弟の墓参りに行ってからそのまま家に直帰した。
家に帰って一ヶ月ぶりのベッドに寝そべって考え事をしていた。
入院疲れからか、そのまま眠ってしまっていた。時計を見たら、夜の七時を指していた。
起き上がりそのまま自室のドアを開け、玄関に行く。母の靴があることを確認してそのまま母の部屋の前に向かう。
ふーと深呼吸をする。緊張で手が震えている。今にも逃げ出したい。でも、逃げ出すわけにはいかない。
もう一度、深呼吸をして、心を落ち着かせる。
もういい加減覚悟を決めろ。と自分に言い聞かせる。
三回、扉をノックをした。返事がない。母もいきなりのことで動揺しているのだろう。そう思い、内容を簡潔に説明する。
「母さん。ちょっといいかな…。話がしたい。僕らのこれからのこと。」
中にいる母が扉の方に向かっている足音がした。僕は息を呑んだ。そして、少しだけ後退りをしてしまう。
ゆっくりとドアが開いて、中から母がでてきた。最後に見た一ヶ月半ほど前よりさらに痩せていて、背もいつの間にか僕の方が高くなっていて、僕が見下ろす形になっていて、もう僕が知っている母さんはそこにはいなかった。でも、確かに僕の母だった。
「僕、母さんの作った味噌汁が飲みたい。」
意外にも一回出会ってしまったら、さっきまでの緊張やらどこけへ行ってしまった。だから、気づけばそんなことを言っていた。
「…え?」
僕が突拍子もないことを言ったから目を見開きながら小さな声でそう返事をした。久しぶりに聞いた母の声。もう、忘れてしまっていた母の声。どこか懐かしいようで、懐かしくない。そんな声をしていた。
母さんの料理を最後に食べたのは四年前、それ以降、母の味なんてものは感じることはできなかった。当時の僕はそれに困ることなんてことはなくて、ただそれが当たり前で。羨ましがったこともなかった。そもそも羨ましがるような友達もいなかったし。
みんなが当たり前のように飲んでいる味噌汁というもの。別にこれと言って母の味噌汁に思い出なんてあるわけでもないから、母の料理ならなんでもよかったのだけど咄嗟に出てきたが味噌汁だった。
母は何も言わず台所に立ち、味噌汁を作り始めてくれた。久しぶりに食卓に座り、久しぶりに母が料理をしているところをこの目で見ていた。みんなが毎日、当たり前に目に見ているこの光景を僕は四年ぶりに見た。
「えっと…、できた。」
持ってきたものは味噌汁一杯だけ。なんで僕だけで飲むと思っているのか。
「母さんも一緒に飲もうよ。」
僕は椅子から立ち上がり、食器棚から母の容器を取り出し、味噌汁をよそって母の目の前に置いた。
「あ…ありがとう。」
相変わらず小さな声で言った。
僕ら二人は向かい合い、四年ぶりに食卓を囲み、味噌汁を一口飲んだ。
出汁の効いた美味しい味噌汁だった。どこか懐かしくて、温かい、そんな味噌汁だった。遠い昔に飲んだから覚えてないけど、体が覚えている。そんな感覚した。
「あの…つつじ。」
四年ぶりに名前を呼ばれ、ゆっくり顔を上げ、母を見ると、母は味噌汁に口につけておらず、ただ涙を流していた。「ごめんなさい」と呟きながら。
「謝らないでよ。お願いだから。」
僕は母を責めることはできなかった。そういうと母は涙を手で拭いながらゆっくりと口を開いた。
「私…ずっとあなたに酷いことしてた。だから、こんな私なんて近づかない方がいいと思ってた。近づくときっとまた傷をつけてしまうって。」
僕はその言葉を聞いて、やっぱり僕は母の子なのだと思った。人が思っていることを勝手に想像して行動してしまう悪いところが似ている。
「僕は、ただ母さんとこうやって普通に食事をして、普通に過ごしていきたい。今すぐにじゃなくていいから、これからゆっくり、少しずつでいいから。」
だから、これからはこうやって直接言って、思っていることをちゃんと口にして会話を重ねるべきなんだと思った。
母は僕の言葉にゆっくりと頷いてくれた。
