最初の味見は、いつも君に

【美春】

 六月。梅雨の雨は、空から落ちてくるというより、街の輪郭をじわじわ溶かしていくみたいだった。アスファルトは濡れて黒く光り、傘の骨の音がどこか遠くで鳴っている。
 喫茶店の窓ガラスには、小さな水滴が列を作って、ゆっくり下へ滑っていった。

 その日も雨だった。
 そして――秋穂が、咳をした。

 ほんの一度。こらえるみたいに口元を押さえて、なかったことにするみたいに視線を逸らす。
 私が見ているのを分かっているのに、分からないふりをする時の癖だ。

「秋穂、大丈夫?」
「……うん。平気」

 言葉は短い。でも、声がいつもよりかすれている。
 運動会のあと、少しだけだるいって言っていた。あれからも、店の仕込みも、学校も、バイトも、全部いつも通りにやっていた。やりすぎると壊れるって、本人が一番知っているはずなのに。

 私は、カウンターの内側からそっと手を伸ばして、秋穂の額に触れた。
 ――熱い。

「秋穂、熱あるよ。これ、平気じゃない」

 秋穂が、目を丸くした。触られるのに慣れてきたはずなのに、まだ少し驚く顔をする。

「……美春」
「呼ぶな、って言わないでね。今日は呼ぶ。帰るよ」
「でも、仕込み――」
「私がいる」

 言い切った瞬間、背中の方から低い声がした。

「はいはい、話は終わり。秋穂ちゃん、今日は帰りな」

 マスターだった。いつの間にか近くに来ていて、コーヒーカップを乾いた布で拭いている。目は笑っているのに、声には店長の硬さがある。

「無理して倒れたら、店にも美春ちゃんにも迷惑だ。……それに」

 マスターは言いかけて、少しだけ間を置いた。

「"続ける"ってのは、頑張り続けることじゃない。休むのも、技術だ」

 秋穂は唇を噛んだ。反論したいのに、できない時の顔。
 私はその横顔を見て、指先を握りしめた。

「秋穂、お願い。今日だけは、休んで」

 秋穂は、しばらく黙っていた。雨の音が、やけに大きく感じた。

「……ごめん」
「謝らないで。帰って、寝て。すぐ」

 秋穂は小さく頷いて、エプロンの紐をほどいた。
 その手つきがいつもより遅くて、胸がきゅっと締まる。

 店のドアが開いて、冷たい雨の匂いが入り込む。
 秋穂は傘を差しても、肩が少し震えて見えた。

 私は、背中に向かって言った。

「あとで行くから」

 秋穂は振り返らずに、でも確かに、ほんの少しだけ手を上げた。

     ◇

 秋穂が帰ったあと、店の中は妙に広くなった。
 いつもなら、厨房から聞こえる器具の小さな音とか、秋穂の足音とか、そういう"生活の気配"があるのに、それが抜け落ちたみたいに空気が軽い。

「美春ちゃん」

 マスターが言った。

「今日、ホール回せるか?」

 喉が鳴った。
 怖い、って思ってしまう自分が情けない。でも、逃げないって決めた。春休みに、秋穂に教わった。お菓子のことも、接客のことも、店の流れも。私は"見てるだけの人"じゃないって、あの子が信じさせてくれた。

