GL短編集

「付き合うなら最低3年は続けたい」

初めてのデートで彼女はそう言った。
私はコーヒーカップを置いて、少し笑った。

「3年って、なんか雇用契約みたいだね」

「そう捉えてもいい。期間を決めておくと、お互い無駄な期待や幻想を抱かなくて済むから」

彼女の名前は香坂瑠奈、31歳。
外資系コンサル、年収は聞いていないけどスーツの仕立てと腕時計でだいたい想像がつく。
私は29歳、フリーランスのテクニカルライター。収入は波があるけど生活はできている。

「メリットを整理すると」

彼女はスマホのメモ帳を開いたまま続けた。
1.お互い結婚を急いでいない
2.価値観のすり合わせに時間をかけられる
3.途中で価値観が合わなくなったら延長しない選択肢がある
4.3年後に結婚するかどうかを冷静に判断できる

「デメリットは?」

私が聞いた。

「…恋愛っぽさが薄れる、かな」

彼女は少しだけ目を逸らした。初めて見る、わずかな動揺だった。

「それ、私にとってはメリットなんだけど」

私が言うと、彼女は一瞬固まって、それから小さく笑った。

「じゃあ決定でいい?」

「うん。3年契約で」

私たちはその場でGoogleカレンダーに「契約開始日」と「契約満了予定日」を入力した。
色はグレー。予定のタイトルはシンプルに「瑠奈&私」
それから始まった関係は、驚くほど静かで効率的だった。
記念日は忘れない。
誕生日は互いに予算2万円以内でプレゼントを決めるルールにした。
喧嘩したら24時間以内に「論点と提案」をLINEで送り合う。
セックスは基本週2回、疲れているときは事前申請でスキップ可。
同棲は2年目から検討、ただし家賃は収入比で按分。
世間が言う「ときめき」は確かに少なかった。
でも不思議と息苦しくもなかった。
3年目の冬、契約満了の3ヶ月前。
いつものようにダイニングテーブルで夕飯を食べながら、彼女が突然言った。

「延長する?」

私はフォークを置いて、少し考えた。

「条件変更の交渉がしたい」

「ほう」

彼女の目が、ほんの少しだけコンサルタントの目に戻る。

「期間を無期限に変えたい。ただし、1年ごとに自動更新じゃなくて、毎年12月31日に『今年も続けたいか』を互いに1行で報告するルールにする」

「……それは、実質プロポーズと紙一重じゃないか」

「うん。でもプラグマ的に言えば、無期限契約にした方がコストパフォーマンスがいいと思う」

瑠奈はしばらく黙ってワイングラスを見つめていた。
そして、静かに言った。

「…私、実は2年目くらいからずっと、この契約を破棄したくなかったんだよね」

「知ってたよ」

私は笑って、続ける。

「だってカレンダーの『瑠奈&私』、去年の12月からずっと色が変わってたもん。グレーから、薄いピンクになってた」

彼女は一瞬目を丸くして、それから照れ臭そうに顔を覆った。

「…バレてたのか」

「うん。ちゃんと見てるよ、私も」

その夜、私たちは初めて「契約書」ではなく、ただのLINEのトーク画面に、短い文章を打ち込んだ。

【2025年12月31日】
続けたいです。
(瑠奈)

【2025年12月31日】
私も。
(私)

送信ボタンを押した瞬間、画面の予定が勝手に色を変えた。
薄いピンクから、もう少し濃い、本当に小さな幸せみたいな桜色に。
契約期間は終わった。
でも何かは、確かに始まった。