「……ハル、お待たせ!」
「別に待ってねーよ。っていうか、カナ……その格好」
神社の入り口。鳥居の横で待っていたハルが、目を見開いた。私は今日、お母さんに手伝ってもらって、紺地の浴衣を着てきた。生前、一緒に行くはずだった夏祭り。あの日、着るはずだった浴衣だ。
「……変、かな」
「……いや。めちゃくちゃ、似合ってる。可愛すぎて、死んでるのにもっと心臓に悪い」
ハルは照れ隠しに頭をかいた。その仕草は変わらないのに、浴衣を着た私と、亡くなった時の制服のままのハル。並んで歩くと、私たちの「境界線」が嫌でも浮き彫りになった。
屋台が並ぶ参道は、人で溢れ返っている。
「危ねっ」
向こうから走ってきた子供が、ハルの体を真っ直ぐに通り抜けていった。ハルはよろけることもなく、ただそこに「存在しない」ものとして立っている。
「……ハル」
私は思わず手を伸ばした。けれど、ハルの袖を掴むことさえできない。ハルは寂しそうに笑って、私の右手の少し上で、拳をそっと握った。
「繋げなくてごめんな。……でも、ちゃんと隣にいるから。はぐれんなよ」
私たちは金魚掬いの屋台の前に立ち止まった。
「これさ、カナが下手っぴで、俺が代わりに取ってやる約束だったよな」
「……うん。ハル、やってみる?」
ハルがポイに手を伸ばす。けれど、彼の指先はプラスチックの枠をすり抜ける。私は、自分の手をハルの手に重ねた。
感触はない。ハルの手があるはずの場所は、夜風が吹いたように冷たいだけ。
でも、私はハルの動きに合わせて、ゆっくりとポイを水に沈めた。
「せーの……!」
水飛沫を上げて、一匹の朱色の金魚がボウルに落ちる。
「……取れた! ハル、取れたよ!」
「おう! 俺たち、名コンビだな」
ハルは少年のように笑った。
でも、その笑顔は、背後の提灯の光が透けて見えるほどに薄くなっている。帰り道、人混みを避けて暗い夜道に入ったとき、ハルがぽつりと呟いた。
「お前と、こうして手、繋ぎたかったな。本当は、人混みでお前が転ばないように、ちゃんと守りたかった」
私は何も言わずに、ハルの影がない足元を見つめた。
金魚の入った袋が、夜の闇でわずかに揺れる。
幸せなのに、胸が苦しくて、ひまわりの季節がもうすぐ終わってしまうことを、私は肌で感じていた。
(残り、17日)
「別に待ってねーよ。っていうか、カナ……その格好」
神社の入り口。鳥居の横で待っていたハルが、目を見開いた。私は今日、お母さんに手伝ってもらって、紺地の浴衣を着てきた。生前、一緒に行くはずだった夏祭り。あの日、着るはずだった浴衣だ。
「……変、かな」
「……いや。めちゃくちゃ、似合ってる。可愛すぎて、死んでるのにもっと心臓に悪い」
ハルは照れ隠しに頭をかいた。その仕草は変わらないのに、浴衣を着た私と、亡くなった時の制服のままのハル。並んで歩くと、私たちの「境界線」が嫌でも浮き彫りになった。
屋台が並ぶ参道は、人で溢れ返っている。
「危ねっ」
向こうから走ってきた子供が、ハルの体を真っ直ぐに通り抜けていった。ハルはよろけることもなく、ただそこに「存在しない」ものとして立っている。
「……ハル」
私は思わず手を伸ばした。けれど、ハルの袖を掴むことさえできない。ハルは寂しそうに笑って、私の右手の少し上で、拳をそっと握った。
「繋げなくてごめんな。……でも、ちゃんと隣にいるから。はぐれんなよ」
私たちは金魚掬いの屋台の前に立ち止まった。
「これさ、カナが下手っぴで、俺が代わりに取ってやる約束だったよな」
「……うん。ハル、やってみる?」
ハルがポイに手を伸ばす。けれど、彼の指先はプラスチックの枠をすり抜ける。私は、自分の手をハルの手に重ねた。
感触はない。ハルの手があるはずの場所は、夜風が吹いたように冷たいだけ。
でも、私はハルの動きに合わせて、ゆっくりとポイを水に沈めた。
「せーの……!」
水飛沫を上げて、一匹の朱色の金魚がボウルに落ちる。
「……取れた! ハル、取れたよ!」
「おう! 俺たち、名コンビだな」
ハルは少年のように笑った。
でも、その笑顔は、背後の提灯の光が透けて見えるほどに薄くなっている。帰り道、人混みを避けて暗い夜道に入ったとき、ハルがぽつりと呟いた。
「お前と、こうして手、繋ぎたかったな。本当は、人混みでお前が転ばないように、ちゃんと守りたかった」
私は何も言わずに、ハルの影がない足元を見つめた。
金魚の入った袋が、夜の闇でわずかに揺れる。
幸せなのに、胸が苦しくて、ひまわりの季節がもうすぐ終わってしまうことを、私は肌で感じていた。
(残り、17日)


