日向野あかりは、親友に送るはずの恋をグルチャに誤爆した。

 教室の熱気が、いつ燃え上がってもおかしくなくなったとき。

 教室の前のほうから、低い声が落ちた。
 落ちた、っていうのがいちばん近い。投げたんじゃなくて、ぽとん、って。

「それ以上はやめてください」

 久住(くずみ)くんだった。

 大声じゃない。机も叩かない。
 なのに、さっきまでのひそひそが、いっせいに息を止める。

 笑い声が、ふっと消えた。
 誰かが「……はい」って言ってもおかしくない静けさが、教室に張りつく。

 久住くんは、表情をほとんど動かさないまま、続けた。

「好きな人がいるのは、普通のことです」

 普通。
 その言葉が、急にあたしの胸に刺さった。

 助かった。ほんとに。
 なのに、体が固まる。

 助かったのに……なんで、もっと苦しくなるの。
 久住くん、好きな人がいるの普通だって思ってるんだ。

 あたしは、久住くんのほうを見たいのに見られない。
 見たら、何か言わなきゃいけない気がする。
「ありがとうございます」とか、「すみません」とか。
 そういう、ちゃんとした言葉。

 でも、助けられると、声が出ない。
 助けられるほど、近づけない。

 口を開けたのに、空気しか出入りしない。
 声は、また迷子だ。

 静けさが、教室を一枚の紙みたいにぴん、と張った、その直後。

 後ろのほうから、笑い混じりの声が飛んできた。
 紙に穴をあけるみたいに、軽く、でも最悪の場所に。

「もしかして久住、日向野(ひなたの)のこと好きなんじゃね」

 ……え。

 あたしの心臓が、今度は“止まる”じゃなくて“落ちた”。
 教室の床まで、ころん、と転がっていった気がした。

 久住くんの反応を見たい。
 でも、見たら、終わる。
 何が終わるのか分からないのに、終わる気がする。

 だからあたしは、反射で目をそらした。
 自分の机の端っこだけを見つめる。
 でも、耳は久住くんのほうを向いていた。

 最低だ、あたしって。
 久住くんがさっきの言葉になんて返すか、気になってる。

 息を吸うのも忘れて、あたしの世界だけ、時間が止まっていた。

「……マジ?」

 だれかのつぶやき。
 からかってやろうって感じじゃない、ホントに驚いてる感じ。
 たぶん、久住くんとあたしじゃ似合わないと思ってたんだろう。

 つぶやきがこぼれてから、教室は静寂に包まれていた。
 さっきとはちがう止まり方。笑いが消えたというより、空気が次の言葉を待ってる感じ。

 あたしは、それに耐えかねて、久住くんをうかがいみた。
 その横顔はいつもの無表情、怒っていたり、呆れていたりしていない。

 久住くんは、否定もしなかった。
 肯定もしなかった。

 ただ、たった一瞬だけ。

 あたしを見た。

 目が合う、っていうより、見られた、って感じ。
 目線が当たったところだけ、熱くなるみたいな。

 だめ。

 あたしは反射で、視線を逃がした。
 黒板でもなく、窓でもなく、机の上。
 ノートの端っこの、どうでもいい線。

 逃げたのは目なのに。

 心臓だけが置いていかれる。

 どくん、どくんって、あたしの体の中で暴れてるのに、顔は動かないふりをしてる。
 笑えない。怒れない。声も出ない。

 ……今の視線、なに。

 あたしは、机の上を見たまま思った。

 なんで、何も言わないの。久住くん。