聖女らしきものたちの暗躍

アッシュベル伯爵の喪が明けるのを待ちかねたように、父のアスランに恭しく手を取られてリンデル侯爵代理の邸にやって来たリリア夫人とマノン嬢は、邸に到着するや否や女主人の様に振る舞い、彼らの越権行為に遠慮なく苦言を呈する執事長や侍女長始め、従わない使用人たちに悉く解雇を言い渡して追い出したようだ。

ルーファスとクラウス伯父様と事前に打合せておいた通り、リンデル侯爵代理の邸を出た彼らはセントルー侯爵家に集まるように周知されていた。
その後、彼らは全員ロベール女子爵が用意した新しいリンデル侯爵邸に移り、今までと変わらずリンデル侯爵家の使用人として、両侯爵家の復興に領地で奮闘するルーファスと、懸命にクラウス伯父様の介護にあたっている義伯母様を支える為に尽力してもらっている。

侯爵代理にも、ましてやその妻に侯爵家に仕える使用人を解雇する権限などはない。
父のアスランはリリア夫人とマノン嬢に自分が侯爵代理に過ぎず、ルーファスが成人して爵位を継いだと同時に平民になる事を話していないようだ。
それでもリリア夫人と結婚し、マノン嬢を籍に入れようとしたのなら、この混乱に乗じて侯爵代理のまま居座り続け、何とかして侯爵位を手に入れるつもりなのだろう。

その事を見越していた故リンデル侯爵は、リンデル侯爵邸を売却してルーファスが成人するまでの一年間の家賃を支払った残りの金を用意するよう執事長に命じていた。
金庫に納められていた金はその金なのだ。

もしもアスランが真面目に侯爵代理の義務を果たしてきちんとルーファスに侯爵位を引き継いだなら、管理費や使用人の報酬を差し引いて残った金は報酬としてアスランに渡す事になっていた。裕福な平民として生涯暮らせる程の十分な金額のはずだった。

しかし、アスランは何も考えずに金庫の金を湯水のように使ってリリア夫人とマノン嬢に贅沢なドレスや宝飾品を買い与え、豪華な茶会や夜会を頻繁に開いては周囲に群がる地位と金に目の無い下位貴族たちを使ってローザリアの在りもしない噂をばら撒き貶め続けた。

リリアとの真実の愛を引き裂いた忌々しい元妻キャサリンの娘を引き摺り下ろし、二人の愛の結晶だと信じ込んでいるマノンが王妃となり、愛するリリアと共に未来の王妃の両親、延いては未来の国王の祖父母となって栄耀栄華を思いのままにする夢想に酔っている。

実の娘と息子を追い落とす事にも家名に泥を塗る事にも罪悪感すら湧かない様だ。
祖父母が徹底して私とルーファスから父を遠ざけた理由が今なら良く分かる。
反省や後悔は無くとも家を追われて消沈した姿を垣間見る事で、自分たちによく似ているという父親に情が湧く可能性を潰したのだ。

しかしそれももうすぐ終わる。
私とルーファスが成人となる日、父アスランとリリア夫人は平民となって彼らがリンデル邸だと思って住んでいる邸から追われ、マノン嬢は後ろ盾のない名ばかりの伯爵令嬢となる。

そして、私はもう彼らと相見えることなはない。
王族になる事が決まった日に渡された指輪を、ローザリアはじっと見つめた。


◇◇◇
王太子ブルーノは焦っていた。
このままローザリアが成人を迎え、国内外に成婚式の日取りが発表されてしまえばもう後戻りが出来ない。

この国では侯爵家以上の令嬢でなければ王太子妃にはなれず、同じ家から側妃を出す事も出来ない。その為、ローザリアに瑕疵を付けて婚約破棄をし、アスランの実子だと聞いているマノンを正式にリンデル侯爵令嬢にして新たな婚約者として発表するつもりだったのだ。
しかし、どんなにローザリアの悪行を訴えても父の国王は婚約破棄を認めてはくれない。

業を煮やしたブルーノは、側近たちの賛同と協力を得て強硬手段をとる事を計画した。
王宮で開く夜会でローザリアの悪行を公表して断罪し、婚約破棄を言い渡してマノンを新たな婚約者にすることを宣言しようとしたのだ。
王太子として宣言してしまえば、国王のお叱りや一定期間の謹慎はあろうとも何とかなる。

しかし、何度夜会を開いても欠席を続ける婚約者のローザリアにイライラを募らせていた。
一度目は見送った。
二度目には夜会が始まっても姿を見せないローザリアに、側近の令息を部屋まで迎えに行かせたが、扉を開けることなく侍女から欠席を伝えられたと言って戻って来た。
婚約者のエスコートが無ければ入場直前であっても欠席が認められている事を盾に取られては責める事も出来なかった。

