海ガメは遠慮なく、私の腕を掴む。帽子屋はやれやれといった風に肩をあげると、ハンカチを握らせてくれた。多分、頬に残った涙を気にしてくれたに違いない。
海ガメが歩く先に目を向けると、木の影に佇む人を見つけて、思わず足が止まってしまった。けれど、ぽん、と背中に当たった丸いものに背中を押される。振り返ると、グリフォンの持っているお玉だった。眉を寄せたグリフォンの表情から、複雑な感情が読み取れた。
「行ってこいよ。ほら、メアリーに怒られるぞ」
木の影には、メアリーが立っている。太陽の光が陰って、表情が見えない。いつもなら抱きついてくるのに、俯いたまま、幽霊のように微動だにしない姿に胸がざわついた。
そういえば、ウサギの呪いを解く直前、メアリーは悲しげに言った。
『私の呪いはね、大好きが大嫌いになることなの。大嫌いが大好きになることなの。私がアリスを大嫌いになっても、アリスは今まで通り私を好きでいてくれる?』
メアリーの呪いは、大嫌いな人が、大好きになる呪いだった。大嫌いなものが、大好きになる呪いだった。呪いが解けたのなら、私を「大好き」と言ってくれたメアリーはもういない。でももし、あの時のメアリーがいないとしても。
約束した。好きな気持ちがなくなったとしても、一から始めればいい。友達になれなくても、嫌われてしまうとしても。
「メアリー」
ふ、と顔をあげたメアリーの瞳には、涙がたまっていた。
「アリスのこと、大嫌いだった。記憶の中のアリスが白ウサギの館から、白ウサギや皆を奪っていったの。私の仕事だったのに。私の仲間だったのに。呪いをかけられて、嫌いだった甘いものも食べるようになって、アリスを見るとまるで恋をしているみたいに近づきたくなって。自分が自分じゃなくなっていくかと思った。怖かった。本当の自分を思い出す夜は、吐き気がした。辛かったの」
「うん」
「呪いは私を変えた。自分を失ったの。でも、呪いは私に違う世界をみせた。好きになってみることの、世界の見方を」
「うん」
「視界が広がって彩りが増えていったら、何もかもを嫌いと決めつけて見えなくしていた部分がみえて、だから。好きにまでなれなくても嫌いって決めつけるのは損かなって」
「うん」
「友達になれるかは分からないけど、お話は、してもみてもいいから」
「私、今のメアリーの事、今はまだ知らないことも多いけど。きっとまた、私はメアリーのこと好きになれると思う」
メアリーが、そっと私の首に腕を回す。出会った時を思い出すように、今の気持ちを確かめるように。私も、そっとメアリーの肩に手を置いた。
「よーっし! 次はこっちに来てくれよな、アリス!」
メアリーとの余韻もつかの間、エプロンドレスのリボンを引っ張られ、後方へ倒れそうになった私の頭は、ひっくり返りそうな寸前で止まる。どうやら誰かのお腹に頭が止まったようで、顎をあげると鮮やかなオレンジ色の髪が目に飛び込んでくる。
「仕立て屋!」
「おかえりさん! アリス!」
ニカッ、と歯をみせて悪戯な笑みを見せた仕立て屋に会えて、嬉しいのに、今は嬉しさよりも首が痛む。
上を仰ぐ首と肩が限界なので、体制を立て直して仕立て屋を見上げる。
「もう! ひっくり返るところだったよ!」
「まー、そんな怒んなって。感動の再開だろ?」
悪びれずニコニコと笑う仕立て屋に、思わずため息が出てしまう。相変わらず自由で、自分勝手で。でも、そんな仕立て屋に会いたかった。トランプ兵に扮して助けてもらった後からずっと会えていなかったから。
海ガメが歩く先に目を向けると、木の影に佇む人を見つけて、思わず足が止まってしまった。けれど、ぽん、と背中に当たった丸いものに背中を押される。振り返ると、グリフォンの持っているお玉だった。眉を寄せたグリフォンの表情から、複雑な感情が読み取れた。
「行ってこいよ。ほら、メアリーに怒られるぞ」
木の影には、メアリーが立っている。太陽の光が陰って、表情が見えない。いつもなら抱きついてくるのに、俯いたまま、幽霊のように微動だにしない姿に胸がざわついた。
そういえば、ウサギの呪いを解く直前、メアリーは悲しげに言った。
『私の呪いはね、大好きが大嫌いになることなの。大嫌いが大好きになることなの。私がアリスを大嫌いになっても、アリスは今まで通り私を好きでいてくれる?』
メアリーの呪いは、大嫌いな人が、大好きになる呪いだった。大嫌いなものが、大好きになる呪いだった。呪いが解けたのなら、私を「大好き」と言ってくれたメアリーはもういない。でももし、あの時のメアリーがいないとしても。
約束した。好きな気持ちがなくなったとしても、一から始めればいい。友達になれなくても、嫌われてしまうとしても。
「メアリー」
ふ、と顔をあげたメアリーの瞳には、涙がたまっていた。
「アリスのこと、大嫌いだった。記憶の中のアリスが白ウサギの館から、白ウサギや皆を奪っていったの。私の仕事だったのに。私の仲間だったのに。呪いをかけられて、嫌いだった甘いものも食べるようになって、アリスを見るとまるで恋をしているみたいに近づきたくなって。自分が自分じゃなくなっていくかと思った。怖かった。本当の自分を思い出す夜は、吐き気がした。辛かったの」
「うん」
「呪いは私を変えた。自分を失ったの。でも、呪いは私に違う世界をみせた。好きになってみることの、世界の見方を」
「うん」
「視界が広がって彩りが増えていったら、何もかもを嫌いと決めつけて見えなくしていた部分がみえて、だから。好きにまでなれなくても嫌いって決めつけるのは損かなって」
「うん」
「友達になれるかは分からないけど、お話は、してもみてもいいから」
「私、今のメアリーの事、今はまだ知らないことも多いけど。きっとまた、私はメアリーのこと好きになれると思う」
メアリーが、そっと私の首に腕を回す。出会った時を思い出すように、今の気持ちを確かめるように。私も、そっとメアリーの肩に手を置いた。
「よーっし! 次はこっちに来てくれよな、アリス!」
メアリーとの余韻もつかの間、エプロンドレスのリボンを引っ張られ、後方へ倒れそうになった私の頭は、ひっくり返りそうな寸前で止まる。どうやら誰かのお腹に頭が止まったようで、顎をあげると鮮やかなオレンジ色の髪が目に飛び込んでくる。
「仕立て屋!」
「おかえりさん! アリス!」
ニカッ、と歯をみせて悪戯な笑みを見せた仕立て屋に会えて、嬉しいのに、今は嬉しさよりも首が痛む。
上を仰ぐ首と肩が限界なので、体制を立て直して仕立て屋を見上げる。
「もう! ひっくり返るところだったよ!」
「まー、そんな怒んなって。感動の再開だろ?」
悪びれずニコニコと笑う仕立て屋に、思わずため息が出てしまう。相変わらず自由で、自分勝手で。でも、そんな仕立て屋に会いたかった。トランプ兵に扮して助けてもらった後からずっと会えていなかったから。

