さて、準備はもういいかしら。
トランクを閉めて立ち上がった時、バタバタと外から慌ただしい音が聞こえる。
――さっそく来たわね。
私は息をスッと吸い込むと姿勢を正し、扉を見つめる。
やがてノックもなく、勢いよく扉が開く。
「リディア!!」
顔を出したのは憤怒に顔を染めている父、ノクティス侯爵だ。続いて義母も登場した。
「あら、お父さま。どうしましたの?」
私は冷静に努めようと、にっこりと微笑んで見せる。
「お前はなにをしたのか、わかっているのか? ギルバートに大変失礼な態度を取ったそうだな!?」
「それは違いますわ。先に失礼なことを言ってきたのは、あちらですし。無礼には無礼で返しただけです」
毅然とした態度を崩さない。
私が謝ればうまくいく、それが一番波風立てない方法だと思っていた。――今までは。
でも、残りの人生のカウントダウンが始まっている私には、もう怖いものなどなにもない。
「お前はエルマー商会との縁を潰す気か!! なにを考えている」
「そうよ、リディア。魔力のない落ちこぼれでもいいって言ってくれる方なんだから!! この縁を逃すともう他にないわ!!」
横から義母も口を出してくる。
「お姉さまってば、私が王宮魔術師に任命されるかもって大事な時なのに、醜聞になって私の顔に泥をぬるつもり!?」
レオナも飛び込んできて、三人そろって私を責め立てる。
「今すぐに謝罪に行くんだ!!」
「そうよ、今ならまだ――」
息を深く吸い込み、腹の底から声を出した。
「うるさーーーーーーい!! 黙れーーーーーー!!」
興奮状態になり、肩で息をする。
私のこんな大声を聞いたことがなかった三人一同、その場で固まった。
私は三人の顔をグルッと見回し、思いを吐き出した。
「ギルバート・エルマーとは結婚しません!!」
堂々と宣言すると、皆がギョッとした顔をしている。
「ふ、ふざけるな!! そんなわがままが通用すると思っているのか!!」
顔を真っ赤にして喚き散らす父を鼻で笑う。
「ノクティス家のため、レオナのためにも結婚しなさい!!」
「そうよ、お姉さま。よく考えた方がいいわ。冴えなくてもいいって言ってくれる、貴重な方なのよ」
私を恫喝したり、なだめに回ったり、忙しいことで。
でもね、私はもう決めたのだから。
「嫌です。絶対に謝罪もしませんし、結婚もしません」
両腕を組み拒絶する。これほどまでの頑なな態度を見たことがなかった彼らの困惑が、手に取るようにわかる。
父は次第に肩を震わせ始めた。
「なにが不満だ、言ってみろ」
「不満? それでしたらすべてですわ」
私を雑に扱う皆を前にして、両手を上げて大げさに肩をすくめた。
すると父は真っ赤な顔で私を指さした。
「そんな勝手な行動が許されると思うなら、今すぐここから出て行け!!」
「はい、喜んで!!」
もとよりそのつもりよ。
私はにっこり笑って、大きくうなずいた。
まさか私が了承するとは思わなかったのだろう。皆は大きく目を見開いた。まったく、三人同じ表情をするのだから、笑ってしまうわね。
「か、家門から名前を抹消するからな!」
「はい、どうぞお好きに」
父はもう振り上げた拳を下げることができないのだろう。
できることなら、もう少し静かに出て行きたかったが、それも叶わない。
「私はもう、この家に使われるのは、まっぴらなのですわ」
にっこり微笑むと、トランクを手にする。
あっ、そうだ。これも―――いらないわ。
私は分厚い眼鏡を外すと、そっとテーブルに置いた。余計な物は置いていくことにする。荷物が増えるのもあとあと困る。本当に必要な物だけ持っていこう。
こんな眼鏡などなくても、私の目ははっきりと見えるのだから。
そしてぼう然としている彼らに、最後に声をかけた。
「それでは皆さん、さようなら」
そのまま振り返ることもせず、トランクを片手に屋敷を出る。
使用人ふくめ誰一人、私を見送りする者はいなかった。
私はこの家からいなくなっても、誰からも惜しまれない存在ということだ。
いっそここまでくると、清々しいわね!!
