何時間が経過しただろうか。ポケットから携帯を取り出し、時刻を確認する。
母がもう家を出た頃だろう。いつの間にか、外は暗くなっていた。
マスターはテーブルをひとつひとつ丁寧に拭いていた。
僕はテーブルの上に広げたノートやらを鞄に詰めて、机拭きの切りのいいタイミングでマスターに会計をお願いした。
僕が飲んだコーヒーは二杯。二杯分の会計を済ませ、外に出た。
外は一定間隔で立っている街灯がなければ何も見えないほど暗かった。せいぜい見えて足元くらいだろうか。
僕は夜道を歩きながら、今日学校であったできごとについて考えていた。
今だから言えることだが、学校の屋上の柵の外に立つのは初めてではない。何度かあそこに立っては何かと理由をつけて命を投げ出すのをやめていた。
理由は自分が一番わかっている。死にたいとは思っているが、死ぬのが怖い。いっそのことこのまま消えてしまいたい。
だけど今日、胡蝶さんが僕にあの話を持ち掛けてくれたのが少しありがたいと思ってしまった。
彼女の病状?が悪化しない限りは一年間はあの場所に立たなくて済むんだ。あの時、一瞬そう思ってしまった。
家につき、車がないこと確認して鍵を開け、家に入った。
自室に入り、本当はこのままベッドに飛び込みたかったが、制服がしわになると面倒なので制服を脱いでこのままお風呂にでも入ろうと思い、ポケットに入っている携帯とイヤホンを机にの上に置き、お風呂場へと向かった。
制服を脱ぎ、ハンガーにかけお風呂に入る。
僕は基本的にシャワーしか浴びない。理由は、お風呂に入るという行為が嫌いだから。
身体と髪を洗い、すぐに流してお風呂を出た。
紙をドライヤーで乾かし、のどが渇いたので水を飲みたくて台所に向かった。
「そうか、今日は月曜か」
僕はテーブルの上に置かれた一万円札とメモ用紙をみてそう思った。
母は毎週月曜日に一万円札を一枚と「今週の分」とだけ書かれた毎週使い回しているメモ用紙を毎週月曜日に置いて仕事に行く。
お金はありがたいのだが、母の方も僕と会話などをする気がないのだな、と思ってしまう。メモ用紙すら使い回しているのだからよっぽど会話などしたくないのが分かる。
「いや、自業自得だな」
僕が母に会いたくなくて一週間ほど今の様な生活を送っていたら、次の週からこんな感じの生活になってしまった。
時々見かけはするものの会話はない。ただ、洗濯物とかの家事はやってくれているので当時よりは嫌われてはないのかな、なんて思っている。
それに、僕的にはいつかちゃんと母と話したいなんて思っているが、勇気が出ない。
とりあえず、いつものようにメモ用紙を裏返し「ありがとう」と書かれた方を表にする。
あんなことを言っておきながら僕もこの紙を使い回している。なんだかその方がお互い楽な気がするから。念のため言っておくが、使い回した方は母の方が先だ。
とりあえず一万円札をポケットにしまい、台所にきた理由を思い出し、水道水をコップに注ぎ一気に飲み干しそのままコップを洗い、食器棚に置いた。
自室に戻り、一万円札をとある封筒にしまい、ベッドに飛び込んだ。
数分の間ベッドでゴロゴロし、勉強の続きをするために起き上がり机に向かった。
勉強をするために邪魔だった携帯をベッドに放り投げようとして、ふと画面を見ると一件通知が来ていた。
バイト先から助っ人のお願いだろうか。今週はテストがあるから入れないと言っておいたはず。
どうやって断ろうか考えていたがその必要はなかったらしい。
連絡は登録したばかりの胡蝶さんからだった。
『一年間、よろしくね!』
とたった一言だけ送られていた。送られてから二時間ほどが経過していた。
あの契約についてよろしく、という意味だろう。僕はなんて返事をすればいいか少し悩み、結局「うん、よろしく」とだけ返信した。
もう携帯に用がないので今度こそベッドに放り投げようとしたが、携帯の画面がついた。
胡蝶さんから親指を立てているスタンプが送られてきた。僕はそれを「了解」という意味だと思い、既読だけつけスマホを閉じて勉強を再開した。
