その夜、私は眠れなかった。
部屋の暖房が唸り続け、乾いた空気が喉を刺す。
彼の言葉が何度も浮かぶ。
結婚した。
子どもがいる。
私はスマートフォンを手に取って、連絡先を開いた。
消していなかった。
消せなかった。
指が名前の上で止まる。
送ってしまえば、
何かが始まるかもしれない。
でも始まるものは、きっと幸福ではない。
恋は時々、
幸福の形をしていない。
私は画面を閉じた。
その代わり、昔の記憶が開いてしまった。
彼の手の温度。
初めて触れたときの驚き。
触れてはいけないものに触れたような震え。
恋愛とは、
触れることで生まれ、
触れないことで続く。
私は布団の中で目を閉じた。
明日になれば、
彼はまた「過去」になるはずだった。