「……やります」
「よし」

 マスターは短く頷いて、いつもより丁寧に鍵束を机に置いた。
 雨の日の店は静かだ。客足は少ない。だからこそ、今日みたいな日が"試験"になる。

 午後、来たのは三組だけだった。
 濡れたコートの匂いを運んでくる人、傘を畳むのに手間取って照れる人、窓の外ばかり見ている人。

「いらっしゃいませ」

 声が震えないように息を整える。
 メニューを差し出して、注文を聞いて、伝票を書いて、カップを温めて、コーヒーを落とす。

 ぽたり、ぽたり。
 ドリップの音は雨の音に似ている。
 でも、雨と違って、私はこの音を"自分で作っている"。

 秋穂が昨日焼いたクッキーを皿に盛る。
 並べ方ひとつで、見た目の温度が変わる。秋穂はいつも、そういうところまで気にしていた。私は真似して、少しだけ角度を変えた。

「……美味しそう」

 お客さんが、ぽつりと呟いた。
 その一言が、胸の奥を明るくした。

 閉店時間。
 最後の椅子をテーブルに上げて、床を拭いて、手を洗って。

 できた。
 今日は、秋穂がいないのに、店がちゃんと回った。

 マスターが、カウンター越しにこちらを見た。

「上手くなったな」
「秋穂に……教えてもらったから」
「それもあるけど、やったのは美春ちゃんだ」

 そう言われると、嬉しいのに、同時に胸がちくりとする。
 秋穂がいなくても大丈夫。
 その言葉は、秋穂が今日口にしそうな弱さに似ている気がした。

 私は、エプロンを畳んで鞄に入れた。
 そして、もう一度スマホを見た。秋穂からは、何も来ていない。

「……行ってきます」
「気をつけてな」

 マスターの声は、いつもより少しだけ優しかった。
 私は傘を差して、雨の中へ出た。店の明かりが背中で小さくなる。
 胸の中では、秋穂の熱がまだ冷めない。

     ◇

 秋穂の家の前に着いた時、雨は細くなっていた。細いのに、しつこい。
 インターホンを押す指が、少しだけ迷った。
 私は"恋人"として来たわけじゃない。――来られない。
 でも、"大切な人"としてなら、来てもいいはずだ。

 ピンポーン。

 ドアが開いて、香織さんが出てきた。
 きちんとした服、きちんとした髪。だけど、目の下に薄い疲れがある。心配していたのは、私だけじゃない。

「美春さん?」
「あの……秋穂、大丈夫ですか」
「熱はまだあるけど、さっきよりは落ち着いたわ。……来てくれてありがとう」

 "ありがとう"が出てきたことに、私の方が少し驚いた。
 香織さんは、言葉を正しく使う人だ。必要な言葉だけを選ぶ。でも今日は、その選び方が少し柔らかい。

「秋穂ね、あなたのこと心配してたの」
「え……?」
「店、大丈夫かって。無理しないで帰れって言っても、最後までそれだけは聞いてた」

 香織さんは、少しだけ目を細めた。
 その表情が、何かを見透かしているようで――でも、責めてはいない。

「……あの子にとって、あなたは大切な人なのね」

 その言葉が、"友達"以上の何かを含んでいる気がした。
 私は、何も言えなくて、ただ頷いた。

 香織さんは、それ以上は踏み込まなかった。
 代わりに、短く言う。

「ありがとう。……それと、無理はしないで。あなたも」
「……はい」

 香織さんは私を秋穂の部屋へ通してくれた。
 胸がじんわり熱くなる。
 "敵"じゃない。守り方が硬いだけで、ちゃんと温度がある。

「上がって。静かにね」
「はい」

 廊下の明かりは、家の匂いを照らしていた。柔軟剤と、少しだけ薬の匂い。
 香織さんに案内されて、秋穂の部屋の前に立つ。

 ノックする。

「……入って」

 声が、やっぱりかすれている。

 ドアを開けると、秋穂がベッドの中にいた。
 布団から出ている髪が少し乱れていて、枕元に水と体温計、読みかけのノートが置いてある。机の上は整っていて、余計なものが少ない。けれど、冷たくはない。小さな間接灯が、部屋に薄い琥珀色を落としていた。