次の日の朝、いつものように母を起こさないようにゆっくりと起き上がり、そのまま洗面台に行き、顔を洗い、歯を磨く。
昨日、いつもより寝るのが遅かったのが原因で少し眠い。
どうしても解きたい問題があったせいだ。一旦は辞めてベッドに潜ったのだが、もやもやが残ってしまい、眠ることができなかった。だから、解いてから寝ることにした。結局、答えは分かったものの、なんでかすっきりしなかった。
「一番の課題は国語だな…」
そんな独り言を言いながら制服に着替え、鞄を持ち、ポケットにイヤホンと携帯を入れ家を出た。
自転車を走らせること十分、学校についた。
自転車置き場には僕の自転車以外おいていない。
僕がこんな早くに学校に来る理由は、部活動があるから。
前にも言ったが、試験前だから部活動が禁止されている。でも、僕の所属する部活だけ活動が許された。
流石の先生もこの部活の活動を禁止することはできないのだろう。
とりあえず鞄を教室に置き、水を水道で汲んでから活動場所に向かった。
この部活の部員は三名、僕以外の部員は幽霊部員。顔は見たことあるが名前は知らない。
活動しているのは僕一人。簡単に言えば「花白君がやってくれるし、別に私ら来なくてよくね?」という感じだ。
というか、そんな感じのことを言っているのを偶然聞いてしまった。
僕は別に一人でも構わない。そもそも、この学校の部活動は全員強制参加という文化がよくない。
相変わらず、ここの花壇は広い。だから朝早く来ないと終わらないのだ。
植えたのは言うまでもなく僕じゃない。去年卒業していった顔も知らない先輩だ。
僕がこの高校に入学して最初の自己紹介で「花が好きです」なんて答えたからだ。この部活の顧問が担任の先生だったのが運の尽き。
「唯一の部員たちが去年卒業しちゃってなぁ」と言われ、どうせこの学校のルールに従うなら、この部活に入った方が運動部に入るよりは楽だろうな、という安易な考えで承諾した。
花が好きなのは本当だし、特に不満はない。他の二人が入部していることは顧問の先生も把握しているが退部させるのもめんどくさいらしい。
主な活動内容は花に水をあげるだけ。今のところは。今後は花を植えるとかの作業があるらしい。
水を咲いている花一本一本に届くように丁寧にあげていく。水のあげすぎは逆効果、というのを昔よく通っていたお花屋さんの店長さんに聞いたことがある。
ちなみに、僕が一番好きな花はアネモネという花。
理由は、自分が小さいころ誕生日にある女の子からその赤いアネモネの花を一本もらったから。
その赤いアネモネが枯れると知った時に僕が泣いて嫌がったから、父方の祖母がきれいな栞にしてくれた。今も大事に机の中に入れている。そぼはふ
その女の子は僕が小学校に上がったタイミングでどこかに引っ越してしまったらしい。
“らしい”というのは、僕がその子とよく会っていたのが近所の公園だったのだが、その子がランドセルを背負いながら遊びに来るのと、夕方しか遊びに来なかったのですでにその子は小学生なのは明白だった。でも、実際僕が小学校に上がると小学校にその女の子はいなかった。
僕はその女の子にお礼がしたいのだ。当時、公園でガキ大将みたいな奴にいじめられていたところを助けてくれた、そのお礼を。
そこから僕がまたいじめられないために一年くらい一緒にあそんでくれた。
ほんとは二度と公園にはいかないつもりだったのだが、その女の子が「私と遊べばいいじゃん!」って。僕にできた、最初で最後の友達。
その子以降、僕に友達などできたことがない。というか、作らなかったし、作れなかった。
「おっはよう!!」
昔の記憶に入り浸っていたら現実に一気に引き戻された。
「あ、うん。おはよう胡蝶さん。僕に何か用?」
花に水をあげるのを一旦辞めて、胡蝶さんの目を見て挨拶をした。
「特に?おはようって言いに来た!というか君、園芸部だったんだ。」
「ここの学校何かしらの部活に入ってないといけないし仕方なく」
僕がそう言うと、彼女は僕の顔を覗き込みながら、
