「どうもしてないさ。俺は俺だ。どこも変わってない」
私の疑問を見透かしたように帽子屋が言った。
「愛している。アリス。ずっとずっと、会いたかった」
帽子屋の手が私の頬を優しく撫でる。おかしい、帽子屋とは今日初めて会ったはずなのに。
「離して、帽子屋」
帽子屋も、彼の言葉に、痛いくらい胸を締め付けられる私も、全てがそう、狂っている。
「離さない。離すくらいなら、離れるくらいなら。君が俺の大事なものを奪うなら。君がもう何処にもいけないように、此処で」
帽子屋の両手が私の首を包む。何をされるかは、恐ろしいほど予想がついた。
「君を殺す」
私は此処で、殺される――
殺す、その言葉通り帽子屋は私を殺そうと首に置く手の力を強めた。その締め付けにどんどんと息苦しさが増していく。帽子屋の手から渦巻いた感情が伝わってきて、思わず目を瞑った。
――私の愛しい恋人、アリス。積み重ねた咎など、私が代わりに背負ってアゲルから。ほら、香り高い紅茶を淹れたよ。もう一度、甘い甘いお茶会を始めよう――
意識が朦朧としていく中で、走馬灯のように、あるはずのない記憶が頭の中を駆け巡る。
古城の中で開かれるお茶会。古城には赤と城のコントラストはなく、石造りになっている。時代を感じるそのテーブルの上には、吸い込まれそうほど透き通った赤い紅茶がいくつもあって、席に座る人々に丁寧に配ってある。正面に鎮座するのは、その城の主であろう女王と王。そして、宰相の席には白ウサギ。消えては現れるチェシャ猫や、煙管を吹く芋虫。そして、シルクハットが目立つ、青い髪を束ねた帽子屋。
『さぁ、お飲み、初めての客人。不思議の国へようこそ』
私はそれを見ながら、意思とは関係なく目の前にあるカップに手を伸ばした。視線は帽子屋へ移り、彼の微笑みを確かめる。紅茶を一口含んだ。
そして、彼女の気持ちを胸に落とした。
初めての不思議の国の客人、一代目のアリス。彼女は帽子屋が好きで、帽子屋も――
痛みで現実に引き戻され、再びもがく。
「ちが、う」
違う、これは。この気持ちは、私のモノじゃない。そして。
「その気持ちは、貴方のものじゃないよ!」
少しだけ首が緩まる。目を見開いた帽子屋に息が止まりそうになった。でも、体は生きることに必死だった。すかさず空気を吸い込むと、締め付けがまた強まる。
「やだ、痛い。怖い。誰か、誰か助けて! チェシャ猫っ!」
叫んだ声は凄まじい音と同時に、蔦と扉が吹き飛んだのが微かに目の端に映る。
「ったく。てめぇと協力なんざ、アリスが関わってなきゃ二度とごめんだな」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。ドブネズミ」
「……お前ら……」
扉の向こうから顔を出した二人を見て帽子屋は呟く。
「おい帽子屋、狂うにしてもやり過ぎだ。アリスを離せ」
その言葉で、そのまま帽子屋は私の首から手を引いた。眠りネズミを見ると、鋭い目つきで帽子屋を睨んでいる。
蔦が引くと、体の力が抜け、痛む首と咳を押さえてへたり込む。
「アリス!」
チェシャ猫の声に顔を上げると、薔薇の蔦が一斉に蠢いているのが見えた。咲いている青い薔薇が黒に変わり、帽子屋と薔薇の蔦に黒いオーラのようなものが渦巻き始める。
危険。直感的に、そう感じた。
「チェシャ猫! 眠りネズミ! 逃げて!」
私の疑問を見透かしたように帽子屋が言った。
「愛している。アリス。ずっとずっと、会いたかった」
帽子屋の手が私の頬を優しく撫でる。おかしい、帽子屋とは今日初めて会ったはずなのに。
「離して、帽子屋」
帽子屋も、彼の言葉に、痛いくらい胸を締め付けられる私も、全てがそう、狂っている。
「離さない。離すくらいなら、離れるくらいなら。君が俺の大事なものを奪うなら。君がもう何処にもいけないように、此処で」
帽子屋の両手が私の首を包む。何をされるかは、恐ろしいほど予想がついた。
「君を殺す」
私は此処で、殺される――
殺す、その言葉通り帽子屋は私を殺そうと首に置く手の力を強めた。その締め付けにどんどんと息苦しさが増していく。帽子屋の手から渦巻いた感情が伝わってきて、思わず目を瞑った。
――私の愛しい恋人、アリス。積み重ねた咎など、私が代わりに背負ってアゲルから。ほら、香り高い紅茶を淹れたよ。もう一度、甘い甘いお茶会を始めよう――
意識が朦朧としていく中で、走馬灯のように、あるはずのない記憶が頭の中を駆け巡る。
古城の中で開かれるお茶会。古城には赤と城のコントラストはなく、石造りになっている。時代を感じるそのテーブルの上には、吸い込まれそうほど透き通った赤い紅茶がいくつもあって、席に座る人々に丁寧に配ってある。正面に鎮座するのは、その城の主であろう女王と王。そして、宰相の席には白ウサギ。消えては現れるチェシャ猫や、煙管を吹く芋虫。そして、シルクハットが目立つ、青い髪を束ねた帽子屋。
『さぁ、お飲み、初めての客人。不思議の国へようこそ』
私はそれを見ながら、意思とは関係なく目の前にあるカップに手を伸ばした。視線は帽子屋へ移り、彼の微笑みを確かめる。紅茶を一口含んだ。
そして、彼女の気持ちを胸に落とした。
初めての不思議の国の客人、一代目のアリス。彼女は帽子屋が好きで、帽子屋も――
痛みで現実に引き戻され、再びもがく。
「ちが、う」
違う、これは。この気持ちは、私のモノじゃない。そして。
「その気持ちは、貴方のものじゃないよ!」
少しだけ首が緩まる。目を見開いた帽子屋に息が止まりそうになった。でも、体は生きることに必死だった。すかさず空気を吸い込むと、締め付けがまた強まる。
「やだ、痛い。怖い。誰か、誰か助けて! チェシャ猫っ!」
叫んだ声は凄まじい音と同時に、蔦と扉が吹き飛んだのが微かに目の端に映る。
「ったく。てめぇと協力なんざ、アリスが関わってなきゃ二度とごめんだな」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。ドブネズミ」
「……お前ら……」
扉の向こうから顔を出した二人を見て帽子屋は呟く。
「おい帽子屋、狂うにしてもやり過ぎだ。アリスを離せ」
その言葉で、そのまま帽子屋は私の首から手を引いた。眠りネズミを見ると、鋭い目つきで帽子屋を睨んでいる。
蔦が引くと、体の力が抜け、痛む首と咳を押さえてへたり込む。
「アリス!」
チェシャ猫の声に顔を上げると、薔薇の蔦が一斉に蠢いているのが見えた。咲いている青い薔薇が黒に変わり、帽子屋と薔薇の蔦に黒いオーラのようなものが渦巻き始める。
危険。直感的に、そう感じた。
「チェシャ猫! 眠りネズミ! 逃げて!」

