三章 本当の始まり
帽子屋の屋敷から外に出ると、街の中心部に向かった。
「ねぇ眠りネズミ。いつも街はこんなに人が沢山いるの?」
昨日と同じで、人々は仮装をして、楽しそうに踊っている。きっと毎日がアンハッピーバースデー。
一体いつが誕生日なんだろう。紅茶を片手に踊る婦人や男爵。紅茶はカップから溢れることなく、しっかりと主の言いつけを守っているみたいに思えた。
「アリス。大丈夫?」
「な、なんとか」
人混みを半ば無理矢理掻き分けて進む眠りネズミの後に続く。今にも二人とはぐれてしまいそうだ。
「この中から情報収集するのは大変だね。どうする?」
「フン。情報収集なら簡単だぜ。おい、ちょっと横道に入るぞ」
「わわっ!」
眠りネズミに腕を引っ張られ、人混みを掻き分けて横道に入った。後ろからチェシャ猫もそれに続く。
「ど、どうするの?」
白ウサギを探しだすと言っても街は広い。それになんの手がかりもないのだ。
「慌てるな。俺が白ウサギを必ずみつけてやる。待っていろ」
そう言うと眠りネズミは口笛を吹いた。長く、そして高く、街中に響くんじゃないかと思うくらいに。
「アリス」
後ろにいたチェシャ猫が手招きをしている。こちらに来いという意味だろうか。
「びびんなよ。アリス」
眠りネズミの言葉と同時に何か小さなものが眠りネズミの周りをうごめいた。それも沢山。
「何?」
私達を囲む小さな生き物。影に潜むかなりの数の生き物の目がこっちを見つめている。横道は建物に日の光がさえぎられていて暗いからよく分からないけど、もしかしてこの生き物は……
「ネズミ?」
数歩先にいる眠りネズミがこちらを見て笑った。
「あぁ。こいつらに白ウサギを探させる」
「成程ね」
後ろにいるチェシャ猫が呟いた。
「僕らが表立って探して、ウサギが逃げ出したら元も子もない。ネズミなら小さいからどこの家にでも忍び込めるし、ウサギに知られないで探しだせるね」
確かにチェシャ猫の言う通り。白ウサギに私が探している事が知られてしまえば、私に会いたくないと思っている白ウサギは、逃げてしまうかもしれない。
「その通りだ。俺らはウサギにアリスの存在がバレないよう、慎重に探すぞ」
眠りネズミの言葉に頷く。私がアリスだとバレないようにしなきゃ。
不意に服の裾が引っ張られる感覚がした。後ろを向くとチェシャ猫がエプロンドレスの裾を掴んでいる。
「どうしたの? チェシャ猫」
チェシャ猫は足元に動いているネズミをじっと見つめていた。
まさか。ううん。チェシャ猫に限ってそんな。
ネズミから目を離したチェシャ猫と目が合う。チェシャ猫がニヤリと微笑んだ。
「ネズミで遊んじゃダメかい?」
顔から冷や汗が出る。後ろではネズミに何らかの指示を出している眠りネズミの声が聞こえる。
「猫だもん、ネズミで遊びたくなるよね。でも、だ、ダメ」
そう言うとチェシャ猫はしゅんと項垂れた。う、ちょっと罪悪感。話題を変えよう。
「ねぇ眠りネズミ。何処に向かっているの?」
「じきに分かる。もう着くぜ」
横道から出ると、レンガ造りの店が続く通りに出た。一つ一つのレンガのお店は、この周辺の町並みを作っている。眠りネズミが指差す方向には看板が見えた。
「ここ?」
「仕立て屋、ね」
眠りネズミが店の前で立ち止まる。
「ねぇ眠りネズミ。此処で何か買うの?」
そう問い掛けると眠りネズミはジロリとチェシャ猫を見た。
「そこのクソネコの服をなんとかするんだよ。破けたフード着やがって。隣を歩く俺とアリスの身にもなれ。恥ずかしいだろうが」
気にしていなかったけど、チェシャ猫のフードは破けたまま、肩にぶら下がっている。今からでも縫ってあげたいけど、縫おうにも裁縫道具を持っていないし、そもそも私は不器用だから裁縫はできない
チェシャ猫がムッとする。
「僕の服なんてどうでもいいじゃないか」
「うるせーな。言ったろ、風呂入ってなくて臭い奴が隣にいたらヤだろ。俺はごめんだからな。お前は良くても他人がよくないこともあるんだよ。つべこべ言わずさっさと入れ!」
眠りネズミはチェシャ猫の首根っこを掴み、店のドアを開けて無理矢理放りいれる。
「チェ、チェシャ猫!」
中でチェシャ猫の呻き声が聞こえた。
「チェシャ猫、大丈夫なのかな!」
私があわてふためいているのに気付いたのか、不意に眠りネズミが私の手を掴む。
「俺らも入るぜ」
眠りネズミに手を引かれ、店内に入る。
優しく握ってくれている手。その手に力がないように思えた。優しく握ってくれているせいもあるとは思うんだけど。ウサギの部屋で眠りネズミに引き寄せられた時はもっと力強かった。
「ねぇ、無理してない?」
眠りネズミに声をかけると、彼はこちらをチラリと見てすぐ目を逸らした。
何か、隠している?