「へー、てっきり花が好きだからかと思った」
半分正解、半分不正解だ。
「そんなことより、何も用事がないなら僕に話しかけないで欲しいな」
僕は花が好きという事実を悟られぬように止めていた花の水やりを再開させ、そう言った。
「なんで?」
もしかして胡蝶さんはあのことを知らないのだろうか。僕がこの学年の大半の人から嫌われている理由を。
「なんでって…僕と話してるところを誰かに見られたら胡蝶さんが変な目でみれるからだよ」
胡蝶さんはまるで僕が変なことを言ってしまったみたいに目を丸くし、すぐに微笑み、今度は胡蝶さんが変なことを言いだした。
「筒治君はやっぱり優しいんだね。」
僕が優しい?僕のどこが優しいというのか。弟が死んだときもみんなが悲しんでいた中、僕は目には涙が一滴も出なかった。こんな僕が。
胡蝶さんが変なことを言ったせいで僕は花に水をあげていた手を再び止めてしまった。胡蝶さんはそのまま「だって」と理由を話してくれた。
「そうでしょ?筒治君、自分が今置かれている状況より人の心配してるんだもん」
この言い方だとあのことはもう知っているらしい。ただ、知っているなら、なおさらなんで僕に関わろうとするのか。
「心配なんてしてない。ただ、こんな僕に関わろうとしてる胡蝶さんが変わってるなって思っただけ」
胡蝶さんは少しムッとした表情になった。僕は知らぬ間に彼女を怒らせることを言ってしまったらしい。
「言っておくけど、私は他人の評価で自分の人間関係を決めたりしないよ?ちゃんと自分の目で確かめて、その人のことをちゃんと知って関わりたい。私はそんな大勢の人間に流されるような人じゃないから。もしかして馬鹿にしてる?」
馬鹿にしたつもりはない。ただ、初めて…いや、久しぶりに出会ったのだ。
僕のことを表面上だけじゃなくて、きちんと中身を知ろうとしてくれた人に。そんな彼女が誰かに似ていたのはきっと気のせいだろう。
僕は「ごめん…」と反射的に謝罪の言葉を口にしていた。心から謝ったというより反射的に、
「仕方がないので許してあげます。でも、私を馬鹿にした罰は受けてもらいます。」
彼女は腕を組み、今だにムッとした表情のままそう言った。
「…罰?」
「罰として、私と友達になってもらいます。」
彼女と友達になることは僕にとって罰になることはよくわかっているらしい。僕は彼女の狙いというか僕なんかと友達になろうとしている理由をなんとなく察してしまった。
「いや、別に君の病気のことは他言しないよ。する相手もいないし、そもそも言ったところで誰も信じてくれないよ」
「そこは別に心配してないんだけど」
僕はてっきリ、彼女が自分の病気のことを言いふらしてしまうことを怖がり、友達という名目で僕のことを監視をしようとしていると思っていたのだけど、どうやら違うらしい。
すると彼女は、廊下にいる生徒たちを見ながら寂しそうに、
「筒治君にはさ、これから私と関わる残りの一年間で、私のこと知って欲しいんだ。私も君のこと知りたいし。」
「なんでそんなこと?」
彼女は僕から水の入った上呂を奪い、花に水をあげながら「それはね」と僕が考える暇もなく説明をしてくれた。
「だって助けてくれるかもしれない人のこと知らないままなんて嫌だし、君も私がどういう人間か知ってもらってから心臓渡した方がいいでしょ?」
今でも僕は死にたいと思ってる。それは余命一年という大病を抱えた彼女に出会っても考えは変わらない。僕はただ、自ら命を絶つという行為が彼女みたいな一日一日を大事に過ごし、その一日を少しでも長く過ごしたいと思っている人に申し訳ないと考えているだけだ。だから彼女のあの提案に了承したわけだし。要するに、
「それもそうだけどさ。仮に一年後、僕が君には心臓あげたくないなって思ったらどうするの?」
彼女は残りの花に水をあげ終え、僕に上呂を返却した。
「その時は別の方法を考えるよ。だから早めに言ってね?」
どうやら彼女の辞書に“諦める”という文字は載っていないらしい。
