花のしおり1

「そういえば今日、彼に声かけたよ。ずっと見守るだけにしたかったんだけど、そろそろ本気で危ないと思っちゃったから声かけちゃった。」
私は毎日、学校帰りにここにくる。一人で淡々と今日あったできごととかを話す。友達との付き合いも大事にしたいから遊んでから来ることもある。でも、絶対に何があっても毎日来る。それだけは守っている。それが私ができる唯一のことだから。
こんな生活を始めてもう五年が経つけど、苦痛に思った時なんて1日たりともない。
「彼、友達になってくれるかな。」
彼が屋上の柵を跨いでるいるのを見るのは今日が初めてじゃない。初めて見たのは二ヶ月ほど前。
ある日の放課後、ちょっと先生と色々話してて帰るのが遅くなった。ふと屋上を見ると、クラスメイトの彼の姿が見えたのだ。急いで屋上に駆け上がると彼の姿はなく、見間違いだと思い、その日は帰った。次の日、普通に彼の姿はあった。やはり見間違いだと思ったのだが、不安なので毎日屋上に言って様子を見ている。
毎日きて思ったことは、不定期に彼は屋上に姿を表し、柵を跨ぎ、一分ぐらいしてから柵の内側に戻る。そんなことをしている。私の見解だと、死にたいと思っているが、その勇気がない、といった感じだろうか。
私は命を簡単に投げ出すな、とかそういうことを言うつもりは全くない。死にたいほど辛い思いをしている人間に対して簡単にそんなことを言ってはならないことはわかっている。
私は彼が死にたいと思っている理由を見つけ、解決したい。私の尊敬する人ならきっとそうする。
私の尊敬する人は優しくて人一倍正義感が強くて頭も良くて運動もできる完璧な人だった。
それなのに…。
誰のせいでもないのが本当に悔しい。いや、仮に“誰か”のせいにできても私の気持ちのぶつけるところができただけだ。何も結果は変わらない。
そんなことをここに来るたびに考えてしまう。誰もそんなことは望んでいない。そんなことはわかっている。でも、考えずにはいられない。
そんな私の暗い気持ちをかき消すようにコンコンとノックの音がした。
「そろそろ面会時間終了ですので。」
看護師さんがドアから顔を出し、こちらを伺っていた。
時計を見ると八時を過ぎていた。私は慌ててかばんを背負った。
「あ、すみません。もう帰ります。」
最後に挨拶をしないと、
「明日は友達と勉強する約束しちゃったから来るの遅くなるかも。でも絶対来るから安心してね。またね、お姉ちゃん。」
そう言い残して私は病院を後にした。

試験当日、僕はいつものように母を起こさないように起きた。
昨日は最終確認が夜遅くまでかかってしまったせいで、少し眠い。
あの日、胡蝶さんと勉強をした日から何かあったかと言われば特に何もなかった。あるとすれば、僕の前に座る彼が僕によく話しかけてくるようになっただけだった。
今更だが、彼の名前は『広瀬あやめ』と言うらしい。名前は漢字らしいのだが、どうやって書くのかわからない。
彼は昔、僕の弟に助けられたらしい。それを僕と勘違いしていたらしいのだが変わらず、こうやって僕に話しかけてくる。彼はいいやつなのかもしれない。それに、僕に立っている噂に関しても、「君がそんなことをするやつだとは思えない」と言って最初から信じていなかったらしい。もしかしたら、僕の弟が助けたことを僕と勘違いしていたのがきっかけかもしれないけど。
変わったことがあったといえばそれくらいだ。あとは胡蝶さんがメールで『おはよう』や『おやすみ』を送ってくるようになったくらいだ。
それと、あれから毎日あの喫茶店に通ったが、かおりちゃんとは会えていない。公園でしか会ったことないから家知らないし、連絡先聞きそびれたし、向こうがあの喫茶店に来てくれないと会うことはほぼ無理だろう。僕にできることはあの喫茶店に行くことだけ。それしかできないのだ。
そんなこんなで一時間目のテストが終了した。一番得意な数学一のテストだったのだが、無事に終わった。でも安心している場合じゃない。
次の科目の勉強をしないといけない。
今日のテストは問題なく終わった。だが、勿論テストは一日では終わらない。これが三日間あと続く。正直きついがやるしかない。
そして僕は無事に四日間のテストを終えた。僕は終えた。そう、僕は。
