日向野あかりは、親友に送るはずの恋をグルチャに誤爆した。

 次の日の朝。

 みんな、もう忘れてないかなー。
 中学2年ともなれば、あっちでもこっちでもだれそれが惚れたり腫れたりしてるんだから。

 そんな期待を胸に教室に入ったけど、まだ空気が昨日の続きだった。
 冬の朝なのに、あったかい。いや、あったかいというより、妙にぬるい。ぬるっとした視線が、席に向かうあたしにまとわりつく感じ。

 あたしはそれを気にしないふりして、ふつうに歩いた。
 ふつうって、便利な魔法。だいたい効かないけど。

 席に着く前に、スマホが小さく震えた。
 ……やめて。登校したてのあたしを追いかけてくるな。

 画面を見ずにポケットへ戻した、そのタイミングで。

「おはよ、あかり」

 白石さやが、いつもみたいに声をかけてきた。
 茶色のミディアムボブが、教室の蛍光灯の下で少し明るく見える。

 あたしは笑って返した。

「おはよー。……ねえ、聞いて。やばい」

 言い方がもう、相談というより、事故報告。
 だれかに相談して笑い話にしないと、どんどん重くなっちゃうと思ったんだ。

「なに? また消しゴム落とした?」

「それはいつも。今日はスマホが落ち着かない。通知がね、昨日からずっと」

 さやは、にこっとした。
 口元だけが。

「あかりの恋バナなんて、みんな気になるに決まってるんだから」

 声は軽い。いつものさやのテンポ。
 なのに、目だけが笑ってない気がして、あたしの背中がちょっとだけ冷えた。
 だから、“恋バナ”ってところにツッコむことができなかった。

「ねえ、どんなのが来るの?」

 さやは、机に肘をついて、顔を近づけてくる。近い。親友の距離。
 でも今日は、その距離が、ちょっとだけ重い。

 あたしはへらっと笑った。

「や、たいしたことじゃないよ? なんか、冷やかし? みたいな。誤爆のやつ見た、とか」

「ふーん」

「いや、ほんとに。あれ、ちょっと間違えちゃっただけだし」

「すご。あかりって、そういうの隠すの上手いよね」

 ちょっとだけ、言葉のトゲが刺さる。

 隠してるつもり、ない。
 でも、そう聞こえるのか。

「隠してないって! え、なに? あたし、何か隠してる感じ?」

 言った瞬間、やらかした気がした。
 “隠してない”って言うほど、“何かある”の証明みたいじゃん。

 さやは、笑ってる。たぶん。形だけは。

「親友枠どこー?って、ちょっと思ったけどね」

 その言い方が、冗談っぽいのに、冗談じゃなく聞こえた。

 さやは、怒ってるわけじゃない。
 あたしが嫌いになったわけじゃない。
 むしろ、近いからこそ。近いのに知らないのが、怖いんだ。
 たぶん、というか、そう思いたい。友達だもん。

 でも、それを聞いてみる勇気は、あたしにはない。

 あたしは、いつもの逃げ方をした。

「ちがうって! 何もないって!」

 声が大きくなる。笑いも大きくなる。
 大きくすれば、軽くなると思ってる。ほんと、都合のいい頭。

「ただの誤爆だし!」

 さやは一瞬だけ黙って、それから、ゆっくり言った。

「ふーん」

 その“ふーん”が、やけに短い。

 あたしは、胸の奥がギクッとした。
 嫌われたくない。もちろんそれもある。
 でもそれより先に来たのは、さやに対する罪悪感だった。

 久住くんのこと、相談せずに隠し続けていた。
 いまは別に気になる人なんていないかな、なんて嘘をつき続けていた。

 それをごまかすように、また笑う。

「ほんとだってば。なんでもないよ~」

 自分で言いながら分かる。
 “なんでもない”って言えば言うほど、なんでもない顔が、へたになっていく。

 さやの視線が、あたしのスマホのポケットをちらっと見た。

「……通知、まだ鳴ってる?」

「鳴ってない鳴ってない! 鳴ってないって!」

 鳴ってないのに、あたしの心臓が鳴ってる。
 ばくばく、ばくばく。食いしん坊かってくらい。

 言いたくないんじゃない。

 頭の中で、言い訳がひとりでに出てくる。

 自分でもよく分からないから、言えないだけ。

 あたしは、さやの前で笑ってみせた。

 たぶん、いつもより元気なやつ。
 そして、たぶん、いつもより不自然なやつ。

 さやは、笑った。
 でも、その笑いも、ちょっとだけ硬かった。

 教室のざわざわが、また少し大きくなる。
 誰かが笑ってる。誰かが見てる。

 あたしは、笑って逃げる。

 ……その逃げ方が、いちばん火を育てるって知りながら。