彼女は「言いづらいだろうけど」とちょっと無理して微笑んでいるみたいそう言って、
「とにかくそういうことだから、これからも仲良くしてね」
僕はそれに対して少し悩んだ挙句「わかったよ」とだけ返事をした。
彼女は僕の返事に対して心からうれしそうににっこりしながら、「じゃあ、またね」と手をひらひらさせながら校舎の入口のほうへと歩いて行った。
自分がされて嫌だという、噂だけでその人に対する評価を決める。僕の中で少し前の彼女の評価は『普段から何も考えずに生活しているやつら』だった。勘違いしないで欲しいのはこれは彼女に限らず彼女のような、今の生活をただただ楽しんでいる人たちをまとめてそう評価しているだけだ。そもそも僕の他人の評価など誰かに影響しているわけじゃないから考えるだけ無駄だ。それでも、僕の中で彼女の評価が『生きることを諦めない強い女の子』に変わった。だから、僕は彼女の言った、罰とやらを受けようか少しだけ前向きに考えることにした。
友達の具体的な定義を僕は知らない。彼女が言っていた、罰として私と友達になる、というもの。僕にとってそれが罰になる、らしい。
今日の授業中ずっと友達の定義とかについて考えていた。休みの時間は屋上に行くまでの階段で昼食をとった。
友達とは一体何なのか。帰宅の時になってもそれは僕にはわからなかった。
鞄を肩にかけ、いつものように例の喫茶店に向かうことにする。今日もなんとなく屋上に行こうとしたのだが、彼女との契約を思い出し、すぐに引き返した。
下駄箱で上履きから靴に履き替えていたら、胡蝶さんと目が合ってしまった。向こうも僕に気づいたらしく大きく手を振り、「ばいばーい!」と言ってきた。彼女と一緒にいた女の子たちは「誰に手振ってるの?」と困惑していた。言わずもがな、僕が彼女の挨拶を真顔で無視したので彼女が誰に手を振っているのか彼女のお友達が分かるはずがないのだ。
仮に、僕がここで手を振り返していたらと考えると、確かにこれは罰なのかもな。そう思った。
僕は彼女から逃げるようにして喫茶店に向かった。
母がもう家を出た頃だろう。いつの間にか、外は暗くなっていた。
マスターはテーブルをひとつひとつ丁寧に拭いていた。
僕はテーブルの上に広げたノートやらを鞄に詰めて、机拭きの切りのいいタイミングでマスターに会計をお願いした。
僕が飲んだコーヒーは二杯。二杯分の会計を済ませ、外に出た。
外は一定間隔で立っている街灯がなければ何も見えないほど暗かった。せいぜい見えて足元くらいだろうか。
僕は夜道を歩きながら、今日学校であったできごとについて考えていた。
今だから言えることだが、学校の屋上の柵の外に立つのは初めてではない。何度かあそこに立っては何かと理由をつけて命を投げ出すのをやめていた。
理由は自分が一番わかっている。死にたいとは思っているが、死ぬのが怖い。いっそのことこのまま消えてしまいたい。
だけど今日、胡蝶さんが僕にあの話を持ち掛けてくれたのが少しありがたいと思ってしまった。
彼女の病状?が悪化しない限りは一年間はあの場所に立たなくて済むんだ。あの時、一瞬そう思ってしまった。
家につき、車がないこと確認して鍵を開け、家に入った。
自室に入り、本当はこのままベッドに飛び込みたかったが、制服がしわになると面倒なので制服を脱いでこのままお風呂にでも入ろうと思い、ポケットに入っている携帯とイヤホンを机にの上に置き、お風呂場へと向かった。
制服を脱ぎ、ハンガーにかけお風呂に入る。
僕は基本的にシャワーしか浴びない。理由は、お風呂に入るという行為が嫌いだから。
身体と髪を洗い、すぐに流してお風呂を出た。
紙をドライヤーで乾かし、のどが渇いたので水を飲みたくて台所に向かった。
「そうか、今日は月曜か」
僕はテーブルの上に置かれた一万円札とメモ用紙をみてそう思った。
母は毎週月曜日に一万円札を一枚と「今週の分」とだけ書かれた毎週使い回しているメモ用紙を毎週月曜日に置いて仕事に行く。
