桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~

四章 決意の心


「女王様。如何なさいますか」
 青、赤、黄色、緑。四色それぞれの色を纏った兵士数人と家臣が囲む長テーブルに座る一人が問う。赤い隊服を纏ったその青年の声は凛としていて、広い室内に響いたのが鼓膜を通して感じられた。
 ――あぁ、憂鬱だわ。
 沈黙の中で進む会議。世界の崩壊が始まってから幾度となく開かれているこの会議は、城中の家臣やトランプ兵の隊長各、つまり頭の固い連中がこぞって集まってきているから、息苦しくて仕方ない。全員処刑せよ、と命じてしまいたかった。
 普段は会議に出席する事のないスペード軍さえ出席しているとなれば、頭が痛くなってくるのは当然のことではあるのだけれど。
 スペード軍は最後の手段。最強の剣の使い手の集まりであるスペード軍は、凶悪事件や極秘任務につく事が多い。アリスがいる。事を大袈裟にする必要はない。
 うんざりする程細かく書かれた書類に目を通した先には、北地域の崩壊、魔物の出現といった内容が書かれている。
「現在クローバー軍が住民の避難及び救助、ハート軍が魔物駆除を行っていますが、崩壊が城にまで及ぶのは時間の問題かと」
「そんなことは何時もの事でしょう。聞き飽きたわ。何百年、女王の座にいると思っているの」
 生まれた時から女王として女王の役割を背負ってきた。今更崩壊がどうのというのには驚きはしない。崩壊が始まる度に開かれる重苦しい会議にも、崩壊の対処も、義務とはいえ苛立ちが募るばかり。
「アリスの状況はどうなっているのよ」
 気になるのは、ただそれだけ。私にとっての全てであり、私達にとっての唯一の希望。
「時期に報告が入るはずです。只今報告が」
 アリスが無事ならそれで良い。使命を終え、無事に帰って来てくれたなら。
 その思いとは裏腹に、報告された内容は期待を裏切るものだった。
「なん、ですって」
 内容を読み上げた兵士にもう一度問いただすと、兵士は先程と同じように繰り返した。
「報告によりますと、アリス殿は黒ウサギと接触。取り逃がした足で帽子屋邸に向かったようです。のち、白ウサギと接触し、現在は呪いの解放を望んで動き出したとのことです」
 なぜ、こうも上手く事は運ばない。
「陛下、それともう一つご報告が」
 報告を他所に頭にはアリスの事で思考が占拠される。
 アリスが、呪いを解こうとしていると?
 そんなはずはない。アリスは時計を止めて帰ってくる。城を出た時にそう言っていたはず。それが何故? 
「次の報告を述べなさい」
「は。数ヵ月前から行方不明になっていた三月ウサギが、平民に被害を及ぼしている、と。恐らく呪いの影響かと思われます」
 三月ウサギ。アレの呪いは確か狂気に呑まれていく呪いだった。崩壊で呪いの影響が拡大した事によって、押さえていた狂気に負け発狂したか。けれど、時期が早い。三月ウサギが発狂し始める時期はもう少し後のはず。
 時期が早まっている? 
 何故?
 アリスの選択が影響した?
「このままでは奴は危険です。如何されますか」
「三月ウサギに下す決断に変わりはなくて良いわ。捕らえ、首をはねよ」
 問題はアリス。ウサギを選ぶ事に不満を持っていた事も、迷っていた事も知っていた。知っていて尚、口を出さなかったのは信じていたから。
 優しいアリス。あの子には不思議の国の為に、一人の命を犠牲に出す事を拒んだのか。
「女王陛下」
 同じテーブルに座り会議に出席しているジャックがこちらを見つめている。
「アリス殿を信じられないですかな」
「ジャック、それはどういう意味?」
「アリス殿は、呪いが解けると確信していて行動しているのではないのか、と申しております」
「つまり、アリスの好きにさせろ、そう言いたいのね?」
 ピン、と張り詰めた空気が漂う中、私の問いにジャックはゆっくりと頷く。
「しかし崩壊が進んでいる今、これ以上被害を拡大させない為にも、一刻も早く崩壊を止めるべきでは?」
 その意見に、家臣や兵士がざわめき始める。
「黙りなさい。事の決定は私が下すわ」
アリスが使命を拒んだ異例の事態。それが変わらぬ事実なら。
 私は女王。不思議の国を統べる者。私情や感情は切り捨てる。捨てなければならない。守るべきは国。それが私の役目。
「アリスとウサギ二人を捕らえなさい。各隊、各地に散らばった兵士に伝えなさい。それと」
不意に瞼の裏に浮かんだ妹の顔が言葉を切った。
光のない瞳から流れる涙。
 あぁ、これは帰ってきた時の妹。ウサギを選び、帰って来た時の妹。そうよ、妹。妹のはずよ。そして過去のはずなのに。
「スペードのエース。兵士を出動させなさい」
「了解しました」
 今度はエースの冷たい声が、静まりかえった部屋に響く。
 あぁ、嫌な幻想。嫌な予感。
 妹の泣き顔と桃色のアリスが重なった。