「えーっと…それじゃあ夏休みの計画を立てます…。」
今日はテスト返しだけだったため、午前授業だった。
夏休みの計画を立てるという胡蝶さんとの約束があったためいつもの喫茶店に来ていた。
彼女もこの喫茶店を気に入り、彼女の方から「この前の喫茶店集合で」との連絡があった。別にメールで計画を立てるでも良かったのだが、彼女が集合したいと言っていた。
来週から夏休みだというのに浮かない顔をいている人が僕の前に座っていた。
「赤点あったんだ。」
「なんでわかったの!?」
なんでって、顔に書いてあったとしか言えない。それくらい彼女はわかりやすかった。
「まさか、僕が教えた科目じゃないよね」
「違うよ。君が教えてくれた科目は無事赤点回避したよ。」
この感じだとどれも赤点ギリギリだったみたいだな。
「それならいいけど。それで、赤点何科目あったの?」
よくはないけど、僕の威厳は守られた気がする。
「一科目だけだから大丈夫!」
一科目でも取ったらダメだと思うが、なんとか留年は免れたみたいだ。科目によるが追試だったり、課題があったりするだけで済むだろう。
それにしても彼女は勉強が苦手なのを初めて知った。
「君は学年八位だしすごいね」
「知ってたんだね。」
「そういえば、中間テストの時もそれ位だったよね?本当にすごいね。」
「よく知ってるね。」
頑張っているとかではない。ただ他にやることがないだけ。それだけのこと。
「それより、夏休みどうすんの?」
逆に毎日のように必死に勉強してもこの順位なのだ。やはり僕は本当の天才じゃない。
ここに来た目的を見失うところだった。
「そうだね。とりあえずお互い暇な日ここに書いていこ」
彼女はカバンの中から七月と八月のカレンダーとボールペンを取り出した。ここにお互いの予定を書いていくらしい。
僕の夏休みの予定なんてバイトしかない。よって、この紙を彼女に渡したら済むことだ。
「これは?」
「僕のバイト先のシフト表。バイト以外特に予定ないし、そっちに合わせるよ」
「え、それ以外に予定ないの?」
「特にない。だから君の予定に合わせるよ。」
「私は毎日決まった予定が一つだけあるけど、それ以外なら大丈夫かな。」
「毎日?」
通院にしても毎日通うことがあるのだろうか
「うん、毎日。だから泊まりの旅行とかはできないかな。」
「いやいや、ちょっとそこらへん遊びに行くだけでしょ?」
「だから、そのつもりだって。安心してよ。」
「まぁ、そりゃあそうだよね」
「じゃあ、君がバイトじゃないこの日なんてどうかな」
彼女が指さしたのは夏休みが始まってから四日後だった。
「まぁいいけど。どこに行くとか決めてるの?」
「それも今から決めるんだよ。私一人で決めるわけないじゃん。こういうのは二人で一緒に決めるからいいんだよ。」
彼女は笑ってそう言った。楽しそうに計画を立てる彼女を見て微笑ましく思えた。
人生最後の夏休みになるかもしれないんだ、お互い。
彼女は大いに楽しむべきだが、僕だって少しくらい楽しんでもいいのだろうか。
そんなことを考えた時だった、
『なに楽しそうにしてるのよ、人殺しのくせに』
脳内に直接響く、吐き捨てるような冷たい声。
うまく呼吸ができない。
視界が遠くなっていき、彼女の顔もどんどん霞んでいく。
頭の中で『人殺し』というワードが反芻する。
「ねぇ、すごい汗だけど大丈夫?」
彼女の言葉で少しだけ視界が正常に戻っていく。
「え?あ、ごめん、ちょっとトイレ。」
僕はすぐ立ち上がった。このまま座って彼女と会話をすることが僕にはできなかった。
「本当に大丈夫?具合悪い?」
「平気。ちょっとトイレ。」
僕はそう言い残してトイレに向かった。
鏡の前で胸に手を置き、深呼吸をする。
また忘れてしまっていた。自分の立場というものを。
弟が亡くなった時、最初はクラスの人たちは同情をしてくれた。でも、中学に上がった途端に周りの態度が一変した。
出来損ないの兄が弟を妬ましく思い、階段から突き落とした。そんな噂が飛び交うようになった。もちろん否定しようにも元々友達なんていなかった僕だから、信じてくれる人間なんていなかった。それから上履きや、教科書なんかを隠されるようになった。陰口なんて日常茶飯事、直接暴力されるとかはなかったのが不幸中の幸いなんだろうか。理由は簡単だ。僕らが通っているこの学校が進学校だからだ。
