日向野あかりは、親友に送るはずの恋をグルチャに誤爆した。

 スマホの画面には、まだ陽太の文字が残っている。

『放課後ちょっといい?』
『……大事な話』

 “大事な話”って言い方、ちょっと心臓に悪いよね。

「陽太、なに?」って返せばいい。
 それだけのはずなのに、なぜだか指が動かない。

 教室の出口の前で、さやが振り返った。

「どうしたの? 帰んないの?」

「う、うん。ちょっと、先生にプリントのことで聞くかも」

「へえ」

 さやの「へえ」は、疑ってるときの「へえ」だ。
 笑ってるのに、目だけが“点”になってる。

 陽太のことなんだから、ふつうにさやに言えばいいはずなんだけど。
 なぜか隠してしまった。

 さやに断りを入れて、廊下に出ると、帰りの人の波が流れていた。
 上履きの音がぱたぱたして、誰かがクリスマスの曲を口笛で吹いてる。浮かれているやつがいるもんだ。

 スマホを取り出す。
 陽太とのトーク画面。

 あたしは、短く打った。

『いまどこにいるの?』

 すぐに既読がついて、数秒後。

『体育館の裏。ごめん、急に』

 返ってきた。

 とりあえず、体育館に向かうことにする。
 それにしても、大事な話ってなんだろ。
 陽太のことだから、クリスマスにみんなで遊ぶ計画についてとかかな。浮かれてるな、あいつも。
 でも、その話だったらあたしだけに話すのも変だよね。

 体育館の横にさしかかると、ボールの音がした。
 ドン、ドン。
 遠くの笑い声。
 なんだか日常から外れていくような、そんな感覚。

 体育館の裏は、コンクリの壁がやたら冷たそうに見える場所だった。さわってないのに、手がひゅっとなる。
 人気もないし、告白スポットってのも納得。って、森田の話って……まさかね。

「あかり」

 そんなことを考えていたら、陽太に声をかけられた。

 いつもの笑顔じゃなくて、どこか真剣そうな表情。
 クラスにいるときの陽太じゃない。

 これ、ホントに告白かも……?

「……来てくれて、ありがと」

 いつもだったら、「おー! ありがとな!」って元気な声が、今日は大人びて聞こえた。
 それがおかしくて、ついいつもの調子で軽口をたたきそうになった。

「……」

 でも、陽太の目の奥に、からかってはいけない光を感じて、あわてて口を閉じた。
 へらへらしたら、きっと、だめだ。

「……それで、大事な話って、なに?」

 言えた。
 声が裏返らなかっただけで、今日はちょっと勝った気がした。

 でも、陽太は笑った。いつもの、明るいやつ。
 笑ってるのに、顔のどこかが硬い。冬の空気のせいじゃないと思う。

「ごめん、急に呼び出して。寒くない?」

「だいじょぶ……陽太は?」

 表情が硬いのは、寒いからかと思って聞き返した。
 心なしか、手も震えているように見えるし。

「いや、暑いぐらいだよ」

 ちょっと笑いながら、陽太は言った。

 あ、いつもの陽太かも。

 少しだけ間が生まれる。
 遠くの部活の声が、急に近くに聞こえた気がする。
 陽太は一回、息を吸って、吐いた。白く広がって、陽太の顔をぼんやりとさせる。

「あかり、グルチャの件でさ……いろいろあったじゃん」

「うん……?」

 あの件、心配してくれたって感じなのかな。

「で、俺、考えたんだけど」

 陽太の目が一瞬だけ、まっすぐこっちを見る。すぐに外れる。
 そのくせ、また戻ってくる。行ったり来たり。

 そして、次の瞬間。

「俺、前から好きだった……つきあって」

 言葉が、どんって落ちた。
 雪じゃないのに、足元が白くなった気がした。

 ……え。
 え、いま、なんて。

 口を開いたのに、音が出ない。
 心臓だけが「わっ」って跳ねた。びっくりの跳ね方。

 でも。

 うれしい、が来ない。

 代わりに、久住くんの声が先に来た。
 あの、静かな敬語。
「……やめましょう」って、あのときの。

 なんで今、その声が浮かんでくるの。
 目の前にいるの、陽太なのに。