「美春……来たの」

 その一言で、私はやっと息を吐けた。

「来た。来るに決まってるでしょ」

 秋穂は少し笑おうとして、咳き込んだ。
 私は慌てて枕元の水を取って、ストローを差す。

「ほら。ゆっくり」

 秋穂が飲む。喉が鳴る音が小さい。
 いつもは、お菓子の香りがする口元が、今日は薬っぽい匂いをしている。
 それが、やけに現実だった。

「店……大丈夫だった?」
「大丈夫。雨だったし、お客さん少なかった。……それに、私、ちゃんとできた」

 秋穂の目が、少しだけ丸くなる。

「……すごい」
「すごくない。秋穂が教えてくれたから」

 言ったら、秋穂は視線を落として、布団の端を指でつまんだ。
 弱気になる前の、予備動作。

「……良かった」
「うん」

 秋穂が、もう一度、ぽつりと言った。

「私がいなくても、大丈夫」

 胸が、きゅっと縮む。

「秋穂、それは――」
「でも」

 秋穂は、目を上げた。熱で少し潤んだ瞳。普段より、感情が表に出ている。
 その瞬間、秋穂の肩が小さく震えた。寒いのか、不安なのか。

 秋穂の唇が、何か言いかけて、止まる。
 言葉を選んでいる。
 それとも、言えないことがある?

 息が、少しだけ浅い。
 熱のせいだけじゃない気がした。

「……ちょっと、寂しい」

 その言葉は、雨粒みたいに静かに落ちてきて、私の中で跳ねた。
 可愛い、とか思う余裕がないくらい、愛しい。

 そして――気づく。
 秋穂は、もっと言いたいことがあるんだ。
 「寂しい」の奥に、隠れている言葉。

 ――いなくなるのが、怖い。

 そんな声が、聞こえる気がした。

「なに弱気になってるの」
「……弱気、だめ?」

 声が、いつもより高い。
 子供みたいに頼りない。
 秋穂の目が、私の顔を探っている。答えを待っている。

「だめじゃない。でも、秋穂は……頑張りすぎ」

 私は、布団の上に出ている秋穂の手を握った。
 熱い。
 手の温度だけで、体調が分かるのが、少し怖い。

「何か食べた?」
「……お粥、少し」
「じゃあ、あとでスポーツドリンク買ってくる。あと、ゼリー」
「……」

 秋穂が、私の手を握り返す。弱いけど、確かに。

「美春が、いてくれるだけでいい」

 今度は私の方が、言葉を失った。

「……ずるい」
「何が」
「そんなこと言われたら、ずっといたくなる」

 秋穂が、ほんの少しだけ口角を上げた。
 笑顔というより、"安心"の形。

 その表情を見た瞬間、私は思った。
 今日は、私が秋穂を支える番だ。
 秋穂がいつも、私に"決めさせて"くれるみたいに。

     ◇

 しばらくして、秋穂の呼吸が少しずつ落ち着いていった。
 雨音が、窓の外で一定のリズムを刻んでいる。部屋の明かりが柔らかくて、時間の境目が曖昧になる。

「眠い?」
「……うん。でも、寝たら……」
「起きたら、私がいないと思う?」

 秋穂が、少しだけ黙る。
 答えなくても、答えは分かる。

「……寝て」

 私は言った。

 秋穂は、小さく頷いて、もう一度目を閉じた。
 握っている手から力が抜けていって、それでも、繋がりは残る。
 呼吸が、少しだけ深くなる。
 眠りに落ちていく。

 私は、秋穂の手を握ったまま、動けなかった。

 秋穂の「寂しい」が、まだ耳に残っている。
 あの声。
 いつもは隠している弱さを、熱が溶かして、零れてきた。

 私は思った。
 秋穂も、怖いんだ。私と同じように。
 卒業が近づいて、別々の道が見えてきて。
 そんな未来を、秋穂も怖がってる。

 ――いなくなるのが、怖い。

 秋穂が言わなかった言葉を、私が代わりに思う。

 大丈夫。いなくならない。
 別々の道でも、繋がっていられる。

 そう言いたいけど、言えない。
 まだ、確信が持てないから。

 でも――今日、ここで、秋穂の弱さを見られたことが、嬉しかった。
 秋穂が、私に頼ってくれたことが。

 私は、秋穂の額の髪をそっと払って、小さく囁いた。

「秋穂、大丈夫。私、ちゃんとここにいるから」

 それは、秋穂への約束であり、自分自身への誓いだった。

 寝顔は、穏やかだった。
 いつもより無防備で、少し幼い。

 胸の奥が、熱くなる。
 秋穂はいつも、私にキスをする。軽く触れるだけの、温度の確認みたいなやつ。
 それが、当たり前になりつつあるのが怖かった。
 当たり前になると、ありがたさを忘れそうで。