ブルーノとローザリアの成婚式の日取りを発表する王宮舞踏会は二か月後に迫っている。
もう時間がない。
その前に何としてもローザリアが断れない理由を付けて夜会に出席させなければならない。
国王陛下から指示を受けた宰相他、周囲の貴族たちに握りつぶされない様に、多くの貴族の耳目のある所で断罪して宣言する必要があるのだ。
最期のチャンスは彼女の誕生日だ。
折しもその前日に国内の視察に出た国王が戻る前に済ませてしまう。


主役が欠席は流石に出来ないだろうと思ったが、彼女が主催でない以上、欠席の可能性は否定できないと側近から指摘を受け、仕方なくその日はローザリアをエスコートすると手紙を出した。
入場だけで良いのだ。それでも涙を浮かべて可愛い嫉妬をするマノンを説得し、その後はずっとそばを離れないと囁きながら抱きしめて約束した。

そしてその日の午後、マノンから知らせを受けたというアスランから面会の要請があり、夜会当日にマノンのエスコートを依頼するのにもちょうど良いと思い、軽い気持ちで面会したのだ。

しかし、アスランから密やかに語られた事情を聞いてブルーノは驚愕した。

リンデル侯爵だと信じて疑っていなかったアスランは侯爵代理でしかなく、ローザリアの双子の弟ルーファスが爵位を継承する事、そして、ルーファスに成人となった誕生日に爵位継承の書類を提出されてしまえば、アスランとリリア夫人は平民となり、マノンはかろうじて伯爵令嬢の身分であっても後ろ盾も資産も失ってしまうというのだ。
そうなれば、マノンは今までリンデル侯爵家の庇護のお陰で保留にしていた、アッシュベル伯爵家に残された借金の肩代わりに娼館に売られてしまうと、鬼気迫る形相で伝えられた。

つい先日、リンデル侯爵家の重要書類をローザリアが勝手に持ち出しているから回収しなければならないとマノンから涙ながらに訴えられた。踏み込んだローザリアの私室で隠し金庫を見つけた事で、悪事の疑念は確信に変わったのだ。念のためそれ以外からも書類らしいものは全て持ち出して渡している。

その重要書類というのが、爵位継承書類だったのか。
一瞬、ブルーノの脳裏に爵位簒奪の文字が浮かんで血の気が引いたものの、続くアスランの話で腑に落ちた。

アスランは言い募る。

「私が爵位継承書類の原本を握って侯爵代理のままであればマノンを助ける事が出来るのです。折を見て王太子殿下のお口添えがあれば、リンデル侯爵位は順序通り私が引き継ぐ事が出来ると思うのです。そうなればマノンを正式にリンデル侯爵家の令嬢にすることが出来ますし、マノンが王太子妃になった暁には十分な後ろ盾になる事をお約束します。そもそも正当な順番であれば私が侯爵を継ぐのが当然なのです」

そうだ、アスランは正当な侯爵家の跡取りだったはずだ。なのに、何故廃嫡されたのか。
ブルーノに浮かんだ疑問の表情を見て取ったアスランは答えた。

「マノンを授かった事からもお分かりかと思いますが、私とリリアは崇高な愛で結ばれていました。それなのに、両親と元妻は権力と婚約者である事を盾に男爵令嬢だったリリアと私を無理やり引き裂き、更に子が生まれた後は私を用済みとして廃嫡したのです。鬼畜の所行とは正にこの事でしょう。それに、あの息子は子がないセントルー侯爵家の権利も持っているのですからそちらを継げばいいのです」」

唇を噛み悔しさを滲ませて言い募るアスランの顔を見て、ブルーノはその状況を自分とマノンに重ねた。最愛のマノンと引き裂かれ、ただ婚約者であると言うだけのローザリアとの婚姻を強要されるなど、既にマノンの滑らかな肌とその温もりを知ってしまったブルーノにはもう考えられない事だった。

「どうすれば良い」

その問いに、アスランはブルーノに近づき声を落として告げた。

「先ず、爵位継承の書類が提出されたと同時に殿下の手元に渡るように手配をお願い致します。
金に困っている役人は探せば必ず居ります。その者にこれを渡して提出された書類を殿下に届けるように言い含めて下さい。これで誰が提出しても受理を阻止できます」

そう言って金貨が詰まった小さな革袋をブルーノの目の前に置いた。

「それから、あの姉弟が動けないように身柄を拘束してもらいたいのです。
殿下はあの娘を夜会で断罪するとマノンから聞いています。その後、地下牢へ収監して処罰を与えて頂ければ、それを聞いた息子は必ず娘の下に駆け付けるでしょう。面会を禁じておいて、それを圧して面会を求めれば王太子命を無視したと断罪して捕らえ下さればよろしいのです。その間に、命令を無視した事を咎に、殿下が息子の爵位継承を取り下げて私を侯爵と認める手続きを進めて頂ければ全て丸く収まります」

その言葉に、ブルーノは金貨の入った革袋を握りしめて頷いた。
根柢の思惑はそれぞれだが『マノンを王太子妃に』という、二人の目の前に広がった甘すぎる夢想は、自ら足元に穿った墓穴を覆い隠すには十分だった。