僕はそれを見て、安堵で笑みが溢れてしまう。それを隠すように少し冷めてしまった味噌汁を啜った。
次の日の朝、いつものようにベッドから起きる。
自室を出てリビングに行く。
「お…おはよう」
キッチンに母が立っていた。フライパンで何かを焼いていた。
「あ、うん。おはよう。」
やっぱりまだ気まずいらしい。僕は一旦、洗面台に行って顔を洗おうと思った。
いつもより水が生暖かいのはきっと気のせいだ。顔を洗ったのに眠気の覚めないふわふわした気持ちでリビングに行くと、テーブルにご飯と味噌汁と目玉焼きが置かれていた。
「一緒に食べましょ?」
ボケーっとしている僕に母はぎこちない笑顔でそう言った。僕は「うん」と頷いて席についた。いただきますをして、目の前に置かれたご飯を口に入れた。
何か会話をしなくてはと思っていると母の方が口を開いた。
「昨日は、本当にありがとうね。つつじが切り出してくれなかったら私からは絶対何もいえなかった。だから、ありがとう。」
「いや、僕は別に…。」
翔が背中を押してくれなかったら僕だって動いてなかった。翔、ありがとう。と心の中で強く思った。
少しだけ沈黙があり、味噌汁を啜っていたら母が何か言いづらそうにしていた。
「あのさ…今日って時間あったりする?午前中だけでいいから」
「今日は特に予定はないけど、なんで?」
今日はまだ携帯を見ていないから、もしかしてら胡蝶さんから何か誘われているかもしれないけど、ここでちょっと待ってと話を終わらせたら母はもうこの話をしてくれないかもしれない。そう思った。
「ここに行ってみたいんだけど。どうかな…?」
母が携帯を操作して、こちらに見せてきた。画面に映っていたのは、いつの日か胡蝶さんとかおりちゃんと僕で行った植物公園だった。母はどうやら僕が花が好きだというのがわかっているらしい。たまたまかもしれないけど。それか単に母も花が好きなのか。
「いいね。行こう。」
母と過ごせなかった四年間を僕はゆっくりでも取り戻して行こう。そう思った。
家に帰って一ヶ月ぶりのベッドに寝そべって考え事をしていた。
入院疲れからか、そのまま眠ってしまっていた。時計を見たら、夜の七時を指していた。
起き上がりそのまま自室のドアを開け、玄関に行く。母の靴があることを確認してそのまま母の部屋の前に向かう。
ふーと深呼吸をする。緊張で手が震えている。今にも逃げ出したい。でも、逃げ出すわけにはいかない。
もう一度、深呼吸をして、心を落ち着かせる。
もういい加減覚悟を決めろ。と自分に言い聞かせる。
三回、扉をノックをした。返事がない。母もいきなりのことで動揺しているのだろう。そう思い、内容を簡潔に説明する。
「母さん。ちょっといいかな…。話がしたい。僕らのこれからのこと。」
中にいる母が扉の方に向かっている足音がした。僕は息を呑んだ。そして、少しだけ後退りをしてしまう。
ゆっくりとドアが開いて、中から母がでてきた。最後に見た一ヶ月半ほど前よりさらに痩せていて、背もいつの間にか僕の方が高くなっていて、僕が見下ろす形になっていて、もう僕が知っている母さんはそこにはいなかった。でも、確かに僕の母だった。
「僕、母さんの作った味噌汁が飲みたい。」
意外にも一回出会ってしまったら、さっきまでの緊張やらどこけへ行ってしまった。だから、気づけばそんなことを言っていた。
「…え?」
僕が突拍子もないことを言ったから目を見開きながら小さな声でそう返事をした。久しぶりに聞いた母の声。もう、忘れてしまっていた母の声。どこか懐かしいようで、懐かしくない。そんな声をしていた。
母さんの料理を最後に食べたのは四年前、それ以降、母の味なんてものは感じることはできなかった。当時の僕はそれに困ることなんてことはなくて、ただそれが当たり前で。羨ましがったこともなかった。そもそも羨ましがるような友達もいなかったし。