いじめをしていることなんてバレたら将来に関わるのが本人もわかっているのだろう。おかげで犯人がわかっていないが。別に、今僕が教科書なんかを持ち帰っているからか、はたまたこの高校に中学の頃に僕をいじめていた奴がいないのか。そんなこと考えてもしょうがない。
僕は人生を普通に生きるということをしてはいけないのだ。楽しむなんてもってのほかだ。やはり僕は胡蝶さんと、というか人と遊ぶことなどできない。
鏡の前に立ってから何分経っただろうか。そろそろ戻らないと胡蝶さんが心配してしまう。
とりあえず遊ぶことができない、と話をどうやって切り出すかだ。今日のところは用事が出来たといって今すぐ帰ろう。
「大丈夫?」
トイレから出てきてすぐに胡蝶さんは椅子から立ち上がり僕のそばに駆け寄ってきた。
「大丈夫じゃないかも、悪いけど今日は解散でもいいかな?」
僕はお腹を軽く抑えながら腹痛を装った。
「私は大丈夫だけど、一人で帰れる?」
「帰れるから大丈夫。」
一刻も早くこの場所から離れたかった。というより一人になりたかった。
今の僕にとって彼女の優しささえも僕を苦しめる要因になっていた。こんな嘘をついてまで自分の
「いや、心配だから帰るついでに送ってくよ。君がいないとここにいても意味ないしね」
ここには夏休みの計画を立てるから集まったのだから、そう返されてもしょうがない。
「お会計してくるからちょっと座って待ってて」
「ごめん、僕の分の会計もこれでお願いできる?」
僕は財布から千円札を取り出し、彼女に渡そうとした。
「いいのいいの、この間私の分出してくれたでしょ?そのお返し。だから座って待っててください。」
財布から出そうとした手を止められ、そのまま僕の肩を押さえ、椅子に座るように促した。
僕は彼女にされるがままに椅子に座って彼女が戻ってくるのを待った。
「じゃあ行こっか」
「あ、うん」
店の外に出ると昼過ぎにも関わらず暗かった。もうすぐ雨が降るかもしれない、そんな空だった。
こんな空だから本来なら早く家に帰りたかったがまだ家には母がいる。だから、このまま家に帰るわけにもいかず、胡蝶さんと別れて、どこかに行く必要があった。
「なんとなくで歩いちゃってたけど家こっちであってる?」
僕らが渡ろうとした信号が赤になったところで彼女が聞いてきた。
「あってるけどここまでで大丈夫だよ。」
「いやいや、友達が具合悪そうにしてるのに帰れないって」
彼女にとってはそれが普通の行いなのだろう。偽善とかそういうことではないのが見てわかる。
「いや雨降りそうだし、早く帰ったほうがいいよ」
僕は空を指さして彼女に空を見るように促した。
「あのさぁ、そんなに私と一緒にいたくない?」
彼女は少しムッとした表情になった。どうやら何か勘違いをしているらしい。
「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、」
「ただ?」
「君に風邪を引かれると困るんだ。学校の人だって心配するし」
一人になりたいのも本心だし、風邪を引かれると困るのも本心だった。
「君がそこまでいうならわかったよ。雨降りそうなのも事実だし。」
彼女はきた道を「じゃあ、また明日ね」と言って帰っていった。
僕は軽く頷き、「うん、また明日。」と返事をした。
赤信号が青信号へと変わり、僕は歩み始めた。
信号を渡り切った時、ちらりと彼女の方を見ると彼女は大きく手を振り「また明日ね」と叫んでいた。
僕はそれに返事をせず、曲がり角を曲がって彼女の視界から消えた。
そのまま近くの公園に向かった。理由は先ほど述べた通り、家に母がいるから。別に自室にいればいいのだけどそれでも家にいたくない。
この公園は家から十分ほどでつくかおりちゃんとよく遊んでいた公園だった。
最近はここにくることは減ったが、悩むがあったり気分が落ちているとよくここに来ていた。最後に来たのはいつだったかもう忘れてしまった。
とりあえず公園の入り口の自動販売機で飲み物を買い、ベンチに腰を下ろした。
買ったお茶を飲みながらあたりを見回した。
遊具なんかも何も変わっていないと思う。あるのはブランコ、砂場、滑り台、タイヤ、ジャングルジム、鉄棒なんかがある。
