桜が降るあの朝、一目惚れだった。
陶器のような白肌に光を踊らせる君は、誰とも言葉を交わすことなく、教室の隅の席で外を眺めていた。
「隣だね、よろしく」
「名前なんて言うの?」
「中学どこ出身なの?」
君は俺の質問に答えず、窓の外に顔を向けたまま。何を見ているのか、桜か、雲か、単なる上の空なのか。
そして、昼飯の時間になると君は必ず、校舎裏の日陰にのまれたベンチに行く。
「昨日の部活でこっぴどく怒鳴られてさあ」
「購買のメロンパン今日も逃したわ」
「次、赤点とったら留年確定ってやばくね俺」
だから俺も勝手に君の隣に座って、延々と自分語りをした。
三年間、同じクラスだったけど、一度たりとも声を聞かせてくれたことはなかったね。
『あいつの家、結構複雑らしい』
『てか声聞いたことある?』
『授業で当てられてんの見たことない』
『行事とか来ねえもんな』
『誰も話したことないのかよ』
『学校側も放置だよなあ』
『関わりたくないんだろ、極力』
君が生きる背景に何があるのかなんて俺は知らない。そんなことよりもただ、君が今日も学校に来てくれることが嬉しかった。
いつか、そう、いつか声を聞けるかななんて期待しながら、俺は君の隣を独占していた。
君に関する噂話の飛び火がこちらにやって来ても、俺の周りから徐々に人が離れていっても、君にまた会える明日があるだけで幸せだった。
あの朝と同じ、桜が降る今日。
卒業式が終わり、教室内は笑顔と涙の祝福ムードに包まれていた。鳴り響くシャッター音をよそに、俺はただ一人を探す。
彼は校門前の桜の木の下にいた。やっぱり綺麗だ、今にも消えてしまいそうで。
「あの」
俺の声に君は振り向く。何気に初めて目が合ったかもしれない。
「さ、三年間ありがとう」
いざ目を見ると緊張して声が震える。今までどうやって話してたんだっけ。
「ずっとお前のこと、好きだった」
三年間の俺の行動を見ていれば、そんなの今更口にしなくたって分かりきったことだろう。でも、まだ俺はこの気持ちを一度も言葉にして伝えたことがなかったから。
どれだけ分かりきったようなことでも、言葉にしなきゃ伝えきれないことだってあるから。
「そ、そんだけ!じゃあ…卒業しても頑張ってな」
告白の後の沈黙に耐えきれず、むず痒さをかき消すため、いつもの明るい拍子で笑って見せた。
「僕から離れていかなかったね」
桜色のふっくらとした唇が動いた。出会って始めて、君からの言葉をもらった。
その声は、想像していたよりもずっと甘かった。
「え…あ、あ…」
ずっと待ちわびていた奇跡のような瞬間に、言葉にならない声が漏れる。
「ふふ、初めて見た、そんな顔」
長い睫毛を揺らしながら、やわらかく眉尻を下げて微笑む表情がたまらなく可愛かった。
「だ…だって、今まで目すら合わせてくれなかったのに、今日は返事くれたから…」
「目ならいつも合ってたでしょ」
「え…?いや、ずっと窓の外見てたじゃん」
いつも目が合っていたなんて、あるはずもない過去を捏造する彼に、つい突っ込んでしまう。
「窓に映った君を、僕はずっと見つめてたよ」
俺のいない方を向いていた君が俺を見つめていた、そんな夢のようなことがあっていいのか。
「こっち、向いてくれてもよかったのに」
なけなしの我儘を口にしてみる。女々しくて面倒な奴だとは思われたくないけど、本音なのだから仕方ない。
「僕が君の優しさに甘えたら、君まで僕と同じだと思われるじゃない」
寂しそうに笑ったその顔を、俺は一生忘れないだろう。
「僕ね、恋愛対象が男性だってことがバレて、家族を壊しちゃったんだ。そんなもんだよ、愛なんて」
ああ、そうか。だから一人ぼっちの君は、一人ぼっちの俺と二人きりになって「同じ」ものとして見られることを恐れたんだね。
「優しくしてくれた君を、道連れにしたくなかったんだ」
優しい、か。そんな言葉で片付けられるほど、君へ対する俺の執着心は簡単なものじゃない。
「優しくないよ俺。お前が根も葉もない噂されていても何とも思わないし、そこに俺が巻き込まれたのは尚更どうでもよかった」
そう、どうでもよかったんだ。君がどんな風に噂されていようと、そこに俺が巻き込まれようと。
だって俺は、この目で確かに君の美しさを見ていたから。君の美しさを知っていたから。
「それに、愛って壊れるのは簡単だけど、修復するのも案外難しいもんじゃないぜ、きっと」
君が失った幸せを取り戻してあげられるほどの力はないけど、その溝を埋められるくらいには愛している。
「根拠がないから怖いんだよ」
そう言って俯く君を、優しく抱きしめた。壊れないように、壊さないように、でも、離れないように。
「俺が根拠になってやる」
君からも抱きしめ返してくれた。言葉にしろ、行動にしろ、捧げたものに対して返ってくるものがあるって、こんなに幸せなんだな。
「やっぱり優しいよ、君は」
その声が震えていたことには気づいていないふりをする。ただ黙って抱きしめ続ける。
頑張ったな、今日まで。寂しい夜も、震える朝も、たった一人で闘ってきたんだよな。