悲しいというよりも、家族というしがらみから解放された喜びで胸がいっぱいだ。
これからの自由な日々を想像するとワクワクしながら、屋敷の外へ一歩踏み出した。
トランクを閉めて立ち上がった時、バタバタと外から慌ただしい音が聞こえる。
――さっそく来たわね。
私は息をスッと吸い込むと姿勢を正し、扉を見つめる。
やがてノックもなく、勢いよく扉が開く。
「リディア!!」
顔を出したのは憤怒に顔を染めている父、ノクティス侯爵だ。続いて義母も登場した。
「あら、お父さま。どうしましたの?」
私は冷静に努めようと、にっこりと微笑んで見せる。
「お前はなにをしたのか、わかっているのか? ギルバートに大変失礼な態度を取ったそうだな!?」
「それは違いますわ。先に失礼なことを言ってきたのは、あちらですし。無礼には無礼で返しただけです」
毅然とした態度を崩さない。
私が謝ればうまくいく、それが一番波風立てない方法だと思っていた。――今までは。
でも、残りの人生のカウントダウンが始まっている私には、もう怖いものなどなにもない。
「お前はエルマー商会との縁を潰す気か!! なにを考えている」
「そうよ、リディア。魔力のない落ちこぼれでもいいって言ってくれる方なんだから!! この縁を逃すともう他にないわ!!」
横から義母も口を出してくる。
「お姉さまってば、私が王宮魔術師に任命されるかもって大事な時なのに、醜聞になって私の顔に泥をぬるつもり!?」
レオナも飛び込んできて、三人そろって私を責め立てる。
「今すぐに謝罪に行くんだ!!」
「そうよ、今ならまだ――」
息を深く吸い込み、腹の底から声を出した。
「うるさーーーーーーい!! 黙れーーーーーー!!」
興奮状態になり、肩で息をする。
私のこんな大声を聞いたことがなかった三人一同、その場で固まった。
私は三人の顔をグルッと見回し、思いを吐き出した。
「ギルバート・エルマーとは結婚しません!!」
堂々と宣言すると、皆がギョッとした顔をしている。
「ふ、ふざけるな!! そんなわがままが通用すると思っているのか!!」
顔を真っ赤にして喚き散らす父を鼻で笑う。
「ノクティス家のため、レオナのためにも結婚しなさい!!」
「そうよ、お姉さま。よく考えた方がいいわ。冴えなくてもいいって言ってくれる、貴重な方なのよ」
私を恫喝したり、なだめに回ったり、忙しいことで。
でもね、私はもう決めたのだから。
「嫌です。絶対に謝罪もしませんし、結婚もしません」
両腕を組み拒絶する。これほどまでの頑なな態度を見たことがなかった彼らの困惑が、手に取るようにわかる。
父は次第に肩を震わせ始めた。
「なにが不満だ、言ってみろ」
「不満? それでしたらすべてですわ」
私を雑に扱う皆を前にして、両手を上げて大げさに肩をすくめた。
すると父は真っ赤な顔で私を指さした。
「そんな勝手な行動が許されると思うなら、今すぐここから出て行け!!」
「はい、喜んで!!」
もとよりそのつもりよ。
私はにっこり笑って、大きくうなずいた。
まさか私が了承するとは思わなかったのだろう。皆は大きく目を見開いた。まったく、三人同じ表情をするのだから、笑ってしまうわね。
「か、家門から名前を抹消するからな!」
「はい、どうぞお好きに」
父はもう振り上げた拳を下げることができないのだろう。
できることなら、もう少し静かに出て行きたかったが、それも叶わない。
「私はもう、この家に使われるのは、まっぴらなのですわ」
にっこり微笑むと、トランクを手にする。
あっ、そうだ。これも―――いらないわ。
私は分厚い眼鏡を外すと、そっとテーブルに置いた。余計な物は置いていくことにする。荷物が増えるのもあとあと困る。本当に必要な物だけ持っていこう。
こんな眼鏡などなくても、私の目ははっきりと見えるのだから。
そしてぼう然としている彼らに、最後に声をかけた。
「それでは皆さん、さようなら」
そのまま振り返ることもせず、トランクを片手に屋敷を出る。
使用人ふくめ誰一人、私を見送りする者はいなかった。
私はこの家からいなくなっても、誰からも惜しまれない存在ということだ。
いっそここまでくると、清々しいわね!!
悲しいというよりも、家族というしがらみから解放された喜びで胸がいっぱいだ。
これからの自由な日々を想像するとワクワクしながら、屋敷の外へ一歩踏み出した。