 だから――今日は。

 私から、したい。

 風邪がうつるとか、そういう理屈が頭をよぎる。
 でも、理屈より先に、手が動いた。

 私は、顔を近づけた。
 秋穂の唇に、そっと触れる。

 柔らかい。
 熱があるせいか、いつもより温かい。
 ほんの数秒。触れて、離れる。

 心臓がうるさい。
 雨音が遠くなる。

 秋穂は、眠っている。
 気づいていない、はず。

 それでいい。
 これは、私からの「ありがとう」だ。
 言葉じゃなく、温度で渡すやつ。

 私は、秋穂の手をもう一度握って、額の髪をそっと払った。

「早く元気になって」

 返事はない。
 でも、秋穂の呼吸が少しだけ深くなった気がした。

     ◇

【秋穂】

 ――今、何か。

 唇に、あたたかいものが触れた。
 夢じゃない。雨音とも違う。もっと近い、もっと柔らかい。

 私は目を薄く開けそうになって、やめた。
 見てしまったら、終わってしまう気がした。

 美春が、私に。
 美春からのキス。

 胸の奥が、じわっと熱くなる。
 熱のせいじゃない。

 私は、寝たふりを続けた。
 美春の"初めて"を、邪魔したくなかった。

 それに――。

 美春の顔が、少しだけ泣きそうに見えたから。
 嬉しいのに、必死で、優しい顔。

 私は、目を閉じたまま、指先だけ動かして、美春の手をほんの少しだけ握り返した。

 ――弱いところ、見せちゃった。

 私は目を閉じたまま、胸の奥で小さく呟いた。

 いつもなら、見せない。隠す。「大丈夫」って言う。

 でも、今日は――熱のせいで、言葉が勝手に出た。

 「寂しい」って。
 「弱気、だめ?」って。

 本当は、もっと言いたかった。

 ――いなくなるのが、怖い。
 ――一人になるのが、怖い。
 ――美春のいない毎日が、想像できない。

 でも、言えなかった。
 言ったら、美春を困らせる。不安にさせる。

 私が弱くなったら、美春はどうなる?

 ――そんなふうに思ってた。

 でも、美春は言った。
 「頑張りすぎ」って。

 頑張りすぎ、か。
 たぶん、そうなのかもしれない。

 私は、美春の手の温かさを感じながら、思った。

 弱くてもいい。
 たまには、頼ってもいい。

 美春が、受け止めてくれるから。

 そう思えたのが――少しだけ、嬉しかった。

     ◇

【美春】

 翌朝、スマホが震えた。
 私は布団の中で画面を見て、息を止めた。

 10:12 秋穂 おはよう
 10:13 美春 秋穂、体調どう?
 10:13 秋穂 だいぶ良くなった
 10:13 秋穂 昨日、ありがとう
 10:14 美春 当たり前だよ
 10:14 秋穂 ……昨日、キスした?

 心臓が跳ねた。
 指が固まる。
 画面の文字が、急に別の意味を帯びて見える。

 10:15 美春 っ!?
 10:15 美春 気づいてた!?
 10:16 秋穂 起きてた
 10:16 美春 うそ……恥ずかしい……
 10:17 秋穂 嬉しかった
 10:17 秋穂 美春からのキス、初めてだったから