お金はありがたいのだが、母の方も僕と会話などをする気がないのだな、と思ってしまう。メモ用紙すら使い回しているのだからよっぽど会話などしたくないのが分かる。
「いや、自業自得だな」
僕が母に会いたくなくて一週間ほど今の様な生活を送っていたら、次の週からこんな感じの生活になってしまった。
時々見かけはするものの会話はない。ただ、洗濯物とかの家事はやってくれているので当時よりは嫌われてはないのかな、なんて思っている。
それに、僕的にはいつかちゃんと母と話したいなんて思っているが、勇気が出ない。
とりあえず、いつものようにメモ用紙を裏返し「ありがとう」と書かれた方を表にする。
あんなことを言っておきながら僕もこの紙を使い回している。なんだかその方がお互い楽な気がするから。念のため言っておくが、使い回した方は母の方が先だ。
とりあえず一万円札をポケットにしまい、台所にきた理由を思い出し、水道水をコップに注ぎ一気に飲み干しそのままコップを洗い、食器棚に置いた。
自室に戻り、一万円札をとある封筒にしまい、ベッドに飛び込んだ。
数分の間ベッドでゴロゴロし、勉強の続きをするために起き上がり机に向かった。
勉強をするために邪魔だった携帯をベッドに放り投げようとして、ふと画面を見ると一件通知が来ていた。
バイト先から助っ人のお願いだろうか。今週はテストがあるから入れないと言っておいたはず。
どうやって断ろうか考えていたがその必要はなかったらしい。
連絡は登録したばかりの胡蝶さんからだった。
『一年間、よろしくね!』
とたった一言だけ送られていた。送られてから二時間ほどが経過していた。
あの契約についてよろしく、という意味だろう。僕はなんて返事をすればいいか少し悩み、結局「うん、よろしく」とだけ返信した。
もう携帯に用がないので今度こそベッドに放り投げようとしたが、携帯の画面がついた。
胡蝶さんから親指を立てているスタンプが送られてきた。僕はそれを「了解」という意味だと思い、既読だけつけスマホを閉じて勉強を再開した。
次の日の朝、いつものように母を起こさないようにゆっくりと起き上がり、そのまま洗面台に行き、顔を洗い、歯を磨く。
昨日、いつもより寝るのが遅かったのが原因で少し眠い。
どうしても解きたい問題があったせいだ。一旦は辞めてベッドに潜ったのだが、もやもやが残ってしまい、眠ることができなかった。だから、解いてから寝ることにした。結局、答えは分かったものの、なんでかすっきりしなかった。
「一番の課題は国語だな…」
そんな独り言を言いながら制服に着替え、鞄を持ち、ポケットにイヤホンと携帯を入れ家を出た。
自転車を走らせること十分、学校についた。
自転車置き場には僕の自転車以外おいていない。
僕がこんな早くに学校に来る理由は、部活動があるから。
前にも言ったが、試験前だから部活動が禁止されている。でも、僕の所属する部活だけ活動が許された。
流石の先生もこの部活の活動を禁止することはできないのだろう。
とりあえず鞄を教室に置き、水を水道で汲んでから活動場所に向かった。
この部活の部員は三名、僕以外の部員は幽霊部員。顔は見たことあるが名前は知らない。
活動しているのは僕一人。簡単に言えば「花白君がやってくれるし、別に私ら来なくてよくね?」という感じだ。
というか、そんな感じのことを言っているのを偶然聞いてしまった。
僕は別に一人でも構わない。そもそも、この学校の部活動は全員強制参加という文化がよくない。
相変わらず、ここの花壇は広い。だから朝早く来ないと終わらないのだ。
植えたのは言うまでもなく僕じゃない。去年卒業していった顔も知らない先輩だ。
僕がこの高校に入学して最初の自己紹介で「花が好きです」なんて答えたからだ。この部活の顧問が担任の先生だったのが運の尽き。
「唯一の部員たちが去年卒業しちゃってなぁ」と言われ、どうせこの学校のルールに従うなら、この部活に入った方が運動部に入るよりは楽だろうな、という安易な考えで承諾した。