よく遊んだのは砂場だった気がする。もちろん他にも遊んでいた遊具はあるが、砂場で山を作って遊んでいた記憶が一番鮮明にあった。
気づいたら僕はベンチから立ち上がり、砂場に腰をおろしていた。
袖を捲って、山を作った。
崩れないように飲み干したペットボトルに水飲み場で水を入れ、それをかけて砂を固めた。
山が完成し、穴をあけて手を突っ込んだ時、何かが僕の手を掴んだ。
「…かおりちゃん?」
顔を上げるとそこには穴に手を突っ込んでいるかおりちゃんがいた。
「久しぶり。」
彼女はこの間と同じ服装でそこにいた。
「ひ、久しぶりだね」
また会えたことへの嬉しさよりもいい歳した高校生が砂遊びをしていることがかおりちゃんに知られたことの恥ずかしさが勝ってしまった。
「なんで山遊びなんてしてたの?」
「えっとー、それは昔やってたのが懐かしくて、久しぶりにやってみようかなと。それよりかおりちゃんこそ何してるのこんなところで」
「ここいつも通るんだよ。いつも通りこの道を通ってたら、君が砂遊びしてたのを見かけてね。」
かおりちゃんは公園の入り口の道を指差しながら説明してくれた。
「そうなんだ。ちょっと手洗ってくるね」
恥ずかしさをかき消したくて一旦この場を離れたかった。
「え、ちょっと待ってよ。」
泥で汚れた僕の手を綺麗な彼女の手が掴んだ。
「このままちょっとここで遊ばない?」
「用事はいいの?」
ここを通ったのは用意があったからだろう。
「大丈夫大丈夫。時間ならまだあるから」
僕の手を握っていた手を離し、僕の作った山の隣で穴を掘り始めた。
彼女の隣で屈んで彼女の穴を掘る手伝いをした。
「そういえばさ、テストどうだった?」
「あー、悪くなかったよ。」
テストの邪魔をしないためにわざとあそこに来なかったのだろうか。自意識過剰な気がするから聞くことはないけど。
「へー君って頭よかったんだ。」
「そういえばさ、かおりちゃんは学校行ってないの?」
年齢は確か僕の一つか二つ上だった気がするからまだ高校に通っていてもおかしくない。
「行ってないかなー。行けてないって言った方が正しいかも。」
「え?なんで?」
学校に行けない理由はさまざま考えられる。家庭の事情、もしかするとイジメ…なんてことも考えられる。
「私の話はいいからさ、これ借りてもいい?」
この話はしないでっていう彼女なりの合図だった。学校に行けないのは何か理由があるからなのだろう。僕はその理由とやらを聞く勇気がなかった。
「僕が飲んだやつだけど、それでもよければ。」
「全然大丈夫、ありがとう。」
彼女と過ごしたのは随分前だし、久しぶりに再会してまだ二回しか会っていないが作り笑顔なのがわかってしまった。
そんな作り笑顔を浮かべながら、水飲み場まで歩いて行った。この話題について触れるのはもうやめよう。誰にだって知られたくないことはある。実際、僕にもあるし。
「水汲んできたよー」
水を少しずつ垂らし砂を固めていった。
「作るのは山でいいの?」
「同じの作ってもいいけど違うのがいいな。あ、ケーキ作りたい!」
「ケーキ?誰かの誕生日?」
「私とつっくんの再開の記念日!」
「何それ」
思わず笑ってしまった。彼女の子供みたいな感じの言動に。そういえば昔もこんな感じのテンションで僕を笑わせてくれていた。
僕が笑っているのを見て彼女も笑っていた。
「ほら作ろ!」
「バケツがあれば楽なんだけどね」
「なくてもいいよ!頑張って作ろ!」
水を含んだ砂で不恰好ながらケーキを作っていく。僕らの不器用さは昔から変わらないらしい。
三十分ほど経過した段階で完成が見えてきた。
「木の枝とかで飾り付けしよ!」
「そうだね。あっちの木の下にいっぱいあるからとってくるね」
「ありがと!じゃあ私はケーキ整えとくね」
僕は木の下までいき、枝やら、木の実やら、葉っぱなどをかき集め手のひらいっぱいにもってケーキを整えてくれているかおりちゃんの元へ向かった。
「とってきたよ」
「じゃあ飾り付けしちゃお!」
木の枝を僕らが出会ってからの年分を刺し、木の実を果物みたいに飾り付け、葉っぱを周り見えているいちごみたいに飾った。
「できた!」
二段分のホールケーキを作ったが、バケツなしにしては綺麗にできたのではないか。
「一旦、手洗おっか」
「そうだね」
