【WEB版】無能才女は余命わずかなようなので、 最後に好きにさせていただきます ~クズ家族と離れたら健康になるどころか、稀代の才能が開花しました~

 ああ、ここまで心配されては正直に告げるべきだわ。どのみち今日の診察のあとに、彼には余命の話をするつもりだったのだから。

「……わかった。全部話すわ」

 降参といわんばかりに両手を上げた。小さく息を吐き出すと、アレクの肩がピクリと震える。

「まずは座って。紅茶のおかわりを用意するから」

 私はそそくさと紅茶を準備する。
 ふと窓の外を見ると夕日は落ちて、薄暗い夜になっている。

 今夜は長くなりそうね――。

 すべて話す覚悟を決めて、アレクと向き合った。

 ***

「――それで半年ぶりに診察に行ったら、健康そのものだって判明したの。誤診だったのかもしれないけれど、確かに半年前は心臓の鼓動がおかしかったみたい。けれどそんなことってあるのかしら? 街では名医だっていわれている先生に診察してもらったのだけど」

 さきほどから私ばかり一人で話している。アレクは時折、相づちを打つぐらいで口を挟んでこない。

 だが逆に、その静かな反応が怖い。どう思われているんだろう。
 空気が重くなるのが嫌でわざと明るくふるまう。

「でも、余命が一年って言われたから、ノクティス家から飛び出す決意もしたし、自分らしく生きようと思えたの。そう考えると余命宣告も悪かったことばかりじゃなかったわ」

 そうだ、私がここでこうやって過ごしているのも、あの余命宣告からだ。

 人生の転換期だった。

 それにしても、さきほどから無言のアレクが気になる。ずっと黙っていたことを怒っているのだろうか。

 私は手にしていたカップをテーブルに置くと、ソファにいるアレクの隣に移動した。

「も、もしかして怒っている?」

 おずおずと顔をのぞき込むとアレクと目が合った。青色の瞳をゆがめ、一瞬、泣き出しそうに見えたほど、辛そうだった。

「すまなかった」
「え、なぜ?」
「そんな辛い時だったのに、気づいてやることができなくて。一人で闘っていたんだな」
「えっ……」

 てっきり黙っていたことを責められるかもしれないと、覚悟していた私は驚いた。

「お、怒ってないの」
「怒っているさ」

 やっぱり、怒っているんじゃないか!

「だが勘違いしないで欲しい。俺が怒っているのは気づいてやれなかった自分自身だ。それにリディアも大変な時だったというのに、テオドールの治療を任せてしまって申し訳なかった。治療を受けるべきだったのは、テオドールだけじゃなかったのに。――悪かった」

 想像もしていなかった優しい言葉をかけられて、不意に泣き出しそうになる。

 こんなに優しい言葉は、誰からもかけてもらったことがない。
 仮に今回のことを家族に話したとしても、ここまで心配してくれただろうか。

 なぜ家族でもないアレクが気遣ってくれるのだろう。優しさに触れ、それまでの緊張が一気に溶けてしまったようだ。

 一筋の涙が自然と頬を伝う。

「一人で抱えて辛かっただろう。だが、もう大丈夫だ」

 アレクはそっと手を伸ばすと、私の頬に指を滑らせた。
 触れる手つきから優しさを感じ、そこからはとめどなく涙が流れた。

 そっか。私、本当は余命宣告されたこと、すごく怖かったんだ。

 平気なふりして笑って『私は大丈夫だから』なんて言葉で自分を守っていたけど、胸の奥ではずっと震えていた。
 
 誰にも弱音を吐けなくて、泣く場所もない。

 前を向くしかないと、強がっていた部分もあった。

 けどこうやって支えてくれる人が初めて側にいて、張り詰めていた糸が切れた。

「……大丈夫。もう一人で抱えなくていい」

 そう言ってくれた彼の腕の中で、私は初めて声を上げて泣いた。

 そっと背中に回された腕、耳元で私を落ち着かせるかのようにささやく低音の声。
 なだめるように一定のリズムで背中をさする仕草に、涙が止まらなくなる。
 
 温かい――。

 ただ静かに側にいてくれるアレクに、ギュッとしがみついた。