【完結】Blackberry

side 一ノ瀬燐牙

夜明け前。
空はまだ完全に白みきらず、街は息を潜めている。

海勝会の本拠地は、港湾地区の倉庫街。
古いコンクリートの建物に、欲と血と裏切りが染みついた場所だ。

「配置、完了しました。」

インカム越しに兵藤の声が入る。

「無理はするな。
引く時は、必ず引け。」

『燐牙さんこそ。』

俺は短く笑った。

――引くつもりはない。

合図と同時に、鬼千会が動いた。
正面からの制圧ではない。
逃げ道、通信、武器庫。
一つずつ、確実に潰していく。

銃声が一発、二発。
悲鳴はない。
もう、互いに覚悟は出来ている。

倉庫の奥。
薄暗い通路を進むと、海勝会の幹部――
この抗争の指揮を執っていた男が待っていた。

「……一ノ瀬燐牙か。」

「よう。
随分、俺の周りを嗅ぎ回ってくれたな。」

男は乾いた笑いを浮かべた。

「女一人のために、ここまでやるとはな。」

その言葉で、腹の奥が静かに燃えた。

「違う。」

俺は銃を下げたまま、言った。

「守るってのはな、
何かを壊す覚悟がある奴だけが言える言葉だ。」

「……その覚悟の代償が、その女か?」

「いや。」

俺は一瞬、梨紗の寝顔を思い浮かべてから、否定した。

「俺自身だ。」

次の瞬間、男が引き金に指をかけた。
――遅い。

乾いた音が倉庫に響いた。

男は崩れ落ち、床に伏す。
もう、立ち上がらない。

静寂が戻った。

「……終わったか。」

インカムから兵藤の声。

「あぁ。
海勝会は、これで終わりだ。」

トップは逮捕。
幹部は死亡、あるいは行方不明。
表向きには、警察の大規模摘発という形で幕が引かれた。

だが、俺は知っている。

これは、亜美の血の上に成り立った終結だ。

♦︎♦︎♦︎

数日後。
屋敷の庭に、静かな雪が降っていた。

俺は一人、煙草を咥え、空を見上げる。

「……終わったぞ。」

誰にともなく、呟いた。

梨紗が、毛布を肩に掛けて近づいてくる。

「寒いよ?」

「あぁ……悪い。」

彼女は俺の腕にそっと触れた。

「最近、怖い顔してたね。」

「……そうか?」

「うん。
でも、今は……ちょっと優しい顔。」

俺は何も言わず、彼女を抱き寄せた。

この手は、血に汚れている。
それでも――

「燐牙さん。」

「ん?」

「……一緒にいようね。」

その言葉が、胸に深く沈んだ。

「当たり前だ。」

灰色の空の下。
抗争は終わった。

だが、俺が背負ったものは消えない。
それでも歩く。

梨紗のために。
そして――

俺が殺してしまった、亜美のためにも。