枯れた枝が絡まる軒先を見上げて、小さく息を吐く。
母が遺した思い出の家は、長年手入れが行き届いておらず、老朽化が進んでいた。
ようやく、穂坂市の古民家再生のプロジェクトとして、子ども図書館になる話が動き出したかと思ったのに、役所の担当と足並みが揃わず、計画は半年で滞っている。
これからどうなるのか、自分はどうすればいいのか。
問うたところで、朽ちかけた古民家は、長い間孤独に耐えてきた老人のように黙している。
砂利を踏む音に振り返ると、女がひとり、棒立ちになっていた。
歳は20代後半だろうか。
黒に近い茶色の髪に、パンツスーツ姿のその女は一言で言うなら、地味。
顔立ちはひいき目にみれば中の上かもしれないが、次にどこかで会っても思い出せないほど、個性がない。
いや、むしろ、自ら主張を消しているようにも見えた。
女は、俺がただ一瞥しただけで、視線をつま先に落とした。
首に「穂坂市役所・地域整備課」のネームプレートが下げられていることに気づいて、俺は嘆息する。
まだ大した会話も交わしていないというのに、その女は身を縮め続けている。
宮本、と細い声で名乗った、おびえる小動物のようなこんな女と、どうやってプロジェクトを進めろというのか。
俺の心配は、初めての顔合わせでそのままの形で表れた。
宮本の口から出てくる、上司の言葉をなぞった“借り物”の声に苛立つ。
(まったく……役所にはもっとマシな人材がいないのかよ)
市役所側の初めの担当は、建築士の俺にほぼすべてを丸投げした。
それでいいのかと心配になるほどのイエスマン。
しかし、こちらにだけなく、役所の上司にもイエスしか言えなかったらしく、当然つじつまが合わなくなり、揉めた。
二人目の担当は、自分の実績ばかりを追い求めている姿があからさまだった。
プロジェクトの成功を出世のネタにしようと、無謀な計画を押しつけてきて、また揉めた。
どちらも俺が抗議したら、自分から担当を下りてしまった。
けれど、どこをどう歪曲されたのか、俺は市役所で、“担当を辞めさせたくせ者”として噂されるようになった。
……まあ、どうでもいいけど。
次の担当の宮本にも、期待は持てそうになかった。
果たして、担当を下りると言い出すのは来週か、再来週か。
「この案は採用できません」
はっきり言い切った俺に、宮本の顔は強張った。
しかし、彼女は小声を押し出すようにして、俺にも少し行政側に歩み寄れと言ってきた。
おどおどしているだけかと思ったら、多少の度胸はあるらしい。
市役所の中では、俺のほうがゴネている、扱いづらい人間だと思われているのだろう。
言い返してきた気合は認める。だが、甘い。
俺がこれまで、デザインにどれだけ譲歩してきたか。
限られた予算の中で、どれだけよい材料を安い価格で手配してきたか。
過去の書類を熟読すれば気づくだろうに、宮本はわかっていなかった。
担当なんだろ?
いいものを作りたいと思ってるんだよな?
だったら、自分の意見を言ってみろ。
聞けば聞いたで、宮本はただ、肩をすぼめていくだけだろう。
手ごたえがない。
考えがない。
つまり、プロジェクトを自分の仕事と思っていない。
この家が子ども図書館になるのは当分先になると思うと、深いため息しか出なかった。
「じゃあ、今日の打ち合わせは終了で」
予定の時間よりはるかに早く席を立った俺に、市役所の伝書鳩は、ただ俯くだけだった。

