【WEB版】無能才女は余命わずかなようなので、 最後に好きにさせていただきます ~クズ家族と離れたら健康になるどころか、稀代の才能が開花しました~

 今まで経験したことのない力、胸の奥からわきあがってきたそれは手のひらから、シリルの背中に流れた。
 やがてシリルの咳が聞こえなくなった。

「なんだか、リディア姉ちゃんに背中さすってもらったら、楽になった気がする。ありがとう」

 シリルはお礼を言うと、部屋で寝ると言い、立ち去った。
 私は自分の右手をジッと見つめた。
 実は最近、全身から駆け巡ってくる力を感じることがある。これはなんだろう?

 私の感が正しければ、もしかしてこれは――魔力かもしれない。

 自分の直感にギュッと手を握りしめた。

 家に戻ると、さっそく本を広げた。

 無能と蔑まれていた私だけど、王宮魔術師を多く輩出していた魔力の名門、ノクティス家の長女だ。
 魔力を使えるようになっても不思議ではない。

 でも、なんで今さら? もしかして環境が変わったことでストレスから解放されたおかげとか?
 なんだか良くわからないけれど、魔力が使えるようになったら、最高じゃない!

「これを機会に、いろいろ試してみますか!!」

 今まで本から得た知識で、実際にやってみたかったことがたくさんあるわ。
 チャレンジする時がきたのだ。失敗を恐れる必要はないと、意気込んだ。

 それから三日後、朝食を食べ終えると、収穫を終えたばかりの野菜をカゴに詰め、小高い丘の別荘地に向かう。隣の家のおかみさんの紹介で月に数回、野菜を卸す契約を交わしている。

 別荘の裏口に回り、調理場に繋がる扉を開ける。私に気づいたメイドの一人が近づいてきた。

「こんにちは、こちらが今日の野菜になります」
「あら、ご苦労様。この前のほうれん草、とって美味しかったわ。えぐみも少なくて」
「本当ですか、良かったです」
「甘みがあって、キッシュにしたらお坊ちゃまもたくさん食べてくれてね」

 お坊ちゃまとはこの別荘に療養に来ているテオドール様のことだ。
 以前、野菜を卸した帰りに、偶然にも散歩中の彼と遭遇した
 金髪碧眼で整った顔立ちをしていたが、顔色が優れないのが気になった。

 年齢は八歳。胸の病を患い、私がこの地にくる三か月前から、療養に来ているそうだ。あまり公にしたくないらしく詳しいことは不明だが、身なりとふるまいから、高位貴族だと思う。
 なぜか私を気に入ってくださり、野菜を卸したついでに、話し相手として呼ばれることが増えた。
 この屋敷の使用人たちは大人が多く、皆が落ち着いた雰囲気なので、遊び相手に飢えているのかもしれない。
 話し込んでいると執事長のコンラッドさんが調理場に顔を出す。

「リディア、ちょうど良かった。お坊ちゃまに顔を見せてくれないか? リディアが次にいつ来るかと、心待ちにしていたから」
「はい、わかりました」

 即答し、コンラッドさんが案内する後に続いた。
 やがて重厚な扉の一室の前で立ち止まると、コンラッドさんはノックをした。しばらく間があったあと、返事が聞こえる。
 コンラッドさんが扉を開けると、まずは大きなベッドが視界に入る。そしてベッドで身を起こし、本を手にしていたテオドール様がこっちを見ていた。

 私に気づくと弾かれたような笑みを浮かべた。

「リディア!」
「お久しぶりです、テオドール様。体調はいかかですか?」

 コンラッドさんに中に入るように目で合図されたので入室する。

「今日はなにをしていたのです?」
「本を読んでいたんだ。本当はリディアが来る日だとわかっていたから、外で待とうと思っていたんだけど、咳がひどくて。みんなに止められたから、大人しく部屋で待っていた」
「いい子にしていたのね」

 私は手を伸ばすと、テオドールの柔らかな髪をそっと撫でた。テオドールはくすぐったそうな顔を見せるも、少し照れくさそうだ。
 二人っきりの時は敬語も使わず気楽にふるまうし、名前を呼ぶ。これは彼自身が望んだことだ。

「この前、リディアが持ってきたほうれん草で作ったキッシュ、すごく美味しかった!」
「それは良かった。スープにしても美味しいわ。次はもっとたくさん持ってくるわね」
「僕のお兄さまにも食べさせてあげたいな。お兄さま、ほうれん草が苦手なんだ」

 テオドールから家族の話をよく聞いていた。嬉しそうに話す様子から兄とは仲がいいのだろう。
 興奮したせいかテオドールは咳き込み始めた。見ていると、こっちまで辛くなってくる。
 そっと手を伸ばし、背中に触れた瞬間、全身に鳥肌が立った。直後、手にビリッと痺れるような感触が走り、慌てて引っ込めた。