GL短編集

彼女と付き合い始めてから、私は一度も「デート」という言葉を口にしていない。
最初に会ったのは、彼女がTwitterの鍵垢で呟いていた「1987年製の特定ロットのWalkmanが欲しい」という独り言に、私が「ジャンクなら3台持ってるけど」とリプしたのがきっかけだった。
それから3週間後の夜、彼女は本当に私の部屋に来た。
玄関で靴を脱ぐなり、目を輝かせて言った。

「ねえ……今持ってるやつ、全部見せて」

それが私たちの初デートだった。
彼女は私の「物」を愛でる。

具体的には
・同一機種でもロット違い
・微妙に色味が異なる初期ロット
・箱擦れの角度が0.8度違う
・説明書の折り目位置が1mmずれている
・シリアルナンバーの末尾が「77」で終わっているもの

そういう「差異」にだけ、本気で性的なまでの興奮を覚えるらしい。
私が「これ、ちょっと珍しいよね」と差し出したTASCAMのポータブルカセットデッキ(1991年製・前期型・基板に銀ネジ仕様)を見た瞬間、彼女は頬を赤らめて、「……やばい、これ……完全に私のタイプ……」と言いながら、膝がガクガク震えていた。
その夜、私たちは結局何もせずに、ただ4時間半、彼女が私のコレクションを一つ一つ「解説」し続けた。

「このネジの頭の削れ方が、もう完全に職人さんの癖が出てる……ここ、右利き特有の45度角度で締めてる……ああ、もうだめ……」

私はただ頷くしかなかった。
それから半年。
私たちの関係は、世間一般が想像する「カップル」とは完全に別次元の軌道を回っている。

・毎週火曜22:47にコンビニで待ち合わせ

理由は、彼女曰く「その時間に点灯する蛍光灯の色温度が一番彼女の肌に合う」から。

・キスは基本的に「しない」

代わりに、同一ロットの未開封ガムテープを互いに頬に貼り合う儀式があるり

・セックスは月に1回、条件付き

条件1:その月に新しく「マニアックな個体差」を発見したものがあること
条件2:その個体差を、彼女が「これはもう運命」と認定すること
条件3:照明は必ず裸電球60W(青みがかったやつ)のみ

今夜もまた火曜の22:47。
彼女はコンビニの前に立っていた。いつもの黒いパーカー、首に巻いたSONYの旧ロゴストラップ。
私が近づくと、彼女は小さな紙袋を差し出してきた。

「……開けて」

中には、1989年製のAIWAの超激レアカラー(通称:深夜のコバルトブルー)が入っていた。
彼女は目を潤ませながら囁いた。

「これ……あなたの部屋にあるやつと、シリアルが連続番号なんだよ……?」

私は息を呑んだ。
彼女はさらに続ける。

「今夜……条件、全部揃ってるよね?」

私はゆっくり頷いた。
彼女は私の手を握り、指先で私の掌に小さな丸い傷跡をなぞるように触れた。それは去年、彼女が「この傷の形が完璧に79.2度の円弧を描いてる」と興奮して何度もキスしてきた場所だ。
そして彼女は、いつもの低い声で言った。

「……帰ろ。今夜は、多分……私、あなたの『ロット違いの個体』として、ちゃんと機能できると思う」

私たちは何も言わずに、夜の住宅街を並んで歩き始めた。
後ろから見たら、ただの地味なカップルにしか見えないだろう。
でも私たちは知っている。
この関係は、誰にも理解されない「スペックシート」でしか成立しない、
とてもとてもマニアックな恋なんだってことを。