【完結】Blackberry

side一ノ瀬燐牙

――会長。

その二文字が、俺の肩にのしかかる。

鬼千会本部の大広間。
黒いスーツに身を包んだ連中が、ずらりと並んでいる。
百人はいるだろうか。
全員が、俺を見ている。

値踏みする目。
探る目。
気に食わねぇ、って顔。

今日から、俺はこいつら全員の上に立つ。

「……以上をもって」

司会役の幹部が、硬い声で告げた。

「一ノ瀬燐牙を、鬼千会第六代会長とする」

拍手が起きる。

だが軽い。
心の入ってねぇ音だ。

当然だ。
若い。
しかも――女房持ち。

俺は一歩前に出た。

空気が、ぴんと張り詰める。

「……今日から俺が会長だ」

自分の声が、妙に遠く感じた。

「先に言っとく。
 俺は、鬼千会を変える」

ざわつき。

予想通りだ。

「安心しろ。
 根っこまで捨てる気はねぇ」

視線を、幹部席に向ける。

「だが、このままじゃ先はねぇ。
 外国マフィアも、警察も、世間も――
 全部、俺たちを潰しに来てる」

誰かが鼻で笑った。

「生き残るために、やり方を変える。
 それだけだ」

沈黙。

「甘ぇと思うなら、俺を引きずり下ろせ」

場の空気が凍る。

「その代わり――
 俺は、逃げねぇ」

拍手が起きた。
さっきよりは、少し重い。

それでいい。
今はそれで十分だ。

---

式が終わり、俺は会長室へ通された。

広い。
無駄に広い。

重たい机、革張りの椅子。
壁に飾られた、歴代会長の写真。

――ここが、俺の居場所になる。

そう思った瞬間、胃の奥が重くなった。

ノックの音。

「……入れ」

入ってきたのは、古参の幹部たちだった。

案の定、話は一つ。

「会長」

年嵩の男が、遠慮のない目で俺を見る。

「奥方の件ですが」

来たか。

「組の方針に、口を出しているという噂がある」

「女を会長の横に置くなど、前例がない」

俺は椅子に深く座り、足を組んだ。

「梨紗は、俺の妻だ」

それだけで、空気が変わる。

「そして――
 俺は、あいつの意見を聞く」

ざわり、と幹部たちの気配が揺れた。

「勘違いするな」

俺は低く言う。

「最終判断をするのは俺だ。
 責任を取るのも俺だ」

「だが、あいつの考えは甘くねぇ。
 むしろ、この世界を知ってるお前らより、
 先を見てる」

誰も反論しない。
出来ない。

「文句があるなら、俺に言え。
 ――妻に向けた瞬間、敵だと思え」

それで話は終わりだ。

幹部たちは、納得していない顔のまま、頭を下げて出て行った。

扉が閉まる。

静かだ。

俺は、ゆっくりと息を吐いた。

正直――
怖くないと言えば、嘘になる。

だが。

この道を選んだのは、俺だ。

そして――
一人じゃない。

「……お疲れさま」

背後から、聞き慣れた声。

振り返ると、そこに梨紗がいた。

もう“隠す関係”じゃない。
俺の妻だ。

「来るなって言っただろ」

「でも」

小さく笑って、近づいてくる。

「今日くらいは、言わせて」

俺の前に立ち、まっすぐに言う。

「おめでとう、会長」

思わず、息が抜けた。

俺は立ち上がり、梨紗を抱き寄せる。

「……敵だらけだ」

「知ってる」

「この世界は、優しくねぇ」

「それも、知ってる」

梨紗は、俺の胸に手を当てた。

「でもね。
 あなたが立つ場所なら、
 私は隣にいる」

その言葉で、腹が決まった。

守る。
組も、未来も、
――この女も。

俺は会長になった。

だがそれ以上に、
一人の男であり、
一人の夫であることを、
忘れるつもりはねぇ。

鬼千会は、
ここから変わる。

俺のやり方で。