大丈夫、俺はずっとここにいる。
陶器のような白肌に光を踊らせる君は、誰とも言葉を交わすことなく、教室の隅の席で外を眺めていた。
「隣だね、よろしく」
「名前なんて言うの?」
「中学どこ出身なの?」
君は俺の質問に答えず、窓の外に顔を向けたまま。何を見ているのか、桜か、雲か、単なる上の空なのか。
そして、昼飯の時間になると君は必ず、校舎裏の日陰にのまれたベンチに行く。
「昨日の部活でこっぴどく怒鳴られてさあ」
「購買のメロンパン今日も逃したわ」
「次、赤点とったら留年確定ってやばくね俺」
だから俺も勝手に君の隣に座って、延々と自分語りをした。
三年間、同じクラスだったけど、一度たりとも声を聞かせてくれたことはなかったね。
『あいつの家、結構複雑らしい』
『てか声聞いたことある?』
『授業で当てられてんの見たことない』
『行事とか来ねえもんな』
『誰も話したことないのかよ』
『学校側も放置だよなあ』
『関わりたくないんだろ、極力』
君が生きる背景に何があるのかなんて俺は知らない。そんなことよりもただ、君が今日も学校に来てくれることが嬉しかった。
いつか、そう、いつか声を聞けるかななんて期待しながら、俺は君の隣を独占していた。
君に関する噂話の飛び火がこちらにやって来ても、俺の周りから徐々に人が離れていっても、君にまた会える明日があるだけで幸せだった。
あの朝と同じ、桜が降る今日。
卒業式が終わり、教室内は笑顔と涙の祝福ムードに包まれていた。鳴り響くシャッター音をよそに、俺はただ一人を探す。
彼は校門前の桜の木の下にいた。やっぱり綺麗だ、今にも消えてしまいそうで。
「あの」
俺の声に君は振り向く。何気に初めて目が合ったかもしれない。
「さ、三年間ありがとう」
いざ目を見ると緊張して声が震える。今までどうやって話してたんだっけ。
「ずっとお前のこと、好きだった」
三年間の俺の行動を見ていれば、そんなの今更口にしなくたって分かりきったことだろう。でも、まだ俺はこの気持ちを一度も言葉にして伝えたことがなかったから。
どれだけ分かりきったようなことでも、言葉にしなきゃ伝えきれないことだってあるから。
「そ、そんだけ!じゃあ…卒業しても頑張ってな」
告白の後の沈黙に耐えきれず、むず痒さをかき消すため、いつもの明るい拍子で笑って見せた。
「僕から離れていかなかったね」
桜色のふっくらとした唇が動いた。出会って始めて、君からの言葉をもらった。
その声は、想像していたよりもずっと甘かった。
「え…あ、あ…」
ずっと待ちわびていた奇跡のような瞬間に、言葉にならない声が漏れる。
「ふふ、初めて見た、そんな顔」
長い睫毛を揺らしながら、やわらかく眉尻を下げて微笑む表情がたまらなく可愛かった。
「だ…だって、今まで目すら合わせてくれなかったのに、今日は返事くれたから…」
「目ならいつも合ってたでしょ」
「え…?いや、ずっと窓の外見てたじゃん」
いつも目が合っていたなんて、あるはずもない過去を捏造する彼に、つい突っ込んでしまう。
「窓に映った君を、僕はずっと見つめてたよ」
俺のいない方を向いていた君が俺を見つめていた、そんな夢のようなことがあっていいのか。
「こっち、向いてくれてもよかったのに」
なけなしの我儘を口にしてみる。女々しくて面倒な奴だとは思われたくないけど、本音なのだから仕方ない。
「僕が君の優しさに甘えたら、君まで僕と同じだと思われるじゃない」
寂しそうに笑ったその顔を、俺は一生忘れないだろう。
「僕ね、恋愛対象が男性だってことがバレて、家族を壊しちゃったんだ。そんなもんだよ、愛なんて」
ああ、そうか。だから一人ぼっちの君は、一人ぼっちの俺と二人きりになって「同じ」ものとして見られることを恐れたんだね。
「優しくしてくれた君を、道連れにしたくなかったんだ」
優しい、か。そんな言葉で片付けられるほど、君へ対する俺の執着心は簡単なものじゃない。
「優しくないよ俺。お前が根も葉もない噂されていても何とも思わないし、そこに俺が巻き込まれたのは尚更どうでもよかった」
そう、どうでもよかったんだ。君がどんな風に噂されていようと、そこに俺が巻き込まれようと。
だって俺は、この目で確かに君の美しさを見ていたから。君の美しさを知っていたから。
「それに、愛って壊れるのは簡単だけど、修復するのも案外難しいもんじゃないぜ、きっと」
君が失った幸せを取り戻してあげられるほどの力はないけど、その溝を埋められるくらいには愛している。
「根拠がないから怖いんだよ」
そう言って俯く君を、優しく抱きしめた。壊れないように、壊さないように、でも、離れないように。
「俺が根拠になってやる」
君からも抱きしめ返してくれた。言葉にしろ、行動にしろ、捧げたものに対して返ってくるものがあるって、こんなに幸せなんだな。
「やっぱり優しいよ、君は」
その声が震えていたことには気づいていないふりをする。ただ黙って抱きしめ続ける。
頑張ったな、今日まで。寂しい夜も、震える朝も、たった一人で闘ってきたんだよな。
大丈夫、俺はずっとここにいる。
