海に溶けた白

目の下に雪のようにクマを積もらせた社畜の猫24歳ーメルは純粋だった。今日は親友のキャメロンと彼の手作りの船に乗って海に行く。
青い空に羊みたいな白い雲がぽっかりと浮かび海と空の境界線がわからない。塩っぽいにおいが立ち上りあたりを包む。よもやま話に彼らは花を咲かせ始めた。優しくて暖かかった。それと同時に壊れやすかった。こんな時間がずーっと続けば良いんだ。メルの頭に浮かんでは消える叶わない欲望。元々小学生の時から優等生だった。でも入社した会社が壊れている会社だった。圧力鍋部長に歯車にされているのだ。
「ね ここまで来てくれてありがと」
いやに泣きそうになった。キャメロンが作った船は二人で乗るにはかなり狭かった。ギシギシと波で揺れている。波が白波を立て揺れる。ふっと会話が途切れてしまう。メルは波のほうを見た。
「あっ」
青に緑を程よく混ぜた柔らに光る石が覗いていた。
あぁあちらの石のほうへ行きたい…メルに願望が生まれる。

              『メッメル危ないっ』

メルが我に返る。彼はきしむ船から体を伸ばしていた。遅かった。ばしゃんっ
一瞬時が止まった。 気がした。美しいはずの海に細くて弱そうなメルの体が落ちる。海が荒れ始める。メルの大きな瞳に焦って泣きそうなキャメロンの顔が映り込む。必死に彼はもがき始めた。キャメロンが助けようとするが荒れる海の上ではそれが許されない。4分ほど経過した。
メルから少しずつ大切なもの。生きるのに必要なものが失われていった

光が消える

音が消える

気力が、気力が抜けていく

ごめんね、キャメロン。声にはならなかった。でも届いたよねメルはそう思う


抜け殻みたいなメルは塩で痛くなった目をゆっくりとつむった。

      あの石は何処かで


そう、あれは寂しい幼少期のこと。勉強が終わった後よく彼は外へ行った。両親が共働きで帰ってくるのは夜。誰も話しかけてくれない寂しい公園でベンチに座り空を眺めるのが日課だった。そんな時、あの優しい光の中に狂気を含ませたような光を放つ石があったのだ。「待ってたよ」そんな声が聞こえるようだった。吸い寄せられるように、その石に近づいた幼い彼は、小さい宝物を花の香りのする清潔なポケットにしまって帰ったのだ。しかし

その後の記憶がない。

母によれば高熱を出して寝込んでしまったと聞いた。

 ここにあったのか。あの石はぬくもりの結晶に愛されなかった人の憎しみも結晶になってできた石であり、寂しさで満ちた誰かの幼少期のかけらだったのかもしれない。メルの白くて艶やかな白い手が今、壊れて崩れそうな石を包む。やっと帰る場所を見つけたみたいに穏やかな顔をしていた。音も何もかもなくメルの身体は海に世界に溶けていく。優しかった。自分のことなんか後回しにしていた。でも几帳面な性格でブラッシングを欠かさなかった。彼はこの思いだけを胸に立って行った「ありがとう、キャメロン。ずーっと幸せだったよ。」
「メルーーーメルーー」
船のへりに爪を立てて、叫ぶキャメロンの声はもう誰にも届かない。一緒にブラッシングをしていた日々、けれど届かなくなって。

あの時手をつかんでいれば

あの時…あの時…
後悔が波のように押し寄せる
キャメロンの声が海に飲まれる。声が枯れてもキャメロンはメルの名を呼び続けた。海にメルの白さと純粋さが溶けて海がすこし前よりも清らかになった。

今も何処かでメルの純粋さと白さの溶けた海があるかもしれない。
                          END