琴華中学校。
ここには将来、役者になりたいと思っている小学生が、こぞって入りたがる演劇部がある。
というのも、今や名前を知らない人はいないような超有名役者の多くが、ここの演劇部の出身だからだ。
今やハリウッドで大活躍している女優、瀧 彌生もその一人なのだから、憧れるのも無理ないと思う。
僕こと、守田 玲央もそんな演劇部員の一人だ。
……と言っても、
「おい、玲央!そこもっと照明右!」
「は……はいっ!」
この通り、裏方……照明係なんだけどね。
「ぼーっとしてんじゃないぞ!本番まであと1週間しかないんだからな!」
「はい……っ!」
メガネのブリッジに人差し指を押し当てて、ズレたメガネを直しながら、僕は慌てて返事をする。
夏休み期間中の今、演劇部はこの夏の全国大会に向けて、練習の真っ最中だ。
監督が言うように大会まであと1週間ということもあって、稽古場には肌でも感じるほどのピリピリとした緊張感が漂っている。
僕ら3年生はこの大会で引退なので、当然といえば当然だ。監督が声を大きくするのも仕方ない。
今回、僕たちが演じるのは『ロミオとジュリエット』だ。
歪みあう両家の間に生まれたロミオとジュリエットが恋に落ちるも、様々な不幸が重なって、最後は共に死んでしまう。
悲しくも美しい、ラブストーリーの代表作だ。
今日はその通し稽古と合わせて、照明の確認をしている。
本番は制御室で照明の操作をするんだけど、今日はまだ稽古場での練習なので、僕がいるのは舞台のさらに上にある足場だ。
ここで、本番での照明の位置なんかを頭に叩き込んでいく。
それなのに、ミスするなんて……。
しかも僕が照らしていたのは物語の主人公であるジュリエット役の、
「監督、そこの照明はさっきのままでお願いできますか?」
「朱里がそう言うなら……玲央!スポットライトは最初のままでいくぞ!」
「……はい!」
城戸 朱里さんなもんだから、余計にショックが大きい。
しなやかに伸びた四肢、そしてサラリとゆれる黒髪が照明にあたるその姿は、いつもキラキラしている。
琥珀色のくりっと大きな瞳は、ここからではよく見えないけれど、きっと観客席からは宝石のように輝いて見えるに違いない。
彼女が一度舞台に上がると、どんなちょっとの役だったとしても絶対に目を離すことができない。
そんな存在感がある役者が、朱里さんだ。
「玲央くん、ごめんね!改めてお願い!」
「う……うん!」
「よし、じゃあさっきのシーン、最初からいくぞ!」
「はい!!」
監督に向かって返事をして、朱里さんは舞台袖にはけていく。
普段はどちらかといえば天然っぽい彼女が、一度舞台に上がればガラリと人が変わって、すっかり役の人物になりきってしまう。
そのギャップに、学校中が彼女の虜だ。
ちなみに、監督もその一人。なので、今回みたいに彼女の意見は大体通ってしまう。
……まぁ……、僕も人のことは言えないんだけどね……。
いや、だって考えてみて欲しい。
部活で常に顔を見ていて、何かしらの公演になった時には、そりゃあ、他の役者のみんなも照らしてはいるんだけど……それでも、ずっと彼女にライトを照らしてるんだよ?
好きにならない方が無理じゃない?!
……でも、まぁ……当然、ひっそり思ってるだけなんだけど。
だって僕みたいなメガネでパッとしなくて裏方をやっているような地味な奴が、彼女に釣り合うはずないじゃないか。
僕と彼女じゃ月とスッポン。雑草とジュリエットぐらいの関係だ。
彼女に釣り合うのは、
「それにしても、どうしてここへ?ここの塀はとても高いのに……いえ、それ以前に家の者に見つかりでもしたら……」
「なに、こんな塀くらい軽い恋の翼があればなんとでも。あなたの身内ですら、恋の障害にはなりえません」
もう一人の主演、ロミオ役の夜烏 蘭くん。彼のような人だ。
中学生では高い身長に、舞台にはえるルックス。そして舞台上で通る声も、アイドル並に格好いい。
この学校で彼女の隣に立てるのは、多分彼くらいしかいない。
実際……噂……あくまで噂ではあるけれど、もうすでに、二人は付き合っている……らしい……し。
まぁ、そうだよね。
こんなお似合いの二人、付き合ってない方がおかしいと思う。
「はぁ……」
見下ろせば、舞台の上で輝く朱里さんと蘭くんがいる。
こんな二人が、僕と同い年なんて……。
世の中、不公平にも程がある。
僕だって、
僕だって、できることなら……。
「おい、玲央!そこ照明!」
「は、はいっ!!!」
ついぼーっとしてしまって、照明を動かす手が止まってしまった。
監督が言うように、本番まであと数日だって言うのに。本当、何やってんだ。
「はぁ……、どうも今日は集中できてないみたいだな。玲央、お前先帰れ。明日は講堂での練習だから、それまでにしっかりリセットしてこい。残りは続けて練習!」
「はいっ!!!!」
「……はい」
……お疲れ様でした。
何も言い返すこともできずに、それでもなんとか声を絞り出す。
でも、そんな僕の声はみんなの声にかき消されてしまって、誰にも届くことはなかった。
