シェヘラザードに捧げる物語




『とりあえずお伝えしたいことだけ、いいですか? ホテル側に賠償責任を求めるつもりはありません』

「はい」

『それからできれば弁護士さんに、仕事を辞めるつもりはないし、あなたと結婚するつもりはないと伝えてください』

「え」


 一瞬何を言われたのか理解できなかった。


美咲(みさき)何してるんだ!』


 電話の遠くから男性の怒号──たぶん原嶋さんのお父さん──が耳の奥まで届いて、思わず耳から離してしまった。


「あ! あの、原嶋さん……!?」


 不味いと我に返ってもう一度耳に押し当てる。無情にもツー……と電子音が流れてきて、がっくりと肩を落とした。

 かけ直してもあの様子じゃ出られないだろうし……どうしよう……。


「そうだ、ホテルに連絡!」


 悩んでいる場合じゃない。原嶋さんの言葉を伝えないと。

 私はさっそく真岡主任に電話をかける。少し震える指で連絡帳から名前をタップした。


『はい、真岡です』

「柴田です。主任、今お時間ありますか?」