僕らは水飲み場まで行き、手を洗った。お互いハンカチなんて持ってなかったから手をブルブルやって乾かした。
僕は砂場まで戻り、携帯電話を取り出し出した。彼女との思い出を写真に残そうと思ったのだ。
不恰好なケーキの写真を一枚撮り、続けてかおりちゃんとケーキのツーショットを撮ろうと思った。
「かおりちゃん、撮ってあげるからケーキの前でピースしてよ」
「やだよ。今日すっぴんだし。撮るなら可愛い時がいいかな」
女性の扱いを僕は知らない。でも、本人が嫌だというなら残念だがやめておこう。
「そっか、わかった。」
僕は持っている携帯を見て思い出したことがあった。
「あ、かおりちゃん。連絡先交換しようよ。」
「あー、私携帯持ってないの。ごめんね」
今時珍しいとは思ったが、持ってないのならしょうがないか、と深いことは考えずにそう思った。
「そっか、残念。」
「それよりさ、そこベンチで少し話さない?」
彼女は僕がここにきて最初に座っていたベンチを指差した。
「僕は全然平気だけど、時間大丈夫なの?」
「あと三十分くらいなら平気だから。」
彼女はそのままベンチ向い、僕はその後ろについていった。
「何か飲み物飲む?」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
少し喉が渇いていたが、自分一人で飲むのも良くないと思い、そのまま彼女の隣に座った。
「私が高校行ってない理由知りたい?」
彼女の隣に座ってすぐに彼女の方から口を開いた。
「知りたくないって言ったら嘘になるけど、無理に聞こうとは思わないかな。俺にも言いたくないことはあるし」
いじめを受けていたなんて到底いえない。
「あ、友達できたっていう嘘?」
「いや、なんでそうなるんだよ。友達できたのは本当だよ」
「なんだ。ほんとだったんだ」
「信じてなかったのか。」
「冗談だって。ちょっと嫉妬しちゃただけ。」
「嫉妬?」
「勝手に離れてったくせに図々しいよね」
「友達と言ってもそこまで仲良くないから。ほんとの友達と言ったらかおりちゃんだけだよ。」
胡蝶さんとは友達というかなんというか。自分のせいではあるが、今後も友達になれるか分かんない。それに比べてかおりちゃんはなぜか心が落ち着く。
「そっちは引越し先とかで友達とかできなかったの?」
「できてないよ。ずっと妹が仲良くしてくれて」
「あー、前に言ってた妹さんね」
「そうそう。ずっと近くにいてくれてすごいいい子なの」
その妹さんが学校に通っているかなんて到底聞けなかった。
「かおりちゃんの妹かー。ちょっと会ってみたいかも」
「いつか会わせてあげるよ。というかいずれ会うことになるかも」
「楽しみにしておくよ。」
会えるかどうか分かんない。できれば僕が死ぬ前に会ってみたいものだ。そんなことを考えていた。そんな時、隣に五十代くらいのおばあちゃんが座ってきた。
それと同時に彼女が声を上げた。
「じゃあ私、もういくね!」
まだ三十分経ってないが、止める筋合いもないのでこのまま見送ることにした。
「あ、うん。また今度ね。」
連絡が取れないからまた今度会える保証なんてないが、なんとなく会える気がしていた。
彼女はそのまま手を振りながら公園を出て走ってどこかに行ってしまった。
「あれ作ったの君かい?」
僕の隣に座っているおばあちゃんがさっきかおりちゃんと作った砂のケーキを指さしながら僕に話しかけてきた。
「そうですけど。」
この年にもなって砂でケーキを作っているということが少し恥ずかしかったが、否定するのも違う気がして正直に話した。
「私すぐそこに住んでいるのだけど、ここ数年で子供がこの公園で遊んでるのも見ることがめっきり減ってね。久しぶりに遊んでいる君を見かけて思わず外に出てきたのよ。」
確かに、僕ら以外に子供どころか人が一人もいなかった。
「そうだったんですか。最近の子はゲームだったりで外で遊ばないのかもしれないですね。」
「そうなのね。ちょっと寂しいわね。」
「自分も昔、さっき僕の隣に座ってた子とよく遊んでたんですよ。」
「隣?誰か座ってたのかい?」
見えていなかっただろうか。
「女の子が座ってたんですけど、白いワンピース着た。」
「そうなのかい?最近視力が落ちてるせいかしらね。君の姿しか見えなかったわ。」