 ずるい。
 画面越しなのに、顔が熱くなる。
 私は布団の中で呻いて、枕に顔を押し付けた。

     ◇

 そして数日後。

 ――あれ?
 喉が痛い。体がだるい。微熱。
 まさかと思って体温計を見たら、ちゃんと数字が並んでいた。

「うつった……」

 最悪だ、と思うのに、どこかで嬉しいと思ってしまう自分がいる。

 秋穂の風邪が、私にうつった。
 秋穂が触れたもの、秋穂が吸った空気、秋穂の温度。
 それが、今、私の中にある。

 繋がっている、と思った。
 離れていても、同じ症状を共有している。

 お揃いの風邪。

 ほんとに最悪。
 でも――すごく、嬉しい。

 夕方、インターホンが鳴った。
 母が出て、少し驚いた声がした。

「美春のお友達?」
「……周防です。美春、大丈夫ですか」

 私の部屋のドアが開いて、秋穂が入ってきた。
 マスクをして、手には紙袋。目が真剣で、でも優しい。

「秋穂……来たの」
「当たり前」

 秋穂は紙袋から、スポーツドリンクとゼリーと、のど飴を出した。
 それから、小さな保冷剤をタオルで包んで、私の額に当てる。

「冷たい……」
「我慢」

 言い方はいつも通り短いのに、手つきが丁寧だった。
 私はそれだけで、胸がいっぱいになる。

「お揃い、だね」
「……うん」

 秋穂は、私の手を握った。
 前みたいに熱くない。秋穂の熱が下がった証拠。
 それが安心で、少しだけ寂しい。

「早く治して」
「なんで」
「……来週、また一緒に走る」

 秋穂の言葉の選び方が、少しだけ照れている。
 私は笑いたいのに、咳が出て笑えなかった。

「……うん。治す」
「それと」

 秋穂が少し間を置いて、視線を逸らした。

「……夏、プールとかあるし」
「え?」

 言った瞬間、自分で恥ずかしくなったのか、耳が赤くなる。

「美春、ダイエットしてたし。……私も、ちゃんとしないと」
「秋穂は細いじゃん」
「……でも」

 秋穂は言いかけて、やめた。
 何か気にしているのが分かる。見られるのが苦手な秋穂にとって、プールは特別な場所なのかもしれない。

 私は熱のせいにできる顔の赤さで、笑った。

「秋穂、そういうの気にするんだ」
「……する」

 その一言が、甘くて、雨粒みたいに胸に落ちた。

 私は、秋穂の指を握り返した。
 今度は私が、温度で伝える番。

「じゃあ、ちゃんと治して。……私も、ちゃんと元気になる」
「……約束」

 秋穂は、私の手を握ったまま、少しだけ視線を泳がせた。
 何か言いたそうなのに、言わない。

「なに?」
「……ううん」
「秋穂」

 私が名前を呼ぶと、秋穂は少しだけ唇を尖らせた。
 その仕草が、やけに幼い。

「……キス、したい」
「え」
「でも、風邪うつるから。……我慢する」

 言い終わってから、秋穂は自分で恥ずかしくなったのか、耳まで赤くなった。
 顔を背けて、小さく「言わなきゃよかった」と呟く。

 私は、胸の奥が甘くとろけそうになるのを感じながら、秋穂の頭に手を伸ばした。

「えらい」
「……え」
「秋穂、えらい。ちゃんと我慢できて」

 秋穂が、目を丸くする。
 褒められると思っていなかったみたいに、ぽかんとした顔。

「……子供みたい」
「そうだね。今の秋穂、すごく可愛い」
「……美春」

 秋穂が抗議するみたいに私の名前を呼ぶけど、声に力がない。
 むしろ、嬉しそうに見える。

 私は、秋穂の頭をもう一度撫でた。
 髪が柔らかくて、指の間をすり抜ける。

「治ったら、ね」
「……うん」

 秋穂は、小さく頷いた。
 その返事は、約束の形をしていた。

 外では雨が降っていた。
 でも、部屋の中の温度は、雨よりずっとやわらかい。

 お揃いの風邪。
 お揃いの看病。

 それもきっと、二人の"並走"の形だと思った。