シェヘラザードに捧げる物語




 ……タクシーが停まっていて、かつお客はいない。


「負けた……」


 何に負けたのかは自分でもわからない。

 それでも決めたことは決めたことだ。


「すいません、お願いします」


 運転手さんに声をかけて乗り込む。シートベルトを締めながら自宅の住所告げると、タクシーはゆったりと動き出した。

 大賀くんに連絡する理由がもう一つできた。休みの間にお金をおろさないと。


「……お客さん、病院じゃなくて大丈夫ですか?」


 しばらく進んだところで運転手さんが声をかけてきた。バックミラー越しに、重たそうな目蓋からのぞく心配そうな目と合った。


「ああ、さっき行ったところです」

「それはよかった」

「ご心配、ありがとうございます」


 やっぱり額の怪我って目立つよなぁ。髪で隠しても限界があるし……。

 額を完璧に隠すヘアスタイルを帰ったら探してみよう。


「それでその……転んだんですか?」

「あ―……ぶつけちゃったんです」