少しだけ嫌な予感がした。自分でもよく分からないが、あの時と同じ嫌な感覚。
「そうですか。あのケーキも二人で作ったんですよ。」
僕は嫌な予感をかき消すためにあのケーキを指差した。
「もしかしてよくこの公園来てたのかしら?」
「はい。って言っても十年くらい前なんですけど。久しぶりにその子に会って…。」
それからおばあちゃんは僕の昔の話を親身になって聞いてくれた。なんで話したか分からない。このおばあちゃんが聞き上手なのか、つい話してしまった。
「なんかすみません、長々と。」
「いいのよ。誰かとこんなに話したのなんて数年ぶりだわ。そういえば、あなた名前はなんていうの?」
「僕ですか?花白つつじって言います。」
「つつじ君、素敵な名前ね。」
なんとも複雑な心境だった。素敵名前なのかは分からない。僕にこの名をつけた人間がどういう人間か知っているから。
「ありがとうございます。」
僕のこの名前は父が名付けた。名前の由来は知らない。
「花が由来なのかしら?」
「名付けてくれた人に聞かないと分からないですね。」
会えないこと、会いたくないことは伏せてそう答えた。変に気を使わせてしまう。
「今度聞いてみるといいわね。」
おばあちゃんは微笑んでそういった。僕は苦笑いを浮かべながら「そうですね、今度聞いてみます」と返事をした。
「そうだ。話し相手になってくれたお礼にこれあげるわ」
おばあちゃんはそう言って鞄から何かを取り出し、僕に手渡した。
「これって…。」
「これ栞なんだけど趣味で作ってるのよ。もしかして本は読まないかしら?」
「いえ、本はよく読みます。だから嬉しいです。」
人から貰い物なんて久しぶりだったから余計に嬉しかった。
「よかったわ。大事にしてくれると嬉しいわ。」
「絶対大事にします。」
「その花少し有名なんだけど知ってるかしら?」
「知ってます。綺麗ですよね、この花。学校に咲いてるんですよ。」
「そうだったの。この花とっても綺麗よね。」
僕がこの花を知っている理由は学校に咲いているからだけではなかった。
「ガーベラですよね、この花。」
「あら、よく知ってるわね。」
僕が昔、かおりちゃんからもらった花を大事にしたくて祖母に頼んで栞にしてもらったものによく似ていた。
「思い出深い花なんですよ。」
「もしかしてさっき話してくれた彼女との思い出?」
「そうなんです。昔くれたんですよ。この花を。」
僕が彼女からもらったことを口にするとおばあちゃんの口がニヤニヤとし始めた。
「あらあらあらまぁ。」
「いやいや!彼女も幼かったですし、他意はないと思いますから!」
僕はおばあちゃんがニヤニヤした理由に勘づき、慌てて否定した。
「あ、そうだ。同じやつもう一つあげるから。一個彼女に渡してあげたら?」
「いやいや、申し訳ないですから。」
それこそ、今彼女に渡したら誤解されてしまう。僕らはあくまでも友達なのだ。
「いいのいいの。たくさんあるから、今これ一個しかないから、ちょっと家からとってくるわね」
おばあちゃんがベンチから立ち上がり、一歩踏み出した段階で僕は咄嗟に声をかけていた。
「あの!図々しいかも知れないんですけど、今度作り方教えてくれませんか。」
別に、この場を乗り切るためについた嘘ではない。どうせ渡すなら自分で作って渡したい。そう思っただけだ。
「その方が彼女も喜ぶかもね。いいわよ、今度教えてあげる。」
おばあちゃんは再びベンチに座って僕の意見を聞き入れてくれた。
「ありがとうございます。」
僕は深く頭を下げた。
「じゃあ、君の都合がいい日にこの公園に来てくれる?私基本的には家にいるから君の姿が見えたら外に出てくるわ。」
「わかりました。作りたい花用意しておきますね。」
「じゃあ、他の材料はこっちで用意しておくわね」
「本当にありがとうございます。」
「じゃあ、今日はもう遅いし、気をつけて帰るんだよ。」
気づけば辺りはだいぶ暗くなっていた。公園に設置されている時計を見ると、十八時を回っていた。
「そうですね。今日は本当にありがとうございました。」
僕はベンチから立ち上がり深く頭を下げ、公園の出口を目指して歩き出した。
出口についた時にもう一度挨拶をしようと思い、振り返るとすでに反対側の出口に向かって歩いていたので、僕もそのまま喫茶店に向かって歩き出した。