花が好きなのは本当だし、特に不満はない。他の二人が入部していることは顧問の先生も把握しているが退部させるのもめんどくさいらしい。
主な活動内容は花に水をあげるだけ。今のところは。今後は花を植えるとかの作業があるらしい。
水を咲いている花一本一本に届くように丁寧にあげていく。水のあげすぎは逆効果、というのを昔よく通っていたお花屋さんの店長さんに聞いたことがある。
ちなみに、僕が一番好きな花はアネモネという花。
理由は、自分が小さいころ誕生日にある女の子からその赤いアネモネの花を一本もらったから。
その赤いアネモネが枯れると知った時に僕が泣いて嫌がったから、父方の祖母がきれいな栞にしてくれた。今も大事に机の中に入れている。そぼはふ
その女の子は僕が小学校に上がったタイミングでどこかに引っ越してしまったらしい。
“らしい”というのは、僕がその子とよく会っていたのが近所の公園だったのだが、その子がランドセルを背負いながら遊びに来るのと、夕方しか遊びに来なかったのですでにその子は小学生なのは明白だった。でも、実際僕が小学校に上がると小学校にその女の子はいなかった。
僕はその女の子にお礼がしたいのだ。当時、公園でガキ大将みたいな奴にいじめられていたところを助けてくれた、そのお礼を。
そこから僕がまたいじめられないために一年くらい一緒にあそんでくれた。
ほんとは二度と公園にはいかないつもりだったのだが、その女の子が「私と遊べばいいじゃん!」って。僕にできた、最初で最後の友達。
その子以降、僕に友達などできたことがない。というか、作らなかったし、作れなかった。
「おっはよう!!」
昔の記憶に入り浸っていたら現実に一気に引き戻された。
「あ、うん。おはよう胡蝶さん。僕に何か用?」
花に水をあげるのを一旦辞めて、胡蝶さんの目を見て挨拶をした。
「特に?おはようって言いに来た!というか君、園芸部だったんだ。」
「ここの学校何かしらの部活に入ってないといけないし仕方なく」
僕がそう言うと、彼女は僕の顔を覗き込みながら、
「へー、てっきり花が好きだからかと思った」
半分正解、半分不正解だ。
「そんなことより、何も用事がないなら僕に話しかけないで欲しいな」
僕は花が好きという事実を悟られぬように止めていた花の水やりを再開させ、そう言った。
「なんで?」
もしかして胡蝶さんはあのことを知らないのだろうか。僕がこの学年の大半の人から嫌われている理由を。
「なんでって…僕と話してるところを誰かに見られたら胡蝶さんが変な目でみれるからだよ」
胡蝶さんはまるで僕が変なことを言ってしまったみたいに目を丸くし、すぐに微笑み、今度は胡蝶さんが変なことを言いだした。
「筒治君はやっぱり優しいんだね。」
僕が優しい?僕のどこが優しいというのか。弟が死んだときもみんなが悲しんでいた中、僕は目には涙が一滴も出なかった。こんな僕が。
胡蝶さんが変なことを言ったせいで僕は花に水をあげていた手を再び止めてしまった。胡蝶さんはそのまま「だって」と理由を話してくれた。
「そうでしょ?筒治君、自分が今置かれている状況より人の心配してるんだもん」
この言い方だとあのことはもう知っているらしい。ただ、知っているなら、なおさらなんで僕に関わろうとするのか。
「心配なんてしてない。ただ、こんな僕に関わろうとしてる胡蝶さんが変わってるなって思っただけ」
胡蝶さんは少しムッとした表情になった。僕は知らぬ間に彼女を怒らせることを言ってしまったらしい。
「言っておくけど、私は他人の評価で自分の人間関係を決めたりしないよ?ちゃんと自分の目で確かめて、その人のことをちゃんと知って関わりたい。私はそんな大勢の人間に流されるような人じゃないから。もしかして馬鹿にしてる?」
馬鹿にしたつもりはない。ただ、初めて…いや、久しぶりに出会ったのだ。
僕のことを表面上だけじゃなくて、きちんと中身を知ろうとしてくれた人に。そんな彼女が誰かに似ていたのはきっと気のせいだろう。
僕は「ごめん…」と反射的に謝罪の言葉を口にしていた。心から謝ったというより反射的に、
