「……にげ、て」
「逃げるわけないでしょ! ぼくが……ぼくが、治しますから!」
傷口に触れて、妖力を込める。
しかし、何も起こらない。傷は治らない。
視界は赤いのに、頭は真っ白になっていく。手の震えが止まらない。
「治れ、治れよ……! 何でっ」
――何が治癒師だ、何が予言だ……!
大切な人が目の前で傷ついているのに、目覚めもしない能力なんて!
悔しさと怒りと情けなさと恐怖とで、思考がグチャグチャになる。
「周、くん」
傷口を押さえるぼくの手に、椿さんの手が重ねられた。
「大丈、夫……だ、よ」
ぼくを安心させるように、彼女のあたたかな妖力が流れ込んできた。
――カチッ。
その時、ずっと探していたパズルのピースが嵌ったような感覚がした。
そうだ、簡単な話だったんだ。この光は……ぼくの中にもある。
次の瞬間には、本能で理解していた。――治癒能力の使い方を。
「【令百由旬内、諸衰患無。左に廻せ、其の円環――妖脈遡及】」
――ぶわぁっ!
頭に浮かんだ呪文を唱えると、手の甲の紋様が輝き出す。眩い光に包まれた彼女が目を開けると、傷口は完全に塞がっていた。
「今の、治癒能力……!?」
「使えるようになった、みたいです」
振り返ると、結界の外から覗き込んでいた妖狐と視線が合う。
突如光に包まれ、回復した椿さんを見て驚いているようだった。
――パチンッ。
指を鳴らすと今度は、妖狐のみを閉じ込める結界ができた。
今度は破られる気が一切しなかった。
「椿さん……いけますか?」
「もちろん!」
ニコッと笑った彼女は浄護符を取り出し、錫妖杖で突いた。
「【我は汝を還す者、揺蕩い巡る現世の花。罪を流すは慈悲の雨。赦しの灯火、いま宿せ】!」
杖の先から溢れる柔らかな光の粒に、妖狐が包まれていった。
