私は視線を逸らし、
洗濯物に向き直る。
これ以上、
心を乱されたくなかったから。
考えないようにしないと……。
からかわれてるだけなんだから……。
背後で、
小さく笑う気配がした。
「お前、可愛いな。」
「その顔で言われるとさ……」
一拍置いて。
「余計、手ぇ出したくなるんだけど。」
「……っ!!」
相手にしたら駄目。
私は何も言わず、
洗濯物を干し続けた。
……仕事、仕事。
胸の高鳴りを、必死で押さえた。
その“境界線”を、
自分から越えないように。
――でも。
隼人君の視線が、
ずっと背中にあることを、
私は気づかないふりをしていた。
*優希side*
飲み物を取りに行こうと、
自分の部屋から出た。
ただ本当に……
その為だけの理由で廊下を歩ていた。
洗濯機の音が、
一定のリズムで耳に入る。
その向こうに、
人の気配がする。
何気なく視線を向けた、
その瞬間だった。
……見てしまった。
洗濯物を干している、望愛。
そのすぐ後ろに、隼人。
距離が……近い。
いや……
近いなんて言葉じゃ足りない。
隼人の手が、
望愛の結んだ髪に触れている。
触れている、というより――
慣れた手つきみたいに触ってる。
”今日、巻いてないんだな”
”これも似合うな”
隼人の声が、
やけに柔らかく響いた。
胸の奥が、ぎゅっと縮む。
……なに、それ…。
動きたいのに足が、動かない。
望愛って呼びたいのに
声も、出ない。
ただ……
見てしまった。
望愛が一瞬、
ぴくっと肩を揺らして。
そして――
顔を、赤くする。
耳まで、
熱を帯びたみたいに。
”敬語、やめろよ”
” タメ口で話せよ。約束だろ”
って隼人が強く望愛に向けて訴えている。
”……それは、プライベートの時です”
”今は仕事中なので”
望愛は、きっぱり断ってるはずなのに。
拒絶してるはずなのに。
なのに……
どうして……なんで。
その横顔……
伏せた睫毛……
わずかに震える声。
全部……全部。
まるで……まるで、
好きな人に近付かれて戸惑ってるみたいで。
喉が、ひりつく。
喉がカッと熱くなる。
……違う。
そう思おうとした。
これは仕事中に隼人が距離感おかしくて
望愛は、それに対して困ってるだけで。
そうじゃないと、困る。
そう思わないとダメだった。
でも……現実は……
隼人が離れた後も……
望愛は、しばらく動かなかった。
洗濯物を持ったまま、
深く息を吸っては吐いてを繰り返し、
顔が赤いまま。
……えっ。
その赤さが……
恥ずかしさだけじゃないって、
なぜか分かってしまった。
胸の奥が、
ずしんと重くなる。
まるで……
隼人のこと、好きみたいな……
そう思った瞬間。
頭の中で、
もう一つの声が、静かに言った。