「仕方がないので許してあげます。でも、私を馬鹿にした罰は受けてもらいます。」
彼女は腕を組み、今だにムッとした表情のままそう言った。
「…罰?」
「罰として、私と友達になってもらいます。」
彼女と友達になることは僕にとって罰になることはよくわかっているらしい。僕は彼女の狙いというか僕なんかと友達になろうとしている理由をなんとなく察してしまった。
「いや、別に君の病気のことは他言しないよ。する相手もいないし、そもそも言ったところで誰も信じてくれないよ」
「そこは別に心配してないんだけど」
僕はてっきリ、彼女が自分の病気のことを言いふらしてしまうことを怖がり、友達という名目で僕のことを監視をしようとしていると思っていたのだけど、どうやら違うらしい。
すると彼女は、廊下にいる生徒たちを見ながら寂しそうに、
「筒治君にはさ、これから私と関わる残りの一年間で、私のこと知って欲しいんだ。私も君のこと知りたいし。」
「なんでそんなこと?」
彼女は僕から水の入った上呂を奪い、花に水をあげながら「それはね」と僕が考える暇もなく説明をしてくれた。
「だって助けてくれるかもしれない人のこと知らないままなんて嫌だし、君も私がどういう人間か知ってもらってから心臓渡した方がいいでしょ?」
今でも僕は死にたいと思ってる。それは余命一年という大病を抱えた彼女に出会っても考えは変わらない。僕はただ、自ら命を絶つという行為が彼女みたいな一日一日を大事に過ごし、その一日を少しでも長く過ごしたいと思っている人に申し訳ないと考えているだけだ。だから彼女のあの提案に了承したわけだし。要するに、
「それもそうだけどさ。仮に一年後、僕が君には心臓あげたくないなって思ったらどうするの?」
彼女は残りの花に水をあげ終え、僕に上呂を返却した。
「その時は別の方法を考えるよ。だから早めに言ってね?」
どうやら彼女の辞書に“諦める”という文字は載っていないらしい。
彼女は「言いづらいだろうけど」とちょっと無理して微笑んでいるみたいそう言って、
「とにかくそういうことだから、これからも仲良くしてね」
僕はそれに対して少し悩んだ挙句「わかったよ」とだけ返事をした。
彼女は僕の返事に対して心からうれしそうににっこりしながら、「じゃあ、またね」と手をひらひらさせながら校舎の入口のほうへと歩いて行った。
自分がされて嫌だという、噂だけでその人に対する評価を決める。僕の中で少し前の彼女の評価は『普段から何も考えずに生活しているやつら』だった。勘違いしないで欲しいのはこれは彼女に限らず彼女のような、今の生活をただただ楽しんでいる人たちをまとめてそう評価しているだけだ。そもそも僕の他人の評価など誰かに影響しているわけじゃないから考えるだけ無駄だ。それでも、僕の中で彼女の評価が『生きることを諦めない強い女の子』に変わった。だから、僕は彼女の言った、罰とやらを受けようか少しだけ前向きに考えることにした。
友達の具体的な定義を僕は知らない。彼女が言っていた、罰として私と友達になる、というもの。僕にとってそれが罰になる、らしい。
今日の授業中ずっと友達の定義とかについて考えていた。休みの時間は屋上に行くまでの階段で昼食をとった。
友達とは一体何なのか。帰宅の時になってもそれは僕にはわからなかった。
鞄を肩にかけ、いつものように例の喫茶店に向かうことにする。今日もなんとなく屋上に行こうとしたのだが、彼女との契約を思い出し、すぐに引き返した。
下駄箱で上履きから靴に履き替えていたら、胡蝶さんと目が合ってしまった。向こうも僕に気づいたらしく大きく手を振り、「ばいばーい!」と言ってきた。彼女と一緒にいた女の子たちは「誰に手振ってるの?」と困惑していた。言わずもがな、僕が彼女の挨拶を真顔で無視したので彼女が誰に手を振っているのか彼女のお友達が分かるはずがないのだ。
仮に、僕がここで手を振り返していたらと考えると、確かにこれは罰なのかもな。そう思った。
僕は彼女から逃げるようにして喫茶店に向かった。
