あやしき恋と陰陽師!

 ロビーに戻ると、さっき話したばかりの犬飼さんが微妙そうな顔で立っていた。

「あー、緋暮。お前にお客さんだ」
「お客さん?」

 嫌な予感がした。犬飼さんの後ろから、詠暦院の制服を着た美少女がしずしずと歩いてくる。

「初めまして」
 
 長い黒髪に、雪のように白い肌。日本人形みたいな美少女がそこに立っていた。
 
「緋暮さまの許嫁に決まりました、北條撫子(ほうじょうなでしこ)と申します」
「許嫁!?」
「北條家……父上と仲良くしてはる家やね」

 動揺する私を他所に、緋暮はびっくりするほどいつも通りの顔をしていた。
 
「ええ。私の父は北部陰陽寮にて、寮長を務めておりますから」

 えっと、ウチの寮長は犬飼さんだから……撫子ちゃんのお父さんも同じくらい偉い人ってことだ。
 
「許嫁ね。君も勝手に決められて可哀想に」
「いいえ」

 首を振った撫子ちゃんは、緋暮の手を取る。

「私は緋暮さまを、お慕いしておりましたから」
「……っ!?」

 目の前で起こった唐突な告白に、息が止まる。
 
 緋暮はため息をつき、握られた手をゆっくりと離した。
 その手つきが意外にも丁寧で、胸の奥にもやもやが溜まる。

「僕ら初対面やのに? 話にならんわ」

 彼女を見る緋暮の視線は、憐れんでいるように見えた。

「気づかへんの? 君は駒や。あの男……僕の父に、ええように使われとるだけ」

 彼は「あの男」と吐き捨てるように言う。忌々しい、みたいな口調だった。
 緋暮はお父さんにスパイとして送り込まれたって言っていたし、複雑な親子関係なんだろう。

「悪いけど、僕が君を好きになることはあらへんよ」

 その言葉に、彼女は一瞬怯んだように眉をくしゃっと歪めた。
 
「……だとしても、これは芦ヶ谷家当主のご決定。既に決まったことなのです」

 撫子ちゃんはそれだけ言い残し、踵を返す。
 緋暮は彼女を、無言でただ見送るだけだった。

 ズキン。
 じくじくとした痛みと不安が纏わりついてくる。