カレンダーの数字が、ついに最後の一つになった。
49日目の朝。
世界は驚くほど静かで、空はどこまでも透き通った青色をしている。私たちは、約束の場所へ向かった。
街を一望できる、なだらかな丘。
そこには、ハルが生前「いつか二人で見に来よう」と言っていた向日葵の畑が広がっている。
「……カナ、見て。咲いてるぞ。全部、俺たちを待ってたみたいに」
ハルの声は、もう羽虫の羽ばたきよりも小さく、頼りない。横を歩く彼の姿は、まるで陽炎だ。
向こう側のひまわりの黄色が、彼の身体が完全に透かして見えている。
私たちは、丘の頂上にあるベンチに座った。
これが最後の、二人だけの時間。
「なあ、カナ」
「……なあに?」
「俺、お前に出会えてよかった。……お前が幼馴染で、本当によかった」
ハルの言葉が、光の粒になって空へ溶け出していく。
彼がゆっくりと立ち上がると、足元から金色の粒子がさらさらと崩れ始めた。
いよいよ、お別れの時だ。
「……待って、ハル。行かないで……!」
私はたまらなくなって、消えゆく彼の影を抱きしめようと両手を伸ばした。けれど、私の腕は空を切る。
掴めるのは、初夏の生暖かい風だけ。
「カナ、泣くなよ。最後は『笑顔で』って、リストに書いただろ?」
ハルは、透き通った指先で、私の涙を拭う仕草をした。
冷たい感触さえ、もう感じられない。
でも、彼が確かにそこにいて、私を愛おしそうに見つめていることだけは分かった。
「……ハル。大好きだよ。ずっと、ずっと大好き。
……絶対に忘れないから」
私が声を絞り出すと、ハルは今までで一番、眩しいくらいの笑顔を見せた。そして、彼が完全に消える直前。
私の耳元で、確かな熱量を持った声が響いた。
「カナ、愛してる。……俺の分まで、幸せになって」
光が大きく弾け、視界が真っ白に染まる。
私は思わず目を閉じた。
数秒後、ゆっくりと目を開けたとき。
そこには、黄金色に輝く向日葵の群れと、吹き抜ける風の音しかなかった。
隣にいたはずの少年の姿は、どこにもない。
でも。
私の足元に、一輪の鮮やかな向日葵が落ちていた。
まるで彼が、最後にそこにいた証を残していくかのように。私はその花をそっと拾い上げ、胸に抱きしめた。
不思議と、もう涙は止まっていた。
胸の奥に、ハルが残してくれた「49日間のぬくもり」が、確かな重みを持って居座っているから。
「……いってらっしゃい、ハル」
私は空を見上げた。
そこには、彼が向かったであろう天国へと続く、真っ白な飛行機雲が一本、長く伸びていた。
私は、彼からもらったこの命を、今日からまた精一杯生きていく。いつかまた、向日葵が咲く場所で、彼に胸を張って再会できるその日まで。
(完)
49日目の朝。
世界は驚くほど静かで、空はどこまでも透き通った青色をしている。私たちは、約束の場所へ向かった。
街を一望できる、なだらかな丘。
そこには、ハルが生前「いつか二人で見に来よう」と言っていた向日葵の畑が広がっている。
「……カナ、見て。咲いてるぞ。全部、俺たちを待ってたみたいに」
ハルの声は、もう羽虫の羽ばたきよりも小さく、頼りない。横を歩く彼の姿は、まるで陽炎だ。
向こう側のひまわりの黄色が、彼の身体が完全に透かして見えている。
私たちは、丘の頂上にあるベンチに座った。
これが最後の、二人だけの時間。
「なあ、カナ」
「……なあに?」
「俺、お前に出会えてよかった。……お前が幼馴染で、本当によかった」
ハルの言葉が、光の粒になって空へ溶け出していく。
彼がゆっくりと立ち上がると、足元から金色の粒子がさらさらと崩れ始めた。
いよいよ、お別れの時だ。
「……待って、ハル。行かないで……!」
私はたまらなくなって、消えゆく彼の影を抱きしめようと両手を伸ばした。けれど、私の腕は空を切る。
掴めるのは、初夏の生暖かい風だけ。
「カナ、泣くなよ。最後は『笑顔で』って、リストに書いただろ?」
ハルは、透き通った指先で、私の涙を拭う仕草をした。
冷たい感触さえ、もう感じられない。
でも、彼が確かにそこにいて、私を愛おしそうに見つめていることだけは分かった。
「……ハル。大好きだよ。ずっと、ずっと大好き。
……絶対に忘れないから」
私が声を絞り出すと、ハルは今までで一番、眩しいくらいの笑顔を見せた。そして、彼が完全に消える直前。
私の耳元で、確かな熱量を持った声が響いた。
「カナ、愛してる。……俺の分まで、幸せになって」
光が大きく弾け、視界が真っ白に染まる。
私は思わず目を閉じた。
数秒後、ゆっくりと目を開けたとき。
そこには、黄金色に輝く向日葵の群れと、吹き抜ける風の音しかなかった。
隣にいたはずの少年の姿は、どこにもない。
でも。
私の足元に、一輪の鮮やかな向日葵が落ちていた。
まるで彼が、最後にそこにいた証を残していくかのように。私はその花をそっと拾い上げ、胸に抱きしめた。
不思議と、もう涙は止まっていた。
胸の奥に、ハルが残してくれた「49日間のぬくもり」が、確かな重みを持って居座っているから。
「……いってらっしゃい、ハル」
私は空を見上げた。
そこには、彼が向かったであろう天国へと続く、真っ白な飛行機雲が一本、長く伸びていた。
私は、彼からもらったこの命を、今日からまた精一杯生きていく。いつかまた、向日葵が咲く場所で、彼に胸を張って再会できるその日まで。
(完)


