桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~

「嬉しかったのです。貴方が僕を大切に想ってくれた事が。大切に想う気持ちは、必ず返ってきます。貴方が僕を想ってくれるなら、その気持ちは必ず返します」
「し、白ウサギ……」 
 先程まで涼しく感じていた水の中が一気に暑くなるように感じる。
「あー! ずるいずるいっ! ぼくもお姉ちゃんの事タイセツだよー!」
「きゃっ!」
 背中に強い衝撃と重みがかかる。どうやら後ろからビルが抱きついてきたみたいだった。
「お姉ちゃんはタイセツ! それに大好きー!」
 ビルは私に抱きつきながら大好き、大好きと繰り返す。私はその無邪気さに堪らずに、私もビルが大好きだよ、と返す。
「白ウサギ、ビルもアリスから離れなよ」
 不機嫌そうなチェシャ猫の声が響くと、ビルが少しだけ身を引いた。
「全く、真剣な話だと思って黙っていたのに」
「ふふっ! にゃんこが怒ってるー!」
 ビルは私に抱きつきながらチェシャ猫を見て言った。確かにビルの言う通りチェシャ猫の機嫌が悪い。
「そういえば白ウサギ、橋の上での話、途中だったよね。改めて聞かせてくれる?」
 話を聞く為に白ウサギを追ってきたのだったと今更ながら思い出す。 
「そうでしたね。ビル、例の本の準備、出来ていますか?」
「はーい!」
 白ウサギもビルも、私から離れ、ビルは胸にあるポケットから本を取り出す。明らかに本の大きさはポケットよりはるかに大きいけど、なぜ小さなポケットから大きな本が出てきたのかは気にしないでおこう。
「じゃーん! これが『不思議の本』だよー!」
「『不思議の本』?」
 ビルが本を高く持ち上げる。本は古く、黄ばんでいた。不思議の本に手を伸ばし、本に触れる。不思議の国は、私が不思議に感じる事が沢山ある。そう思う事さえ、不思議な気がするけれど。懐かしいような、ずっとこの本を持っていたような感じがした。同時に、この本はこの世界のそのものだと思った。
「この本は今読み手が最も必要とする物語を書いてくれます」
 読み手が、最も必要とする物語。なら今開いたら、どんな物語が書かれるのだろう。
 私が今必要としている物語は……
 脳裏によぎる、暗雲の中の光景。金髪の少女。地に伏した人達。そして、暗黒の魔女。
 私に今必要な物語は、きっと星の中で見たあの光景の真実。あれは、夢魔が言うように夢じゃない。現実に、この不思議の国に起こったものだ。
「必要な物語、あるみたいだね」
 チェシャ猫の言葉にコクリと頷く。知りたいことも、必要なことも私にはまだまだ沢山ある。知りたい。知っていかなきゃいけない。
「白ウサギ、私、知りたい事があるの」
 知らなきゃならないことが沢山ある。そう思う。
 白ウサギと視線が交わると、まるで私が知りたい事が分かるとでも言うようにニッコリと笑った。
「はい。恐らくアリスの知りたい事はこの本が書いてくれます。アリスが知るように、アリスは勿論、僕やチェシャ猫、ビルは呪いを持っています。それは、帽子屋や眠りネズミ、女王も同様です。呪いを持った者。それはこの国の崩壊の際、立ち向かった住人です。絵本の物語に添って話をしましょう」
「開いて開いてー!」
 ビルが本を私の前につきだす。開けばいいんだよね。ドキドキと心臓が高鳴る中、私は本に手を伸ばした。
 ビルから本を受け取り、本をめくる。
『――アリス』
「え――?」
 ふわり、と柔らかな声が響く。 同時に頬を撫でる優しい風。目の前に広がっていたのは、色とりどりの花が散りばめられた草原。澄んだ青色の空。絵の具で塗られたような、ふんわりとした彩色の世界。
 これは、絵本の中?