくる。
宮本なら、期待に応えてくれるだろう。
同じ未来を見ている仲間――そう思ったら、つい口調が緩んだ。
「期待外れだったら……泣かすけど」
「え?!」
宮本が目を丸くして、すぐに吹き出した。
俺の冗談がきちんと伝わったらしい。クスクスと肩を揺らす姿にホッとする。彼女にとっても、俺が前より近しい存在になったのかもしれない。
「脅しですか?」
「エールだよ。俺なりの」
言うと、宮本はさらに笑った。
両の頬にできたエクボが、不思議と目に焼き付いた。

