猫又のあやかし・ニャーコの声が、保科くんの式神から聞こえた。
「ニャーコ。一体何が起きているんです?」
問いかけた保科くんに、彼女は焦ったように叫んだ。
『妖魔暴走にゃッッ!』
「「スタンピード!?」」
妖魔暴走。
陰陽師の長い歴史の中でも数百年に一度あるかないかという、妖魔の異常な集団発生・集団暴走のことだ。
その危険度合いは月食の際の十倍以上と、何冊もの歴史書に記されている。
「詠暦院の観測では、あと二百年は起こらないはずなのに……まさか!?」
「あぁ、僕の母親やろな!」
詠暦院が発生を予測出来なかったということは、自然発生ではない。作為的なものだ。
「芦ヶ谷さん、これを!」
保科くんが押し付けてきたのは、五芒星が描かれたペンダントだった。
「なんや、くれるん?」
「護身の術がかかっています。無いよりマシかと」
「おおきに。せやったら、僕はこれ」
シロの脱皮した時の抜け殻と、生え変わりで取れた牙を懐から出し、押し付ける。
術師なら、一瞬触れただけでその妖力が分かるはず。
「凄い妖力……!」
「結界の足しにしぃや」
事態は一刻を争う。
詠暦院の術師は緊急時、大規模結界を張ることになる。
さらに彼の場合、負傷した陰陽師の治癒も並行しなくてはならない。妖力はいくらあっても足りないはず。
一方調妖院の僕はもちろん、前線で妖魔を鎮圧する必要がある。
「──周くんやったら、あの女の居場所も詠めるよな!」
「当然です、すぐにお伝えします! ──緋暮さん」
唯一の治癒術師にして、東部一の詠み手が頷く。
「ご武運を!」
「互いにな!」
振り返りはしない。顔を見なくても、信頼は伝わっていた。
そのまま僕らは、反対方向へと走り出した。