帽子屋の屋敷から外に出ると、街の中心部に向かった。
「ねぇ眠りネズミ。いつも街はこんなに人が沢山いるの?」
昨日と同じで、人々は仮装をして、楽しそうに踊っている。きっと毎日がアンハッピーバースデー。
一体いつが誕生日なんだろう。紅茶を片手に踊る婦人や男爵。紅茶はカップから溢れることなく、しっかりと主の言いつけを守っているみたいに思えた。
「アリス。大丈夫?」
「な、なんとか」
人混みを半ば無理矢理掻き分けて進む眠りネズミの後に続く。今にも二人とはぐれてしまいそうだ。
「この中から情報収集するのは大変だね。どうする?」
「フン。情報収集なら簡単だぜ。おい、ちょっと横道に入るぞ」
「わわっ!」
眠りネズミに腕を引っ張られ、人混みを掻き分けて横道に入った。後ろからチェシャ猫もそれに続く。
「ど、どうするの?」
白ウサギを探しだすと言っても街は広い。それになんの手がかりもないのだ。
「慌てるな。俺が白ウサギを必ずみつけてやる。待っていろ」
そう言うと眠りネズミは口笛を吹いた。長く、そして高く、街中に響くんじゃないかと思うくらいに。
「アリス」
後ろにいたチェシャ猫が手招きをしている。こちらに来いという意味だろうか。
「びびんなよ。アリス」
眠りネズミの言葉と同時に何か小さなものが眠りネズミの周りをうごめいた。それも沢山。
「何?」
私達を囲む小さな生き物。影に潜むかなりの数の生き物の目がこっちを見つめている。横道は建物に日の光がさえぎられていて暗いからよく分からないけど、もしかしてこの生き物は……
「ネズミ?」
数歩先にいる眠りネズミがこちらを見て笑った。
「あぁ。こいつらに白ウサギを探させる」
「成程ね」
後ろにいるチェシャ猫が呟いた。
「僕らが表立って探して、ウサギが逃げ出したら元も子もない。ネズミなら小さいからどこの家にでも忍び込めるし、ウサギに知られないで探しだせるね」
確かにチェシャ猫の言う通り。白ウサギに私が探している事が知られてしまえば、私に会いたくないと思っている白ウサギは、逃げてしまうかもしれない。
「その通りだ。俺らはウサギにアリスの存在がバレないよう、慎重に探すぞ」
眠りネズミの言葉に頷く。私がアリスだとバレないようにしなきゃ。
不意に服の裾が引っ張られる感覚がした。後ろを向くとチェシャ猫がエプロンドレスの裾を掴んでいる。
「どうしたの? チェシャ猫」
チェシャ猫は足元に動いているネズミをじっと見つめていた。
まさか。ううん。チェシャ猫に限ってそんな。
ネズミから目を離したチェシャ猫と目が合う。チェシャ猫がニヤリと微笑んだ。
「ネズミで遊んじゃダメかい?」
顔から冷や汗が出る。後ろではネズミに何らかの指示を出している眠りネズミの声が聞こえる。
「猫だもん、ネズミで遊びたくなるよね。でも、だ、ダメ」
そう言うとチェシャ猫はしゅんと項垂れた。う、ちょっと罪悪感。話題を変えよう。
「ねぇ眠りネズミ。何処に向かっているの?」
「じきに分かる。もう着くぜ」
横道から出ると、レンガ造りの店が続く通りに出た。一つ一つのレンガのお店は、この周辺の町並みを作っている。眠りネズミが指差す方向には看板が見えた。
「ここ?」
「仕立て屋、ね」
眠りネズミが店の前で立ち止まる。
「ねぇ眠りネズミ。此処で何か買うの?」
そう問い掛けると眠りネズミはジロリとチェシャ猫を見た。
「そこのクソネコの服をなんとかするんだよ。破けたフード着やがって。隣を歩く俺とアリスの身にもなれ。恥ずかしいだろうが」
気にしていなかったけど、チェシャ猫のフードは破けたまま、肩にぶら下がっている。今からでも縫ってあげたいけど、縫おうにも裁縫道具を持っていないし、そもそも私は不器用だから裁縫はできない
チェシャ猫がムッとする。
「僕の服なんてどうでもいいじゃないか」
「うるせーな。言ったろ、風呂入ってなくて臭い奴が隣にいたらヤだろ。俺はごめんだからな。お前は良くても他人がよくないこともあるんだよ。つべこべ言わずさっさと入れ!」
眠りネズミはチェシャ猫の首根っこを掴み、店のドアを開けて無理矢理放りいれる。
「チェ、チェシャ猫!」
中でチェシャ猫の呻き声が聞こえた。
「チェシャ猫、大丈夫なのかな!」
私があわてふためいているのに気付いたのか、不意に眠りネズミが私の手を掴む。
「俺らも入るぜ」
眠りネズミに手を引かれ、店内に入る。
優しく握ってくれている手。その手に力がないように思えた。優しく握ってくれているせいもあるとは思うんだけど。ウサギの部屋で眠りネズミに引き寄せられた時はもっと力強かった。
「ねぇ、無理してない?」
眠りネズミに声をかけると、彼はこちらをチラリと見てすぐ目を逸らした。
何か、隠している?