みんなが当たり前のように飲んでいる味噌汁というもの。別にこれと言って母の味噌汁に思い出なんてあるわけでもないから、母の料理ならなんでもよかったのだけど咄嗟に出てきたが味噌汁だった。
母は何も言わず台所に立ち、味噌汁を作り始めてくれた。久しぶりに食卓に座り、久しぶりに母が料理をしているところをこの目で見ていた。みんなが毎日、当たり前に目に見ているこの光景を僕は四年ぶりに見た。
「えっと…、できた。」
持ってきたものは味噌汁一杯だけ。なんで僕だけで飲むと思っているのか。
「母さんも一緒に飲もうよ。」
僕は椅子から立ち上がり、食器棚から母の容器を取り出し、味噌汁をよそって母の目の前に置いた。
「あ…ありがとう。」
相変わらず小さな声で言った。
僕ら二人は向かい合い、四年ぶりに食卓を囲み、味噌汁を一口飲んだ。
出汁の効いた美味しい味噌汁だった。どこか懐かしくて、温かい、そんな味噌汁だった。遠い昔に飲んだから覚えてないけど、体が覚えている。そんな感覚した。
「あの…つつじ。」
四年ぶりに名前を呼ばれ、ゆっくり顔を上げ、母を見ると、母は味噌汁に口につけておらず、ただ涙を流していた。「ごめんなさい」と呟きながら。
「謝らないでよ。お願いだから。」
僕は母を責めることはできなかった。そういうと母は涙を手で拭いながらゆっくりと口を開いた。
「私…ずっとあなたに酷いことしてた。だから、こんな私なんて近づかない方がいいと思ってた。近づくときっとまた傷をつけてしまうって。」
僕はその言葉を聞いて、やっぱり僕は母の子なのだと思った。人が思っていることを勝手に想像して行動してしまう悪いところが似ている。
「僕は、ただ母さんとこうやって普通に食事をして、普通に過ごしていきたい。今すぐにじゃなくていいから、これからゆっくり、少しずつでいいから。」
だから、これからはこうやって直接言って、思っていることをちゃんと口にして会話を重ねるべきなんだと思った。
母は僕の言葉にゆっくりと頷いてくれた。
僕はそれを見て、安堵で笑みが溢れてしまう。それを隠すように少し冷めてしまった味噌汁を啜った。
次の日の朝、いつものようにベッドから起きる。
自室を出てリビングに行く。
「お…おはよう」
キッチンに母が立っていた。フライパンで何かを焼いていた。
「あ、うん。おはよう。」
やっぱりまだ気まずいらしい。僕は一旦、洗面台に行って顔を洗おうと思った。
いつもより水が生暖かいのはきっと気のせいだ。顔を洗ったのに眠気の覚めないふわふわした気持ちでリビングに行くと、テーブルにご飯と味噌汁と目玉焼きが置かれていた。
「一緒に食べましょ?」
ボケーっとしている僕に母はぎこちない笑顔でそう言った。僕は「うん」と頷いて席についた。いただきますをして、目の前に置かれたご飯を口に入れた。
何か会話をしなくてはと思っていると母の方が口を開いた。
「昨日は、本当にありがとうね。つつじが切り出してくれなかったら私からは絶対何もいえなかった。だから、ありがとう。」
「いや、僕は別に…。」
翔が背中を押してくれなかったら僕だって動いてなかった。翔、ありがとう。と心の中で強く思った。
少しだけ沈黙があり、味噌汁を啜っていたら母が何か言いづらそうにしていた。
「あのさ…今日って時間あったりする?午前中だけでいいから」
「今日は特に予定はないけど、なんで?」
今日はまだ携帯を見ていないから、もしかしてら胡蝶さんから何か誘われているかもしれないけど、ここでちょっと待ってと話を終わらせたら母はもうこの話をしてくれないかもしれない。そう思った。
「ここに行ってみたいんだけど。どうかな…?」
母が携帯を操作して、こちらに見せてきた。画面に映っていたのは、いつの日か胡蝶さんとかおりちゃんと僕で行った植物公園だった。母はどうやら僕が花が好きだというのがわかっているらしい。たまたまかもしれないけど。それか単に母も花が好きなのか。
「いいね。行こう。」
母と過ごせなかった四年間を僕はゆっくりでも取り戻して行こう。そう思った。
